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トキノツムギB面

8  店の外の出来事②

 大学は街中にあり大学寮はその大学の敷地内にあるので、商業施設や飲食店は近くにたくさんあった。しかし時間が時間なので、仕込みを行っているパン屋の窓から光が漏れているくらいで、開いている施設はほぼない。
 薄暗い空には街灯の灯りがポツポツと滲み人通りもない。寮へ向かう道を逆から辿りながら歩いていれば、アイリスと行き合えそうな気がした。
 
 既に洗濯物を干している女性がいたり今まさにカーテンを開けようとしている窓もあり、早朝に起きている仲間感を感じる。そんな人々を他にも見つけようとして建物を見上げていると、そう高くないビルの屋上にも人がいるようだ。物干し竿があったので洗濯物でも干すのかなと見ていたが、どうも動きが妙だった。屋上にぐるりと巡らせてある柵を向こうからこちらへ、時々立ち止まりながら沿うように歩いて来る。そして、リアンが歩いている道路側の柵の半ばに立ち止まると、不意に身をかがめた。見ていると、横道からこちらへ曲がって出てくるアイリスがいる。
 ゾワッと背中に悪寒が立ち上る。
 何か危ない気がする。

 「アイリス!」
呼びかけると、驚いた表情のアイリスがリアンを見る。
 ヤバ、立ち止まらせた!
こっちに来いという暇はない。リアンは駆け出し、アイリスに体当たりした。
瞬間、翻ったマントに何か軽い衝撃を感じる。
 「…え、リアン?」
何が何だかわからない様子で道路に座っているアイリスがいる。
その前で片膝をついたリアンは素早く背後を確認し人影がないのを見計らってから、ここまで握って来た石の説明をしようとした。
が、力が入らず、2つの石が手の平から転げ落ちる。
それを拾おうとして視線を向けたが、石も道路もぼんやりと視界に溶け、どこに手を伸ばせば良いかわからない。

 目の前でマントの青年の体が傾いで行くのを、ライマはスローモーションのように見ていた。 
 青年の姿を視線の先に捉えることができたライマは、その背中を追って大通りから横道、そして角を曲がって別の大通りに出ていた。
 やっと見つけたのでほっとしながら声をかけに行こうとした時、目の前を何かが横切り青年に向かう。
 青年に声をかけなければならないのに呼びかける名前を知らず、コンマ数秒ほど戸惑っている時間を割き声が響いた。
「アイリス!」
 声の主がアイリスに近づくのが見え、アイリスが道路に押し倒されるのが見え、翻ったマントが二人の姿を覆う。マントは元の位置に戻ろうとはためき、裾を地に落とし、落ち着いた。
と思った瞬間、裾は地を引き、声の主が道路に倒れ。
その奥で、色を失ったアイリスが、ピクリともせずに青年を見ている。
 今、何が起こった?
ライマも混乱した思考に道路半ばで動けずにいたが、アイリスを見た瞬間、頭が動き出す。
「アイリス!」
呼びかけるとアイリスがこちらを見上げる。
「しっかりしろ!こいつを運ぶぞ!」
脇に腕をかけ、まずアイリスから立ち上がらせた時、その体の陰に針状の物が落ちている。
拾うと、先が少し溶け、微かに血痕もついていた。
 これは?
倒れた青年を振り返る。マントの破れ目に隠れるようにして、紙で切ったような切り傷が一筋見えた。

 

 
 

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