エクリプスクロスPHEV試乗記
0.はじめに
経産省参与から吹き込まれて急に脱炭素化などと言い出す政府に対して自動車会社の社長がキレて反論を展開するなど、今の日本はなかなか趣がある状況だ。
この件、何がいいか悪いかではなく、官民が一枚岩になってない時点で国策として失格だろう。
そんな中、自動車業界は遅れてると言う論調が多い。
何に比べて遅れてるのかは色々な意見はあろうが、確かに純粋な電気自動車(BEV)に関して海外のメーカーのアピールは上手い。
そりゃ新しい会社は既存のメーカーと同じ事やったとこで勝ち目はなく、しかもまずはカネを集めないといけないわけだから、自ずとそうなる。
そこにESG投資先にちょうどいいこともあり、今はEVバブルと言ってもいい様相だ。
じゃぁ既存の自動車会社は電動化に消極的なのか。単細胞なマスゴミはすぐにそんな論調になるが、電動化なんてほとんど無かった時代にハイブリッドのプリウスを出したのはどこのメーカーか、BEVを初めて量産したのはどこのメーカーかなんてとうの昔に忘れている様だ。
電動化はそんな単純な話では無い。
ポジティブかネガティブかなんて二元論しかできないマスゴミは放っておいて、実際の所どうなのかを考察する上で以前から興味深い会社がある。三菱自動車だ。
ご周知の通りBEVである電気自動車iMiEVやミニキャブMiEVをいち早くリリースし、その後プラグインハイブリッド車であるアウトランダーPHEVを展開している。
その最新モデルであるエクリプスクロスPHEVに試乗してみた。
1.エクリプスクロスPHEVとは
エクリプスという名は80年代末に登場したギャランベースの北米向け2ドアクーペで使われていたもので、当然ながら旧エクリプスとエクリプスクロスとの連続性はない。
新型車と言っていいだろう。
ハイブリッド
そのエクリプスクロスPHEVで注目すべき機構は当然ながらプラグインハイブリッドシステムだ。
構成はアウトランダーPHEVと同じもの。これを以降三菱PHEVとする。
ココでハイブリッドシステムの種類について簡単に説明すると、その方式からパラレルハイブリッド、シリーズハイブリッド、マイルドハイブリッドの3種類に大別される。
そして、それぞれ外部充電可能ならプラグインハイブリッド、充電不可なら単なるハイブリッドと呼ばれる。
マイルドハイブリッドの多くはISG方式と呼ばれる、従来のエンジン車でも付いているエンジン始動用スターターモーターやオルタネーター(発電機)を用いて、バッテリーで軽くアシストや回生ブレーキを稼働させる仕組み。
基本的に従来のエンジン車と構成はほぼ変わらない。
パラレルハイブリッドやシリーズハイブリッドはストロングハイブリッドとも言われるが、原則としてバッテリーだけでも走行できるものがストロングと呼ばれる事が多い。
(パラレルハイブリッドはエンジンとモーター双方を動力として使うものを指す為、広義ではマイルドハイブリッドもパラレルハイブリッドの仲間ではある)
パラレルハイブリッドで有名なのはプリウスで初めて世に出たトヨタのTHS。エンジン出力とモーター出力、発電機を遊星歯車でミックスさせて、遊星歯車の減速比を変化させる事で駆動配分と駆動力を変化させるもの。エンジンとモーターのいいとこ取りできるシステムだ。コレを20世紀末に考えた人は間違いなく天才だ。
シリーズハイブリッドは日産e-Powerなど。エンジンは発電に専念させ、バッテリーに蓄電する。動力はバッテリーから電力供給されるモーターのみ。なので、動力の制御はBEVと同じ様なものになる。エンジン発電から充電、モーター出力と一筆書きなのでシリーズなわけだ。
そのカテゴリー分けから見ると、三菱PHEVやホンダe:HEVはチョイとヤヤコシイカタチだ。
基本構成はシリーズハイブリッド。モーターのみを動力として使う。
だが、エンジン動力を走行に使う為の直結クラッチも持っているところがミソ。
高速高回転では効率がゲキ落ちするモーターに代わり、エンジンが動力アシストできるようにしている。
なもんで高速連続走行がマストな欧州でもイケる。(e-Powerが欧州では販売してないのはそれもある)
なかなかクレバーなシステムだ。
ココに三菱は渾身の4WD技術をぶっ込んでる。
モーターを前後に配置し前後駆動配分を自由自在に制御出来る様にし、更には左右輪の駆動配分も可変としてヨーコントロールできるAYC(アクティブヨーコントロール)制御を組み込んだ。
クルマが旋回してる最中、左右輪の駆動配分を制御すれば曲がりやすくなったり、安定させたりが可能となるわけだ。
AYCはギャランやレグナムVR-4の後輪に初めて実装され、その後ランサーエボリューションに展開して好評を得た。
従前のAYCは左右輪の回転差を吸収するデファレンシャルギヤに増速ギヤを組込み、外側タイヤを加速させる事で旋回性能をアシストする仕組みとしていた(電子制御だが、説明上こちらを機械式AYCとする)。
そして、ブレーキや4WDの前後トルク制御、トラクションコントロールを組み合わせて統合制御するS-AWCへ発展させて、ランサーエボリューションXに実装した。
ランエボXでは、後輪の電子制御の機械式AYCに加え、前輪は機械式であるヘリカルLSDを入れ、前後の駆動配分は電子制御油圧多板式センターデフを備えていた。
しかし三菱PHEVの構成はシンプルだ。
同様の制御を行う上で、従前の機械式AYCではなく、ブレーキ制御を用いたブレーキAYCとした。
前後共にメカは通常のオープンデフとしLSDは無く、ブレーキのみで制御する形だ。
オープンデフなら内側タイヤにブレーキを掛ければ外側タイヤにトルクが移動する。
このシンプルな構成でヨーコントロールが成立できるのは、動力がモーターだからだ。ブレーキを掛けて減速する分だけモーターを加速させればいい。そんな細かい制御ができるのがモーターの良さだ。
ランエボシリーズはご存知の通り高出力2Lターボエンジン搭載のハイパフォーマンスカーであるが、高出力ターボエンジンはその出力制御性は必ずしも良くない。
ターボラグ(応答遅れ)に加え、4ストロークエンジンはそもそも一回の燃焼で2回転、720°。理論上でもココが制御する上で最小分解能になる。
対してモーターはPWM制御で高速スイッチングにより出力を制御できる。8極モーターなら1/8回転45°なわけだし、その中でも調整できる。
ヨーコントロール制御する為にはエンジン出力の制御では追いつかない、だから従来は機械式AYCで増速可能としていたわけだ。
動力をモーターに変えた事で複雑なメカを使わず理想的な制御ができる。ある意味ではソフトウェア制御のみでヨーコントロールが賄える。
つまりはランエボシリーズの正常進化版が三菱PHEVシリーズなわけだ。
エンジン
搭載されるエンジンは4B12型と呼ばれる2.4L直4ガソリンエンジン。
ダイムラークライスラー、現代自動車と共同開発したワールドエンジンというやつがベース。
ハイブリッド専用という事でアトキンソンサイクル(≒ミラーサイクル)仕様で出力は128馬力と控えめ。
と言っても最高出力発生回転数は4500rpmなのでそもそもかなりの低回転型(馬力はトルク×回転数×定数だから低回転なら表記上低くなる)。
最大トルク発生回転数も4500rpmで同じと言う珍しいエンジンだ。
参考までにトヨタのハイブリッド用2.5LエンジンであるA25A-FXSは5700rpmで最高出力を発生させる。
圧縮比12だが、コレは膨張比であり実質的圧縮比はもっと低く、レギュラーガソリン仕様。
前述した様に原則として発電専用、高速時のみ直接動力として前輪を駆動する。
モーター
前後に一機ずつ配置する。それぞれ60kW(82ps)/70kW(95ps)の出力。エンジン馬力に換算すると170馬力ほどだが、モーターはゼロからのトルクが最大な事、いざとなればエンジンもアシストする事から充分なパワーだろう。
前より後ろのモーターの方が高めなのは、高機動制御時にリア寄りの駆動配分にしたい事と、前輪はイザとなればエンジンによる直結アシスト可能だからだろう。
バッテリー
低容量だが安全性の高いマンガン酸リチウムを正極に使うリチウムエナジー社製リチウムイオン電池を採用。
容量は13.8kWh。
急速充電も可能で25分で80%。バッテリー劣化予防の為急速充電で満充電にはしない。
普通充電(家庭での充電を含む)は4.5時間で100%満充電となる。
RAV4 PHVは急速充電不可なので、三菱PHEVのアドバンテージは高い。
因みにバッテリーは8年16万キロまで66%の容量保証が付く。アウトランダーPHEVは同条件で70%保証だった。
アウトランダーPHEVは急速充電時に稼働するバッテリー冷却用エアコンが装着されていた。エクリプスクロスPHEVはこの冷却用エアコンは通常充電時にも稼働する様になった。
参考までにRAV4PHVもエアコンをバッテリーに装備している。そしてホンダクラリティPHEVに至ってはテスラと同じ水冷式だ。
各社バッテリーの温度マネジメントには相当気を遣っている。
シャシー
プラットフォームはアウトランダーやギャラン、ランエボ、デリカD5と同じGSプラットフォーム。
フロントストラット、リアはトレーリングアーム、パラレル配置のロワアーム2本、アッパーアームで構成される4要素ダブルウィッシュボーン派生マルチリンク式。マツダやトヨタ、VWなど最近のC/DセグメントFF車と相似形。
ロワアーム2本の長さを変える(前側を短くして)事でコーナリング中ロールするとトーインになり安定させるジオメトリー。
更には取付部ブッシュ変形により、後輪に駆動力が無く前から引っ張られる際はトーイン、駆動力を入れればトーアウトにもできる。要は駆動力でトーコントロール、擬似4WSも可能な形だ。
2.静止検分
試乗車はPと言う最上級グレード。カラーは黒。ディーラーオプションのエアロ付き。
他にG、Mとあるが、装備の違いだけで主要メカやタイヤサイズは全て同一である。
タイヤサイズは225/55R18、銘柄はエコピアのオールシーズン(M+S)。速度記号はH(210km/h)。決して高性能とは言えないタイヤだが、トラクションコントロールに自信があるのか。
早速乗り込む。
まずは右ハンドルの運転席環境、ペダルオフセットを確認する。
ステアリング軸はシート中心より10mm程度左にオフセットしているが、ブレーキペダルは明確にステアリング軸の右下。アクセルペダルはキッチリ右端に寄せている。
ペダルオフセットは無い、素晴らしい。
シートを合わせる。調整は電動。
高さは前後別に調整可能。メーターの角度に合わせるとちょいと高めなので少し下げる。それでも結構高い位置だ。乗り込む際に少し高さを感じる。例えばフォレスターやCX-5はそのまま腰を平行移動で着座できるが、お尻を少し持ち上げる感じ。
つまり最近のクロスオーバーSUV各車よりシートは高い。
そのおかげもあって、視界は比較的良い。
ボンネット端は見えないが、左右に緩やかな稜線が見えるのもあり、不安はない。
シート表皮はセンター部分がアルカンターラ、それ以外サイド部分やヘッドレストは合皮。
座面、背面は身体にしっかりフィットし、まずまず。
クッションは見た目よりストロークは少な目。また、サイドサポートも弱め。特に肩はサポートされないのでアツい走りにはやや厳しいか。
ダッシュボードは上面ソフトパッド、真ん中に黒グロスパネルやメタル調加飾を挟んで下面はハードプラスチック、と言う今風。
ドアパネルのアームレストはシートと同じ感触の合皮。
ただ、メタル調パネルは見るからにプラスチック塗装。センターのスマホ連動ナビの背後は安っぽいプラスチックの蓋が見える。ココは社外ナビ付ける時のアタッチメントが付くのだろう。
チープとまでは言わないが、車両価格を考えるともう一歩な気もする。
後席は見た目より広々だ。
真横の視界こそ傾斜したCピラーに遮られるが、さほど気にならない。
ただ、造り込みは雑だ。
座面はかなり平板かつ後退角が少ない。ヒール段差(床から座面の高さ)も低く膝裏が浮く。
実は前席シート下から後席足元まで床面にバッテリーを搭載しており、床は上げ底になってるのだ。
しかし、後席シート座面高は頭がつかえてしまうのでこれ以上上げられない。
要は後席はバッテリーの無いガソリンモデルを想定した設計のままという事。バッテリーで嵩上げされた分辻褄が合わなくなっている。
後席を倒した際に極力フラットにしたいと言うのもある(それでも後席倒して全然フラットではないのだが)。
とりあえず狭くはないので大きく不満と言うほどでは無いが、当然非PHVであるフォレスターやCX-5の後席より評価は落ちる。
同じ様な場所にバッテリーを積むRAV4 PHVの後席がどうなってるか気になる。そっちも同様に後席が犠牲になってるんじゃなんじゃないか、と。
トランクはまぁ広く使いやすい形状。
3.試乗検分
プッシュボタンを押してシステム起動する。
同時に電動パワステがステアリングをセンターに矯正する。コラムアシスト式か。
ATシフトパターンは日産e-Power系やリーフと同じ。Pだけボタン、他は動かした後レバーが元の位置に戻るタイプ。好きではないが、まぁいい。
パーキングブレーキは電動でオートホールド付き。オートホールドならほぼ操作不要だろう。クリープはスムーズ。
幹線道路に出る。エンジンは掛からずスルスルと加速し、法定速度に達する。フリクションやストレスを感じない加速はなかなか心地よい。アクセルオフ時の回生ブレーキも違和感はない。
足廻りも硬さは感じず突き上げもない。加減速でピッチングも発生せず、徹頭徹尾フラットライドで快適だ。シトロエンのハイドロにも通ずる乗り味。
さて、S-AWCはスイッチで4種類のドライブモード切替が可能だ。
ノーマル、スノー、グラベル、ターマックが選べる。スノーは雪道、グラベルは悪路向け。
ここで、ノーマルから所謂スポーツモードであるターマックへ切り替えてみる。
ターマックは駆動配分をよりクイックに曲がる方向にするだけでなく、エンジンは常時稼働(とは言え高速以外は充電用)、回生ブレーキ強めという設定になる。
回生ブレーキはパドルシフトで5段階に設定可能。要は内燃機関車で低いギヤにホールドして走るフィールにしてる様だ。
アクセルレスポンスは超シャープになった。
スパスパ加速する。
回生ブレーキは1番高い5しか試せて無いが、アクセルオフで車速がスッと下がるので運転しやすい。
ステアリングもシャープだ。ステアリングギヤ比は変わらずアシストのみ変えてるようだが、ステアリング操作に応じて左右の駆動配分を細かく変えているのだろうか。スゴい。
コレに比べたら走行モードでステアリングギヤ比可変のBMW3シリーズはまるでガキのオモチャだ。
そして驚いたのはエンジンがとても静かでスムーズな事。
もちろんアクセル操作と共にエンジンの回転数が上がる音は聞こえるが、かなり低音量な上に常に上質な回転フィールだ。
トヨタのハイブリッドの様なドカンとエンジンがかかってゴーゴー言うのとは全く違う。
そして、もちろん相当速い。
しかし、怖くない。
加減速がアクセルペダルでダイレクトにコントロールできるのが実に心地よい。
ランエボXやWRXの様な僅かなタメの後にドカンと来る高出力ターボエンジンのフィールとは正反対だ。
この全能感はなかなかない。
今回はたかだか十数分の試乗で、試せたのはゲキ狭ワインディングでの一瞬だけだ。
全開加速とは程遠いので、その点ご了承いただきたい。
因みにターマックモードで走行中、荒い路面でガツンと突き上げがあった為、足回りの設定も可変か?と思ったが、変わらない模様。
恐らくバンプストップラバーにタッチしたのだろう。
この1.9トン高重心車でロールを抑えるにはバンプラバーを長めにして早めに当てる事でロール時漸近的に足がカタクなる様にしてると想像する。CX-8もそんな感じだから不思議は無い。
また、パワステのアシストについて。
減速時に荷重が前輪へ移動すると共に重くなるのがマトモなパワステだが、この場面で少しわざとらしく重くなるケースがあった。
まぁ些細な事だ。不出来な電動パワステは全く変化しなかったりするのだから。
4.総括
エクリプスクロスPHEVは以下の点で秀逸であった。
・モーター駆動によるスムーズな走り
・上質なエンジンフィール
・ターマックモードで意のままに走るフィール
乗ってみてわかった。コレは間違いなく現代のランエボだ。
ターマックモードでの走りは白眉だと思う。
アクセルペダルと右脚が一体になったかの様な加減速の自由自在さ、ステアリング操作と共にグイグイ曲がるフィールはちょっと他では得られない。無敵のマニューバモードって奴だ。
しかも、ノーマルモードでは平穏にモーター駆動で過不足ない快適な走りになるのだから。
技術の進歩を感じざるを得ない。
ライバルのRAV4PHVと比べて、バッテリーだけの走行距離は少々劣る。
しかしながらこちらは急速充電に対応しており、より使いやすい。
エクリプスクロスPHEVの価格は384万円から447万円。
ライバルのRAV4PHVは469万円から539万円。
装備の違いやバッテリー走行距離、カタログ燃費の違いはあるが。
価格は安め、急速充電対応を考えるとエクリプスクロスPHEVはかなりいい選択なのではないか。
細かい点を指摘すると、エクリプスクロスPHEVの場合、エアコンの暖房はエンジン熱やバッテリーの排熱を利用している模様。
オプションで(恐らくPTC素子の)電気式ヒーターがあるが、暖房能力が足りないと原則エンジンが始動する。
対するRAV4PHVはヒートポンプ式エアコンで暖房もカバーしている為、エンジンに頼らなくて良い。そこはRAV4PHVのアドバンテージだろう。
それ以外、エクリプスクロスPHEVの走りは素晴らしいとしか言いようがない。
久々に三菱車の走りの真髄を感じた。