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トキノツムギA面

2  カイル

 今日も飲み屋街を見回してみて、少し古い建物の前に立ち止まる。煉瓦が使われていて蔦が絡まっているそこは道路から階段を数段降りる半地下にある。重そうな鉄の扉からかすかに漏れていた音は、ドアを開けると一気にデューを殴った。暗い店内に湧く立ち飲む人々をかき分けながら奥のカウンターに座ると、
「ああ、デューだ」
と、背後から声が聞こえ、横に座る男がいる。
「カイル」
細かに巻くブラウンの毛を短髪に切り、スポーツで鍛えられた体を仕立ての良いスーツに包む健康的な男。爽やかに店内で浮いているので、近くを通る客がチラリと目をやって行く。
「いいところに。寝床が欲しい」
唯一の友人に単刀直入に言うデューに、カイルも声を上げて笑った。
「だろうと思ってた」

 もう訪ね慣れたカイルの部屋は極端に狭い。
玄関と横並びにキッチン、キッチンの向こうにバスタブのないユニットバス。
部屋の全面積は2畳ほどだが1畳分はロフトで占められている。なのでロフト下から小さなちゃぶ台を引きずり出し、わずか一畳ほどの空間で二人向かい合って座ることになる。無言で揚げ物やらポテトやらをビールで流し込んでいたカイルがデューを見ながらふと言った。
「やっぱり食べ方キレイだよね」
初めて会った時からカイルはずっと言っている。

 かなり場末に、今日は1人でも良いと思う日にデューが寄る店がある。食事は美味いが店の古さなりの年配客しか来ないこの店で、珍しい若い客同士として二人は出会った。
「学校の寮から抜けて来たの?」
初めにそう話しかけて来たのはカイルだった。何の裏もなさそうだったのでデューも答えた。
「何で寮?」
3席ほど離れていたのを隣まで移動してきたカイルはデューをしばらく観察した。
「食べ方とか、背もたれないのに姿勢良いとことか、なんかこう、厳しい教育受けた感じするんだよね。全寮制私立校とか行ってるっぽくて。どう?正解?」
社会人だろうに子どもみたいに笑うので、デューも思わず笑いながらサラッと言ってしまった。
「正解とか言ってあげられればいいんだけど全然記憶ないんだよ」
 ん?
とデューの顔を二度見したカイルは
「ええ?いやそれ、むっちゃ只事じゃないじゃん!」
と、ただ素直な反応をした。そのままお互いの身の上話などをし、すぐにしょっ中家に泊まらせてもらう仲になった。

「やっぱり、親は探さないの?」
ポツリとカイルが聞いてきた。
「…うん。もういいかな」
デューもポツリと答える。
そう。と答えたカイルがそのまま食事を続けるので、デューもそのままパンの最後の1かけを飲み込んだ。


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