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トキノツムギA面

27  メイフラワーのパープル①

 一週間リッジと生活してみたデューは、大体リッジという人間が分かった。
リッジは手先が器用だ。縫い物から日曜大工まで何でも職人並みにできる。昔は姉と共に移動生活を送っていたらしく、正規の教育は受けたことが無いらしいが、周辺の何カ国かの言葉は話せるし読み書きもできる。あとは、運動神経が良く自衛力が高い。これは移動生活の賜物ということで、わかるようなわからないような。また詳しく聞いてみようと思っている。
 性格は裏表がなく率直で、大胆で物怖じしない分考えるより行動が早い。正直、見かけと正反対の性格だ。たまに人との接し方で見ている方がハラハラさせられるのは、集団生活に慣れていないからなのかそもそも性格からなのか、そこ辺は分からない。

 つらつら考えながら校長室の前で待っていると、半分開いたドアからからリッジが半身出して言った。
「いいよ、リッジ。おいで」
言われて設定を脳内で復習する。ファミリーネームはオルティース。シングルマザーをしているリッジのお姉さんの息子。だからリッジとは叔父と甥。
 苗字の綴り難しいんだよね。間違えないようにしなきゃ。
編入書類にサインがいるので昨日だいぶ練習した。大丈夫だとは思うが少し緊張する。
デューが入って来た瞬間、初老の女性校長は息を呑むような顔をした。
ため息をつくように言う。
「綺麗な子ねえ。これは学校に来たら大変だわ」
白髪をきっちりと結い上げた校長は、見るからに温和で顔の皺も美しく見える。デフォルトが笑顔という感じで、とても人好きがする容姿だ。昔は優しげな美人だったのだろうなというのが今の姿からも分かった。
「デューが学校に慣れるまで頼むよ」
 いやリッジ、校長にその口調!
何となく居たたまれなくなり、焦って挨拶をする。
「初めまして!こんな時期に急にすいません!」
校長は目をパチクリして、吹き出すように笑った。
「礼儀正しいのね。こちらこそ、初めまして」
 やっぱリッジ無礼と思われてるって。
 それの埋め合わせになるわけでもないが、デューはしっかり頭を下げた。
「あの、これからお世話になります」

 デューはとても良い子だと、リッジは思う。
素直で人懐こく、人の領分を侵さずに適度に礼儀正しい。どこに行っても調和を乱さず、誰とでもうまくやれる種類の人間だろう。
 一方で、リッジの能力でどれだけ過去をたどっても、ポッカリと穴が空いている部分がある。この一週間、デューが眠っている間、何度も何度も試したが、どうしても繋がらない過去がある。リッジが辿れないということは、単なる記憶喪失ではない。こんな例は見たことがない。
 詳細に辿れるここ一年の記憶の中では、こちらが気分が悪くなるほど何人もの男女と夜を共にしている。だがデュー自身は、それは意に介していないらしい。
 この歪さは一体何だ。
 これ以上はリッジにはわからない。最初は高卒資格くらいあった方が良いだろうという軽い気持ちで高校に入ってもらうことにしたが、今となって、良い選択だったと思う。自分のことを振り返った時、普通の人がすることを普通にする生活というのは非常に貴重だと思うのだ。
「じゃあ、何かあったら連絡して」
 リッジはエレンと校長に言って部屋を出、次の予定に向かうことにした。

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