新型ヤリス試乗記

0.はじめに

新型ヤリスがヴィッツの後継として2020年に登場した。
ご存知の通り、ヤリスは日本ではヴィッツの名称で販売されていたクルマである。
今回モデルチェンジと共に日本名もヤリスとなった。

たまたま通りかかった近所のトヨタ店にヤリスを見つけ、チョイと見てみたという試乗記となる。
限られた時間のチョイ乗りの為、深くは見れてないが、取り急ぎインプレッションを記す。

1.ヤリス(ヴィッツ)の歴史

欧州市場でのトヨタ車拡販を目的にスターレット後継として開発されたのが初代ヤリス/ヴィッツである。
プラットフォームはこの為に開発されたNBC(ニューベーシックコンパクト)。
その性能と秀逸なパッケージ、外連味の無いデザインで2000年代に欧州カーオブザイヤーを受賞し、大ヒットとなった。
エンジンはダイハツ製1SZ型1L直列4気筒を搭載。こちらも1999年にインターナショナルエンジンオブザイヤーを受賞している。

要は世界的にライバルの多いこのクラスで非常に高評価なクルマであった。

当初Aセグメント向けだったヤリスは2代目以降サイズアップしBセグメント向けとし、北米でも販売された。エンジンも1.3Lと1.5Lが追加されている。

2代目は1Lモデルのエンジンをダイハツ製1KR型3気筒とした。このエンジンもインターナショナルエンジンオブザイヤーを4年連続受賞。多くのクルマに採用されている。

ヤリスベースの派生モデルも多く、初代の頃はファンカーゴやセダンのプラッツ、そして商用プロボックスもこのプラットフォームを採用。
2代目のBプラットフォームは先代カローラアクシオ/フィールダーとも共通である。

正直に言えば、日本仕様の2代目と3代目ヴィッツはコストダウンした内装と走りの点で評価は芳しく無い。
より本気な最近のスズキスイフトやマツダデミオあたりよりは明確に出来が落ちるイメージだ。

個人的には2代目のデザインは上級オーリスとも共通の顔付きでなかなかいいと思うのだが。

そんなヴィッツが4代目としてモデルチェンジした。

2.新型ヤリスについて

4代目ヤリスは2020年2月10日に発売。
目玉は新開発のTNGA GA-Bプラットフォームの初採用だと言う。
このTNGA GA-Bは小型車向けプラットフォームで、他のTNGAシリーズと同様に高剛性低重心化が図られているとの事。
詳細は不明ながら、フロントバルクヘッドはストラットタワー周りを取り囲む欧州車風構造で剛性高そうな雰囲気はある。

前ストラット、後ろはトーションビームという一般的なサスペンション構成。トーションビームのボディ取付ブッシュは平行配置が特色らしい。通常は後輪の横剛性を高める為に角度を付ける(上から見て逆ハの字)のが一般的だが、ヤリスは角度無し。

この形はピッチング処理には有利だが、横剛性をどう担保してるのかが気になる。

エンジンは3種。1Lと1.5Lガソリン、および1.5Lとモーターのハイブリッド。
1Lは先代キャリーオーバーのダイハツ製3気筒1KR。

目玉はダイナミックフォースエンジンの1.5L3気筒のM15Aだろう。
RAV4で採用されてる2L4気筒のM20Aを1気筒落としたエンジンだ。

1気筒500ccでボアスト共通、燃焼室設計共通のモジュラーエンジン。ちなみに前方吸気後方排気で、従来のトヨタ車エンジンとは吸排気方向が逆だ。
1Lの1KRは従来通り後方吸気前方排気。
吸排気方向の異なるエンジンを同じ車体に載せるってなかなか大変だ。
しかしヤリスは廉価版の1Lを落とすわけには行かなかったのだろう。

M15Aのボア80.5mm、ストローク97.6mm。
3気筒とした事で、従来の4気筒より広めのボアにかなりのロングストロークを実現している。コレにより燃焼性能の向上と低速トルクの増強を図る。

1.5LモデルのM15A-FKSはバランスシャフトを組み込み3気筒特有の振動をキャンセルさせ、吸排気に可変バルタイを入れてミラーサイクルからオットーサイクルまでの広い領域をカバーする、贅沢な全部入り直噴エンジン。

ハイブリッドモデルのM15A-FXSはモーター併用が前提の常時ミラーサイクルの為、ポート噴射で吸気側可変バルタイは省略。振動する回転数は使わないためバランスシャフトも省略。バランスシャフトはロスになるからできれば無くしたいのだ。

予算が許すならやはりM15Aエンジンを選択したい。

安全装置も最新らしい。
目玉は交差点右左折時の歩行者検出。コレはトヨタ初採用。
従来歩行者検知は直進時のみだった。
そして、この機能は全グレード標準装備との事。素晴らしい。

素晴らしくないのは価格か。

こんなのフル装備なので販売価格は当然上昇している。
1Lの最安値グレードは辛うじて140万円を切る程度、1.5Lガソリンの中間グレードで175万円だ。
ハイブリッドなら200万円を超えていく。

デザインはかなりアグレッシブ。
顔つきやリアホイールを囲むフレアを強調したデザインはヨーロッパAセグメント向けのアイゴと相似形。
ちょいとやり過ぎな感じもするが、日本では新鮮な感じだろう。

因みに日本仕様はナロー版で、欧州仕様は少し大きいワイド版となり、特にフロントのフレアは更に強調される。

3.静止検分

試乗車はハイブリッドのZ。車両本体約230万円の最上級モデル。
オプションの16インチアルミホイールに185/55R16サイズのエコピアEP150が装着されていた(Z標準は15インチスチールホイールに185/60R15タイヤ)。17や18インチを無理くり履かせない辺りは良心的。

他に、パノラミックビューモニターやブラインドスポットモニターなど、メーカーオプションを加えて総額270万円の車両だ。

ドアを開けた瞬間になかなかの質感がわかる。内装はマットな印象のシボにグロスの加飾、メタル風塗装パネル。
最近流行りの手法だ。極めてわかりやすい。

運転席に座ってみる。ステアリングホイールは革巻きだ。VWゴルフっぽい肌触りで悪くない。テレスコもチルトもある。

右ハンドルの仕立てを確認する。
ステアリング軸はシートに対してほぼど真ん中。
ブレーキペダルはステアリング軸から少しだけ右に位置している。
当方の予想を覆し、素晴らしいペダル配置だ。従来のペダル左偏移が多いヴィッツとは全く違う。

このクラスとしてはデミオと並んで日本車トップクラス。
いや、ペダルオフセットが出やすい前輪駆動の日本車の中でも上位だ。TNGA GA-Cプラットフォームのカローラやプリウスよりも僅差ながら良いのではないか。

シートに腰掛ける。
コレまたなかなか良い。
座面、背面共に面圧は一定で、身体全てにキレイに接する。カローラのシートに近い。
肩甲骨のサポートはさほど強くないが、サイドサポートは見た目以上に強い。触ると柔らかいが、奥の骨格はかなりしっかりしている。
シートサイズも大きめ、明らかに上級クラスのシートだ。

過去のヴィッツのシートを知る方が見たら、まるで夢の様なシートだと思うことだろう。

内装の見た目質感は良いが、決して素材が良いとかソフトパッドが貼ってあるとかではない。

ダッシュボード上面やドア内装上部は硬い成型樹脂であり、ココにソフトパッドを貼るカローラより格下である事をむしろ明確にしている。

しかし、上面の下面とのコントラストや、シルバー、ピアノブラックの加飾アクセントが上手いため、全体としてカローラの上級モデル並みの見た目質感がある。

因みに中級グレードG、その下Xの内装は明らかに見た目質感が落とされてる。
Gはシルバーの加飾が無いだけなのだが、印象は随分違う。
下級グレードのXはピアノブラックの加飾も無くなり、相当落ちる。グレードのヒエラルキー構築はなかなか上手い。

また、シートについてもGとXはヘッドレスト一体のメルセデスAクラスの様な安そうなシートに変わる。

こちらにも座ってみたが、決して悪くはない。
上級Z向けシートとの違いは(ヘッドレスト上下の調整可否は別にして)、骨格の剛性か。
サイドサポートは見た目以上に緩く、骨格も明確に弱い。ヨレる。Zグレード向けと比べると明確に劣るが、このクラスとしては上々の出来だと思う。

どのグレードもドライビングポジションがスッと決まるのは特筆して良いと思う。
やたらと調整できる箇所や調整しろを突っ込むヒョーロンカがいるが、本来はさほど調整しなくてもすんなり決まる、スイートスポットが広いのが理想なのだ。特にヤリスが対象とする初心者やレンタカー用途向けを考えたら。

そういう意味ではヤリスの前席はよく出来ている。

リアシートを確認する。
なかなか狭いが、とりあえず座面長が満足な長さである事は評価していい。
狭いクルマは見た目広く見せる為に座面長を削る事が多いのだ。

しかし、後席シート背面角度、いわゆるトルソ角度は座面の角度に対して随分立てていて、その相関が崩壊している。

あまりに角度が立ってる為、シート折り畳み機構が最後までハマってないのではないか?と何度も確認してしまった。

体感的には、乗員をアップライトに立てて座らせることで車体をコンパクトにした、というクルマの代名詞、初代VWゴルフおよび2代目ゴルフよりも遥かに立てている感じだ。

コレは設計後半で座面角度を変えたのではないか。

座面角度はクラッシュテストで乗員がシートベルト下をすり抜けてしまう現象が発生したら、シート角度を付ける(寝かせる)という解決法がある。
しかし、背面角度はトランクルームが狭くなるし、背面位置はボディ設計上変えられない。なので座面だけ角度を変えたのか。

ひとまず、長距離で後席に乗るのはご勘弁願う。意外に後席の横サポートも視界もいいので残念なとこだ。

トランクはテンパータイヤを排したこともあり、そこそこの広さはある。

4.実走検分

決算期の忙しい最中、クルマ買いそうにない冷やかし客にも関わらず、試乗させてくれた。感謝だ。

システム起動ボタンを押して起動する。ハイブリッドなのでエンジンはかからない。いつもの事だが、旧人類な私はエンジン音がしないのは非常に怖くなる。

普通の形状なATセレクターをDにぶち込んで走り出す。
道路に出る際の段差を超えていきなりわかった。

ショックアブソーバーが締まっている。ボディが強い。いいクルマの雰囲気が漂う。

アクセルを踏むとかなり反応が良い。そのまま踏み続けるとエンジンが始動して加勢する。この感じは現行カローラハイブリッドと同じ感じだ。加速は結構速い。

タコメーターも無く、エンジンが始動するタイミングも多くないのでエンジン単体の性能は不明だか、このハイブリッドユニット自体は十分以上の性能かと思う。

ロードノイズも低く抑えられている様に感じる。遮音性も悪くない。より上級のクルマに乗っている様だ。

低燃費タイヤ起因の細かいハーシュネス(突き上げ)は感じるが、ボディそのものはガッチリしており好印象。ステアリングに対する応答性も良い。夢のような身のこなしだ。

ただ、コラムアシスト方式の電動パワステの動作が明らかにおかしい。

ステアリングを中立に戻す制御を入れている様で、交差点で曲がる程度の速度でも執拗に中立に戻そうとする。

よくレーンキープアシスト(所謂オートパイロット的な)使用中に、ふらつくと進路を修正しようと神の手のようなステアリング制御が入るが、あれに近い雰囲気なのである。

いやいや、コレはダメだろう。

なんでこんな間抜けな制御をするのか、暫し考えた。

通常前輪にはキャスター角(垂直方向転舵軸の後傾角)が付いており、コレによるタイヤの反力で(走行中なら)ステアリングが中立に戻る。

原理は以下だ。
通常転舵軸が路面と垂直であれば、タイヤ接地面のど真ん中になる。

しかし転舵軸を後ろに倒す(キャスター角が付く)と、転舵軸と路面との交点はタイヤの設置面よりも前になる。

この状態でステアリングを切りタイヤの向きを変えると、接地面は前に進む。
すると路面からの抵抗で接地面を後ろに戻そうとする力が働く。接地面が後ろに戻るという事はタイヤの向きを戻そうとする力が働くわけだ。

コレをセルフアライニングトルク(SAT:自己復元力)と言う。この力のおかげでクルマは走ってさえいればステアリングから手を離すと直進状態になるし、自転車だって真っ直ぐ走る。

コレを人工的にパワステで作り出してるとすれば、この作用が弱過ぎるということか。

もしやSATが弱いのはグリップの低い低燃費タイヤの特性か。確かにヤリスに装着されているのはカタログ燃費を稼ぐ以外にあまり評価されないエコピアだ。そしてヤリスハイブリッドはクラストップの低燃費36.0km/L(WLTC)。

アライメントにおけるキャスターアクションですら塗り潰すほどのタイヤ特性なのだろうか。

昨今のやり過ぎな省燃費タイヤに不安を覚えつつ、近所をぐるっと転がして、駐車。
やはりこのサイズの取り回しは抜群だ。

視界はCピラーがそこそこ邪魔するが、まぁよしとする。どうせみんなリアカメラ見ながら駐車なんだろう。

5.総括

新型ヤリスは以下の点で秀逸であった。
・運転席の作り込み、シート
・しっかりした走り

前席優先のパッケージなのは明白で、リアシートはミニマムという割り切りは必要だろう。

パワステの制御は気になる。
SATが低いのは主に燃費スペシャルなXグレード向けタイヤだろう。百歩譲ってカタログ燃費を稼ぐグレードはともかく、それ以外のグレードは設定を変えて欲しい所だ。
どうせネットワークで繋がるならOTAで後から修正できないものか。

まぁそれが出来ないからこの仕様なのだろうが。

念のため言っておくが、SATが低いのはタイヤメーカーの責任では無い。自動車メーカーのオーダーがそうであるという事だ。


とは言え、パワステに目をつぶって普段1人か2人しか乗らない用途なら、なかなかの佳作だと思う。
特に前席の造り込みはヴィッツ後継とは到底思えない素晴らしい出来だ。

コレは現在VWゴルフに乗ってる父に勧めてもいいのではないかと思った。そういうレベルにある。

従来トヨタのこのクラスでそう思った事は過去に一度も無い。

ソレがわかっただけでも収穫だった。

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