見出し画像

トキノツムギB面

1    森林 

 男は薄暗い空間で目を開けた。
細かに巻く毛髪はただ伸びているだけのため逆にボリューミーで、豪奢と言っても差し支えないほどだ。
 ごく狭く、起き上がって背伸びでもすれば手が届きそうな位置に三角の天井がある。淡い色の壁を通して黄色味を帯びた陽光が入るこの空間に、男は覚えがあった。そう、テントだ。
自分はテントの中に寝かされているらしい。そして寝ている場所はマットレスのような一段高い場所。今まで経験したことがない異様なダルさで指一本も動かせない。そして起きたものの、まだ眠くて仕方なく、秒で意識が遠のき出した。

…この男…
いや…
…なんだな。

人がいる。低めのハスキーボイスだが女性のようだ。
現実なのか夢なのか釈然としない。
時間が経っているのかいないのかもよくわからない。
何を言っているのか聞き取りたい気持ちもあるのだが…
とにかく眠い。ひたすら眠い。

 ここは街のほとりに唐突にある、そう高くもない山の頂上付近の森だった。見た目こそ上まで徒歩3時間くらいかなという程度のこの山だが、頂上に辿り着けないものは何日間歩いても着かないのに逆に着く者は数分で頂上につくという代物だ。その差が何なのかは分からないが、山自体が国の所属なので、公務員で辿り着ける者がここの担当をすることになる。
 山の頂上には「管理者」と呼ばれる者が居るらしい。神ではないが、世界樹が幼木だった頃から存在している初めての人類で、世界樹の管理者であるのが名称の由来だ。「世界と共に育ったもの」と呼ばれることもある管理者だが、姿を見た者はいない。「管理者」とはある種の力を表す比喩ではないかと言う宗教学者もいるが、誰でも知る創世神話の1つであることもあり、山はパワースポット、頂上は聖地として崇められ、山自体を聖物とする宗派もあった。

 「目を開けたように見えたんだがな」
騎士服に身を包んだ銀髪の女性が、澄んだ紫の目で訝しげに男の顔を覗く。
森の中のテント傍で見つけた時は正直もう死んでいたが、何もしないのも心苦しいので心ばかりの処置をしたところ、運よく生き返ったのだった。
 言葉遣いと服装の割に女は柔らかい雰囲気を纏っており、男を見下ろす目は包容力に溢れていた。だが瞳には凛とした光もあり、女性だてらに闘う仕事を選んだ意志の強さを感じさせる。
 女はソーヤと言った。現在の山担当者で、山の見回り、危険物除去、登山道や聖地の清掃などを行い、騎士とはいえメインの仕事はほぼ山守と聖地管理だ。とはいえ、「管理者」のおかげか、これだけ緑豊かなのに危険な動物や虫、植物などもなく、山好きでさえあれば気楽な仕事なので、ソーヤはかなり気に入っていた。
 そんな山の頂上に突如人間が現れ、眠り続けている。
あまりにも起きないので、ソーヤもそろそろこの男の処遇を決めなければならない時期だと思っていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?