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トキノツムギB面

10  アイリスとの出会い

 大学入学のためにリアンが寮に入ったのは、入学一週間前だった。家から通えるにも関わらず、いい加減一人暮らしを経験してみろと尻を叩かれて渋々来たのが正直なところで、全く気が進まなかった。しかも寮は二人一部屋だという。相性が悪い相手が来たら最悪な4年間じゃないか。
 ロビーの家具も趣がある伝統がある寮は、部屋に備え付けてあるベッドと机、タンスもアンティークで悪くない。雰囲気は結構気に入った。同室の相手はもうここにいるという話だったが、と部屋に入ってみると、ベッドメイキングは左右とも完璧で使用感がない。また、奥の机に積み重ねてある本もきっちり角が揃ってインテリアのようで、全体的に生活感がほぼなかった。リアンが前もって送っておいた荷物も封を開けないままクローゼットの中にきれいに納めてある。
 これ、ちょっとめんどくさそうな相手かな。
リアンは大雑把なところがあり、よく母親に注意されていた。対して同室者は神経質なようだ。
 相手は奥側を使っているようなのでとりあえず表側に、と持って来た大きめのバッグを机に置いていると、ドアがガチャリと開く。
 シャツの裾をスラックスにきちんと納めた、公的機関の事務員的オールバックの人物を想像しながら振り返ったリアンは、そこに、長い前髪をピンで留めたプラチナブロンドと青紫の瞳をもつ人物を認め、ちょっと意外な気がした。Tシャツの胸元に細い縁のメガネを引っ掛けていて、切れ長の瞳には色気すらある。
相手も少し驚いた様子でリアンを見たが、もっていたフランスパンを小脇に抱え直すとすぐに右手を差し出して来た。
「占い師だって聞いてたから。ちょっと想像と違った。同室のアイリス・オリエです。よろしく」
「リアン・ルシルダです」
 握手をしながら、姿勢も所作も無駄なく洗練された、自分とはかけ離れて大人びたルームメイトを呆気に取られて見ていた。荷物を解き部屋に収めるのを手伝ってくれる手際は丁寧で効率的で、それに感動するリアンに、執事だった時の癖が抜けなくて、とアイリスは笑った。

 なんか、むっちゃ熟睡できた。
さっきまで見ていた夢も穏やかな良い夢だった気がして爽やかな気分だ。
しかし、目の前に見覚えのない天蓋があるこの状況がさっぱりわからない。
腕を目の前に掲げてみた。肌触りの良い、締め付けのない服だ。だがこれは絶対に自分の服ではない。
 そう言えば!
はたと気づき、着ている服とベッド上をささっと探る。
石を二つ持ってたしその袋も持って来たはずなのに、あれはどこに?
焦ってサイドテーブルを見ると石も袋も置いてあり、ひとまず安心する。
 「起きたの?」
 その時、聞き覚えのある、低くも高くもない艶のある声が足下から聞こえて来た。目をやると、ソファで読書をしていたアイリスが、かけていたメガネを胸元に引っ掛けながらやって来る。そのままベッドの端に腰掛けた。



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