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トキノツムギA面

8 カイ

 バートの父親は学者だったらしい。バートが物心ついた時には亡くなっており、家計を支える必要があった母は起業し、それなりに大きい会社に成長させた。そして亡くなる前に、自分の右腕だった女性に会社を譲った。
 母はバートが大学生の時に亡くなった。残された家は庭にバラ園と東家があったりする、洒落たサンルームがついた割と大きい家だ。家の広さもありハウスキーパーに在宅してもらうことで家事を回していているが、そのハウスキーパーは珍しいことに男性だった。

 タクシーから人間を抱えて出てきたバートを、ハウスキーパーであるカイは何も言わずに一瞥した。家のことは何でも完璧以上にこなし、秘書や防犯要員のような役をもこなしてくれるカイではあるが、自分自身の服装は無精髭に伸ばしっぱなしの癖毛を一本結びと、かなり無頓着だ。
「仮にも洋服屋を経営してる人間といるんだからさ、どうにかなんないの、その格好」
 こざっぱりはしているというだけが取り柄の、灰色無地Tシャツにベージュのパンツの裾を折り上げたスタイル。もちろん裾は邪魔だからそうしているだけだ。
「お前みたいな格好で庭の手入れとこの広い家の家事全般できると思ってんの?まさかのバラの世話のおまけつきでさ」
 バラは一年に2回ほど非常に満開に咲き誇るが、カイがきれいに筋肉がついた体つきなのを見ると結構な重労働らしい。

 咥えようとしていたタバコを後ろポケットの箱にねじ込んだカイはバートの元に近づく。肩をポンと叩くと、物知りげに言った。
「…うん、まあ良いよ俺の雇い主だし?ただちょっとね、犯罪に引っかかるようなことはメイさんに申し訳が立たないわけよ」
因みにメイとは、会社を継いだ女性である。
「ちょっと待ってカイ。俺が何したと思ってんの?」
俺は何も知らないとでも言うように、無言で家の中に入っていく背中に、すがるようにバートは声をかけた。
「待って待って。ちょっと言い訳させて」
 カイはユラっと胡乱げな視線を投げ、何も言わず左の廊下奥を指差した。
そこの客間は使えると言うことだ。
 玄関先で少年をお姫様抱っこしながら言い合うのも重いし不審なので、まずは少年をベッドに運ぶことから始めた。

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