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トキノツムギB面

16  ソーヤ邸②

  魔術の本とサーベルを挟んで図書室の机でアイリスの話を聞いたソーヤは、その人となりをなんとなく理解した。
 なるほど。もと執事なのか。ライマの読みは正しかったな。
執事といえば使用人の最高峰だ。1人で家を守れるくらいの一通りの体術は身につけているだろうし、会社と言っても過言ではない規模の家を回す知識や頭も備えている。そう考えると、あんな店でも堂々と入って来れるのは分かる。
 それにしても、主人一家が消えてから、誰に頼まれたわけでもなくずっと1人で行方を探しているとは。
 何という忠誠心だろう。家にも国にも、こういう人材は必要なのだ。大学生などさせているのはもったいないぐらいで、どこかに紹介したいとも思う。だがきっと、まだ元の家以外には仕えたくないに違いない。
「お前、官吏登用試験を受けないか?私が推薦するぞ」
冗談混じりに言うと、アイリスは綺麗に笑って答えた。
「有難いお申し出です。いつかご紹介いただくかもしれません」
 多分紹介することはないだろうなとソーヤは思う。しかしこの物腰なら、私の執事だと偽って城や官庁に話を通し資料を見せることなどはできるかもしれない。
「まあ、ともかくお前の話は分かった。私の方で調べられることは調べてみよう。大きな商家が一つ消えたとなると、どこにも記録が残っていないということはないだろう。何か分かり次第連絡する。お前の方で無茶はするな。あと」
と、ソーヤは付け足した。
「時々ライマを教育しに来てくれ。あいつは正式に執事教育を受けた訳ではないので、お前から見れば至らない点が色々とあるだろう。どこででも仕事ができるレベルにしてやって欲しい」
 ソーヤとしては、アイリスとリアンの様子をこの目で確認したいという気持ちがある。リアンはあれで地に足が着いたところがある人間に見えるが、アイリスは少し不安定に思える節があった。
 自分の大事なものが一瞬でごっそり消えたんだ。まあ無理もないが。
 例えリアンがいたとしても、だからこそ、この男は肝心な時には1人で行動を起こすはずだ。本人も含め誰も傷つかないためには、周りにたくさんの目があった方が良い気がした。
「承知致しました」
 立ち上がると折り目正しく頭を下げ、アイリスは図書室を出て行った。
その後ろ姿を見ながら、ソーヤは思う。
急に消えた屋敷と人か……。そう言えば、急に現れた人間がいたな。
思い出したのは、森林の男だ。
 あいつと繋がりがあるとも限らないが、いずれ詳しく話を聞いてみよう。


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