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トキノツムギA面

28  メイフラワーのパープル②

 学校を出てデパートに行くと、ちょうど開店したところだった。開店待ちをしていた客と共に中に入ると、突き当たりの店に向かう。店端の柱とバッグが吊るされている回転什器の隙間に絶妙に人目につきにくい場所があった。
見ると、ワンピースを着た後ろ姿がバッグを物色している。メイフラワーのパープルだ。
 こうして見ると、華奢でフェミニンな女性だった。光に当たるとワインレッドに見える焦茶の髪はこの前とは違って下ろしてあり、薄紫の小花のイヤリングをしている。
リッジが行くと振り返った。パッと明るい笑顔を見せる。
「もしかしたら来てもらえないかと思っていたので、良かったです」
 デートの待ち合わせかよ。
軽くため息をついたリッジは単刀直入に言った。
「こっちも聞きたいことたくさんあるんだけど。ここでいいの?場所変えるの?」
随分ぞんざいな言い方だったろうに、パープルはふと笑った。
「あーやっぱり。あなたそういう方でしたよね」

 パープルはリッジと言葉を交わしたことがあった。ほんの一瞬だったのでリッジは覚えていないだろうが、パープルはよく覚えている。
珍しい女性神事師だったトレスは、集落に良く来てくれた。その従者として来ていたリッジのことを、パープルはずっと女性だと思っていたのだ。
 トレスが家々を回っている間、いつもリッジは集落入り口の門柱に寄りかかり警備していた。同じ人たちにしか会わない生活の中で、トレスとリッジの2人が来るのは新鮮だった。無表情だし無言だし刃物の手入ればかりしているし、怖がる女性もいたが、パープルは一度リッジと話してみたかった。そこである日、いつものように門柱に寄りかかり座っているリッジに近づいてみた。
 何もせずぼんやりしているように見えたので背後から近づいて行くと、瞬間、何かが飛んできたのでびっくりした。振り返り、それがナイフであったことに気づいた時、思わぬことに力が抜け、地面にへたり込んでしまった。
 睨むようにこちらを見ていたリッジの表情に、僅かに動揺が走ったのがわかった。
 この人は本当に怖い人だ。
思うと震えて来て、立ち上がれないでいたら、ほとんど泣きそうな困った顔をしたリッジがちょっと戸惑った後、ゆっくり立ち上がりながら言った。
「ここの人だと思わなかった」
両手を広げ、何も持っていないことを示しながら少しずつ近づいて来て、パープルから慎重に距離をとりながら。
地面に刺さったナイフを拾い、門柱に帰りしな、ボソッとつぶやいた。
「ごめん」
 自分と同じくらいの歳のこの人が男性であることが、声で初めてわかった。
リッジは今まで何度もここに来ていた。最初に来た頃は、多分声変わりもしていない少年だっただろう。それが、一晩中トレスを警備し、不審な人物がいれば戦い守り、世界中を回っている。自分と何て違うことだろう。
 その思いは後に友人と集落を飛び出す、始めの一歩だったと思うのだ。
 削られず、丸くならず、社会に飲まれずに、あの時とイメージが変わらないリッジがここにいて嬉しいとパープルは思う。
あなただったら逆に安心と、あの時なぜ言ったのか自分でも良くわからなかった。だが、今わかった。
 多分私は、意外なところで同志にあった気がしたんだ。
「ここの喫茶店に移動しましょうか」
そんなパープルの内心は知らず、リッジは憮然と頷いた。

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