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トキノツムギA面

19 リッジとバート②

 危なかったー…
あらぬ誤解を受けそうだったバートは、なんとか勘違いを訂正できて心からホッとした。
 多分リッジは火のような感情を持つ人間だ。だが優しげな容姿も相まってうまく隠せていると思う。それでも元々の性質が仄見える瞬間があり、それが例えば、さっき部屋から出て来た時などだ。
 どう見ても平気じゃないのに人の手を借りようとしない。倒れていたところを助けられたのも非常に不本意だったようなイラつきを何となく感じる。極め付けが今で、明らかに軽蔑の冷たい光が視線に混じっているのがはっきりわかり、生存本能なのかわからないが、聞き流していた「奥さん」という言葉をしっかりと思い出し、急いで否定したのだった。

「…ああ、そうなんですね」
さっきの氷のような冷たさが溶け、いつものようにふわりと微笑む。
それを見た時、腑に落ちたようにバートは思った。
 ああ、そうか。だからか。
 燃えるような感情というのは、言うなればパワーだ。人より強い精神力を人より脆い体に抱えて生きている。それはバートに、薄く上等なグラスいっぱいに入った透明度の高い水を思い起こさせた。その水面はいつも表面張力に震えながら、こぼれないように耐えている。
 バートはもはや、痛いほどわかった。
 自分が惹かれているのは、この容姿に抱えられた存在そのものなのだ。
危うくて美しくて魅力的なこの存在に出会えたこと、自分はもう、それで充分に満足なのだと。
 
 ならば飾りも言い訳もなく、相手と対峙する覚悟を決めなければならない。

 テーブルの上の食料は、まだ手が付けられないままアイスが溶け始めていた。
けれどある種の緊張感が漂っていて、リッジはそれに手を伸ばせずにいる。
「あの子、俺の家に置いててもいいんだよ?」
低めで落ち着いたバートの声が、空気をゆっくりかき分ける。
 ああ、またか。
リッジには、その後に続きそうな言葉がわかった。いつも皆が自分に言う言葉。
「1人で男の子世話するの大変じゃない?」
 俺はできると、自分では思う。でも客観的に見れば随分脆弱な体だ。何かしようとするたびに皆が心配するのも理解できる。でも。
 言い訳ができないようなことで他人を制限するのはずるくないか?
この体の原因は自分だと納得しようとしても、できないモヤモヤがいつも残る。
 同じことを同じように繰り返すしか許さないなんて、何の権利だよ。

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