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トキノツムギB面

 前回までのB面あらすじ

 山にある森の中で眠っていた男は子どもの声で目覚めた。男はそれまでの記憶をなくしていたが、子どもはこの世界での神と同等の存在である「管理者」の手足だと名乗る。そして、男の世話をしていた王宮の女性騎士が用意したピアスに宿ることになった。
 「マルク」という名前を管理者からもらった男は、ある日、居住しているテントにあったマントを羽織って街に降りた。そこで街の人間から「モリビト」だと言われ混乱する。
 果物屋の男性が捧げ物として出してくれた果物をそれと知らず食べてしまった所、返礼として恵を与えなければいけないとピアスに言われる。
そんな力はないと困るマルクだったが、ピアスを通じて管理者の力を借り、男性の腰痛を治してしまった。すると街の人たちが集まって来たので、どういうことか聞こうとソーヤの屋敷に尋ねた。
 ソーヤは、「モリビト」とは「管理者」の使いで、「管理者」の教えを伝える「神事師」のトップであると共に、それぞれ不思議な能力を持つ者だという。マルクが羽織ったマントが何とモリビトを表すマントだったらしい。
 そして、管理者から借りた力もずっと使えるらしいことを知る。
 
それから数日後のこと…


21 勉強①

 あぁあー。大事なペンがー。
 ソーヤ邸看護師であるリンは、粗忽な自分を現在心底憎んでいる。
立場上、リンの直属の上司は医師であるグリフィスになるが、それだけでなくグリフィスは兄であり、先輩であり、片思い相手でもある。

 捨てられているリンがソーヤに発見され引き取られた時に、グリフィスは医学生だった。細身で童顔で、そう背も高くないグリフィスは10代になったばかりのリンと歳が近く見え、屋敷で話し相手がいないリンはよく追いかけて話をしていた。
 グリフィスは常に勉強をしていたが、話しかけられると必ずリンの気が済むまで話に付き合ってくれ、リンに勉強も教えてくれた。自然と好きになり、グリフィスと一緒に働きたいと思い看護学校に入ることにしたが、何とか入学でき、何とか卒業でき、何とか資格が取れたのは勉強に付き合ってくれたグリフィスのお陰だ。

 その当時からずっと使って来たペンを落とした上踏んでしまい、折ってしまったのがさっきだ。どうにもならないと思いながらペンを持ってウロウロしていたが、ショックが収まらないので人がいない場所に行こうと最終的に図書館に辿り着いたのが今である。よろよろと図書館に入ったところ、誰もいないと思っていたのになんと人がいた。

 ボリュームある茶色の巻き毛をハーフアップにした片耳ピアスの男性が、カーキ色の敷物の上で本棚にもたれて本を読んでいる。
マント上には他にも本が伏せたり積み重ねたりされていて、中央の机にも本がたくさん積み重ねてある。
男性は入ってきたリンを見るとちょっと笑った。
「3日ここに居るけど、ソーヤ以外の人見たの初めてだな」
「3日もここにいたの?」
食事しにくらい出て来そうなものだが、一切姿を見ていない。
「何か腹減らなしね。そういやここ大きい風呂があるみたいだから、それは入りたいかも」
リンの心を読んだかのように男は返答する。
「俺は森林のマルク。君は?」
「ここの看護師のリン」

 森林のというだけに、骨組みのしっかりした体格で肌は日焼けしている。襟もボタンもない変わったシャツと穴が空いた生地が厚そうなパンツを履いていた。
「服ないの?言ったらソーヤ様が用意してくれるのに」
マルクは自分の服装を見下ろしてみて答えた。
 言ってみればTシャツとダメージジーンズなのだが、この世界にそう言った服はないし、マルクの記憶からもその名称は蘇ってこなかった。
「着替えがあるとは言われたんだけど、何かこの服しっくり来るんだよね。どっか出ないといけない時だけ服変えようかと思って」
「まあ捨てられない古い服とかあるよね。あ、浴場なら、誰か入ってたら入り口に札がかけてあるから、ない時なら大体入れるよ。掃除中じゃないかは一応確認してね」
 リンの言葉を頷きながら聞いていたマルクだったが、手に握りしめているものに気づいたようだ。
「サンキュ。ところでその手の中のものは?」
半分に折れたので、握るとちょうど手のひらに収まっていたペンをマルクに見せる。
「大事なペンだったんだけどさっき折っちゃって。長いこと使ってたから捨てるのも辛いよね。何とかしてつなげて、とっとくだけとっとこうかなとも思ったり」
マルクは少し微笑を浮かべながら言った。
「男物?大事な人からもらったの?」
 何で分かったのと聞きたかったが、確かにペン軸は長めで地味な黒だし、小柄でポニーテール、明るい色のスカートというリンの服装から見ると、好みに合わないと思われても仕方ないかもしれない。
「うん、まあ」
言葉を濁していると、
「ちょっと貸して」と手を伸ばして来たので渡してみた。
「見事に折れてるでしょ。落とした上に踏んじゃったもん。そこにペンあるの分かってたのに、なんでそこに足下ろしたかな私」
大きなため息をついた時、
「はい」
とペンが返された。
 ため息で少し目を離していた隙に、なんとペンが元通りになっている!
「え、ちょっ、何でこれ」
「直せそうかなと思って。風呂情報教えてくれたお礼に」
驚いて二の句が継げないリンに何でもないことのように言い、マルクは立ち上がる。
「ちょっと風呂見て来る。また戻るから、そこそのままにしといて」
と、どうやって直したのか聞く暇もない素早さで図書室を去った。

 リンはしばらくペンを眺めていたが、どう見ても補修跡などない。落とす前と同じ状態で手の中にある。
 嬉しいけど…え?
 マルクの敷物の上の本に目をやると、国の歴史書や地理など雑多な本が投げられてあるが、中には開いてうつ伏せてある絵本もあり、何となく手にとってみた。
 モリビト?
昔話で聞いたことあるなと懐かしくページを繰っていると、ふと手が止まった。
山からモリビトが降りて来る場面のイラスト。
 目の前の敷物を見る。端のほつれたデザインを見る、色を見る。
 これマントじゃん。
それは、イラストのモリビトが着ているものと同じだった。
 え?モリビトって本当にいるの?
ペンと図書館入口を交互に見ながら、リンは割と長い時間そこに止まっていた。

 


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