【自閉症育児】映画「梅切らぬバカ」を同じ母親目線で観る【ネタバレあり】
とにかく、泣いたのだ。
40にもなる女が、一人ひくひくとしゃくりあげるほどに泣いた。
おそらくこれは「泣ける映画」というジャンルではない、はず。そのへんの知り合いに「よかったよ」と気軽に薦めるような映画かというと疑問だ。
ただ自閉症当事者、家族、支援者──あるいは近所に知的障害者の施設がある、バス停で毎日ヘルプマークをつけた人と一緒になる──などほんの少しの関わりがあるだけの人にも、大いに薦めたいと思える作品だ。それぞれの立場で、各々共感できるシーンがあるはず。そのうえで、自閉症のお子さんを育てているお母さんには、是非是非見て欲しくある。
塚地武雅氏は映画「間宮兄弟」の頃から演技がお好きなんだろうなと感じていた。自閉症の息子「忠さん」役も勿論、ハマっている。目線の外し方、手の動き、自然ではない歩き方。よくよく取材されたのだろうなと感心してしまう。
ただこの映画、加賀まりこ氏の存在感がすごい。「自閉症の男性役を芸人の塚地がやる」というちょっとした話題性で見始めた人がいたとしたら、映画が終わって帰る頃には「加賀まりこの映画だった」という感想を抱くだろう。
演じる珠子さんは占い師が職業で、唯一見ていて共感できない部分(それは一般的な職業とは言い難く、ちょっと現実離れしているように思った)だがそれ以外はまさに「自閉症児親あるある」を完璧に演じこなしている。今、数年後、数十年後の自分と重ねないわけにはいかない。
息子が何か周りの人に迷惑をかけた時の、どこか慣れたような、諦めたかのようにも見える謝り方。
「あくまでも中立」を繰り返すだけの、味方にはなってくれぬ役所の人との冷たい怒りを含む緊張感のあるシーン。(脱線するが、このシーンの林家正蔵氏もめちゃくちゃいい演技をする)
息子が施設で暮らし始め、ぽつりと一人で囲む食卓。息子のため、ひいては自分のためであったはずの一人暮らし。
ストレスで爪を噛む息子を案じ、爪が伸びていることに安堵する。『ひとさまを、傷つけませんように』と願いながら息子の爪を切る夜。
息子と一緒には暮らせない、でも一緒に暮らしたい。分かる。分かりすぎるぐらい分かる。(爪を切るシーンは号泣しながら見た)
──息子が施設にいられなくなり、その部屋を引き払った後一緒にとぼとぼと帰る道すがら。「私が死んだら忠さん一人になっちゃうのに」という珠子さんの独り言の後、忠さんが「かまいません」と言うシーン。その言葉にハッとして顔をあげる珠子さん。今、自分の言葉に答えたのではないかと信じられない思いでいると、廃品回収車が横を通り、『〇〇~、テレビなど、壊れていても、かまいません…』というアナウンスが流れる。あぁただ単にこのアナウンスの一部をオウム返ししただけか、と視聴者には分かるのだけど、いや、もしかしたら本当に忠さんは「かまいません」と思って言ったのかもしれない。それまで色んなことに諦めて疲れているようにも見えた珠子さんがここで初めてはっきりと、涙を流して感情を吐露する。
このシーン・・・・考えた人誰?天才?絶対当事者親だよね???
多分普段自閉症、知的障害者と接していない人からすると、分かりにくいかもしれない。まずこの「私が死んだら…」のセリフ、珠子さんは忠さんに話しかけているようで、実は独り言なの。忠さんは歩くことに夢中で、多分込み入った事情も分からず、言った内容も分からないだろうと珠子さんは思っているはず。それも私、めちゃくちゃあるあるなの。
それに、このオウム返しの言葉が、自閉症あるあるの「真似して言いたいだけで、何の意味もなく意図もない」とすればこの珠子さんの涙は単なるこじつけになってしまうのだけど。いや、あるのよ。ごくごく、たまに。「今、私の言うことに答えた?」っていうタイミングで、息子が言葉を発する時が。それは昨日読んだ絵本の一文だったりするし、学校の先生の口癖の真似だったりもする。でもなんとなく問いかけに答えた風になったりする、神タイミングがあるの。
その神タイミングがさ、急に降ってきたんだよね珠子さんの元に。「かまいません」。施設で過ごせなくてかまいません。家で過ごすことになってかまいません。いずれ一人になってもかまいません。
私大泣きだよね。多分このシーンを自分の経験かのように共感できる人ってなかなかいないと思うけど、私は分かってしまったんだわ。
地域との齟齬でグループホームが糾弾されるシーンも見ていて辛かったが、粗暴に見える障害者から子供を守りたい親の気持ちも分かる。おそらく完全な敵ではないのだ。お隣の家のお父さんのように、ふとしたきっかけで味方にもなる。勿論敵になることもある。解決策は分からない。映画でも、これといった問題解決はなされず、最後は曖昧だ。結局忠さんは家に戻ってはきたけれど、それが良いことかどうかも分からないまま。
でもその曖昧さがあったからこそ、当事者からすれば「そう現実はうまくいかないのよね~」と冷めることもなかったし、視聴者に問題をある意味投げかけて終わった…ようにも見える。
ただ、もう、とにかく言えることは、自閉症親の共感だけは、ものすごく得られるだろうということ。加賀まりこ氏の演技がすごい。この人ありきの映画です、はい。
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