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トキノツムギA面

16 カイとデュー②

 てっきり部屋に残るものだと思っていたデューは、カイについて回って来る。掃除をすれば邪魔にならない位置から覗いているし、洗濯をすれば洗濯機が回るのを珍しげに見つめている。
「…えっと……手伝う?」
そういうことなのかなと声をかけると、素早くやって来て庭用ホウキを持った。
「何しましょうか?葉っぱ掃きます?」
ちょっとウキウキしているようだ。
「そうだな。今から庭木剪定するから、それで一箇所に集めて」
ホウキを片手に、デューは木以外のゴミや果ては雑草まで抜いて掃き集めている。
剪定の合間に枝の隙間からそれを見おろしていたカイは、思わず聞いた。
「楽しい?」
 うっすら滲んた汗を、服の袖で拭いたデューは答えた。
「部屋でじっとしてるより動いてる方が気が紛れますし、何か……こういう手伝いとか知っとかなきゃいけない気がして」
それから少し考えるようにして、木の上のカイを見上げると続けた。
「それに、あなたといると何だか安心する」
 思いもかけなかった言葉に一瞬返答に詰まったが、
「すいません。今日話ししたばかりなのに気持ち悪いですよね」
と申し訳なさそうなので、
「いや、珍しいなあと思って」
と、急いで言い、ついでに付け足した。
「年下の人間にはだいたい怖がられるんだけどね」
デューは笑った。
「そう言われれば、ちょっと怖いかもしれない」
「急にそれ?」

 作業は黙々と続けたいタイプのカイではあったが、デューと話しながらするのは悪くなかった。大体、よく話をするのはバートくらいで、出入りの業者やスーパーの店員とすら週に何回かしか話をしないのだ。若い人間が近くにいるというだけで空気が明るくなる気がする。
 息子がいたらこんな感じだったのかね。
ふと横切った感情を、デューの言葉が攫う。
「部屋も好きだったけど庭もいいですね。ここに住めないかなあ」
それは、出来ないことはないだろう。
だが。
埃っぽく暗い、無人の部屋がカイの脳裏にチラつく。
それを振り払い、言った。
「主人の様子を見るに、お前を主人に預けた奴は間違いなくいい人間だよ。そういう人間が人一人拾うってのは随分覚悟がいることだと思うけどね」
と言っても、本人は意識がある時に相手に会ったことはないので、そう簡単に納得できるというものでもないのだろう。複雑な表情をしている。
「…まあ、本当にダメならここに預かることもできるし、遊びに来るのは普通に来ればいいから。俺でよけりゃ大抵家にいるし?」
表情が明るくなったデューはふふっと笑うように
「ありがとうございます。嬉しいです」とカイを見た。
 デューが人間離れした美しさを持っていることに、カイはその時、初めて気づいた。


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