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悪夢が終わらない

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この物語は実話です。
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#砂原

人生初、病院で過ごす夏休み

 七月十日(日)砂原 

 再び梅雨に戻ったような空模様に憂鬱が押し寄せる。同室の老人たちは午後の日課である散歩もできずに、皆ベッドで大人しくしている。

 大学生になって初めての夏休みを前に、結核などという古めかしい病気にかかり入院することになった運命を嘆いて二週間。早くもここでの生活に嫌気がさしている。昔の入院患者たちが談話室に置いていった大量のマンガもほとんど読んでしまったし、パソコンも映画

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入院中に好きだった女の子が他の男にやられてしまう

 七月十四日(木)砂原

 僕が大学を休んでいる間に、ゼミ内で新たなカップルが三組も誕生したらしい。友人からのメールでそのニュースを知ったのだがその中には僕が密かに思いを寄せている佐田麻由美の名前もあってお願いだから嘘だと言ってくれと思ったがそれは揺るぎない事実のようだった。認めたくないが今さら聞かなかったことにもできない。

 しかも、よりによって相手は垣内だという。垣内はゼミの中でも三本の指

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海が欲しいのに

 七月十八日(月)砂原

 見舞いに来た友人からもらった畠山美由紀のCDを聴いていたら、入院していることを忘れ、浮かれた気分になった。「あはははは」と笑いながら海の水を手ですくい、砂浜を裸足で駆け抜けていく自分の姿が目に浮かんだ。想像の中で僕は白いワンピースにカーディガンを羽織っており、ひとりだった。そんな海の日。

1人のばあさんを3人のじいさんが争う(病院によくある光景)

 七月二十二日(金)砂原

 関さんをめぐって、田渕さんと福留さんと小坂井さんが三つ巴になっている。この間も田渕さんが外泊許可を取って留守にしている隙に、福留さんが関さんを散歩に誘い、断られて帰ってきた。そんな福留さんを「負け犬」と嘲り笑い、「女を口説くときはこうするんだ。よく見とけ」と勇んで出かけた小坂井さんも、すぐに振られて帰ってきた。いずれにしろ、関さんがどちらも振ってくれてよかった。

UFOを目撃する

 七月二十六日(火)砂原

 屋上のベンチに座り将来について考えていると、視界の隅で何かが光った。空を見ると、厚い雲の切れ間から、複数の小さな光が点滅していた。

 雷とは違う。雲の向こうに何か巨大な、長方形の影もある。生まれて初めて見る異様な景色に、思わずベンチから立ち上がった。

 今、自分が置かれている状況。ハリウッドのSF映画に、必ずあるシーン。人類で最初に異変の兆候を目撃してしまう市民A

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イケメンが入院してくる

 七月三十日(土)砂原

 午後、向かいの部屋に新たな入院患者が来た。病室前の名札には「野田涼祐」と書いてあり、なかなかのイケメンだった。しかしあんなイケメンでも結核になるのかと思うと心強かった。廊下ですれ違った時に挨拶すると、かすかに香水の匂いがした。

 夕食後、どこからかギターの音色が聞こえ、僕はふらふらと病室を出た。音を辿って階段を上ると、屋上のベンチで野田君がギターを弾いていた。格好いい

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新キャラ現る

 八月三日(水)砂原
 
 榊さんのいたベッドに、三階の病室から大沢さんという人が移ってきた。年はたぶん榊さんと同じ位で、一見強面だが荷物を運ぶのを手伝うと柿ピーをくれた。

 風呂でも一緒になったのだが、大沢さんは脱いだらすごい体をしていた。運動選手かと思ったが「違うよ」と一言。もしかして暴力を振るうのが仕事なのだろうか。背中に絵は描いていなかったが、そうだったら怖くて口を利けなくなるので聞くの

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十九歳で通風になる

 八月七日(日)砂原

 朝目がさめると左の肘がじんじんと痛かった。まるで自分がブリキのおもちゃになり、関節が錆びて嫌な音を立てているようだった。寝違えたのかなと思ったが角度を変えても痛い。

 朝食を食べ、歯を磨こうと洗面所へ向かう途中、今度は両膝に違和感を覚えた。歩こうと足を前に出すたびに膝が軋む。そこで初めて、もしかしたらこれは痛風ではないかと思った。

 結核の薬の副作用により、尿酸値が上

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人の病気を笑うな

 八月十一日(木)砂原

 痛風が治らず一日中ベッドの上で大人しく横になる生活が続く。これでは本当に病人みたいだ。大沢さんに「何で元気ないの」と聞かれたので素直に「痛風です」と答えると大笑いされた。

君がいないとさみしい

 八月十五日(月)砂原

 夕食後に屋上へ行き、ギターを抱えた野田君と夜中十二時頃まで語らうのが日課になっていたのだが、なぜか昨日は野田君の姿が見えなかった。
 痛風が治ったこと、そして片想いしていたゼミの女が男と別れたらしいことを話したかったのだが、一時間待っても彼は現れなかった。病室を覗いても不在だったので、仕方なく十一時までテレビを見て寝た。

友達の暗い過去を知る

 八月十九日(金)砂原

 野田君が全く屋上に姿を見せなくなった。不思議に思い昼間病室を訪ねてみると、具合が悪い訳ではなさそうだった。しかし僕が何を言っても「ちょっとね」と言ったきり、夢遊病者のような目でテレビを眺めている。事情を聞こうと屋上に連れ出し、野田君を問い正した。

 いつものベンチに座ってもしばらく心ここにあらず、という感じでぼんやりしていた野田君は、やがて決意したように一度大きく息を

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友達の復讐に付き添う

 八月二十三日(火)砂原

 昼食後の薬を飲み、Tシャツとジーンズに着替えると野田君のベッドへ向かった。本来なら服用後二時間は安静にしていなければいけないが、昼寝している間に彼がひとりで出かけてしまったらまずいと思った。 

 向かいの二一一号室へ入り、カーテンの上から覗くと、野田君はヘッドフォンをして雑誌を読んでいた。「砂原だけど」と顔を出すと、野田君は露骨に嫌な顔をした。

 「今日、ライブの

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復讐が未遂に終わる

 八月二十七日(土)砂原

 久しぶりに雨が降ったので、屋上のベンチではなく、マンガ室の汚い椅子に野田君と並んで座った。入院初日も、確か雨が降っていた。

 野田君の復讐は未遂に終わった。大沢さんが現れてくれた時は本当に助かったと思った。帰りのバスの中で、野田君はかすかに笑っていた。新井という男か、それとも自分か、何かを許しているような、そんな風に見えた。

 夕食後に病院を抜け出したのがばれたせ

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美しい日々

 八月三十一日(水) 砂原

 夕食を食べながら、窓の外の景色を眺めていた。夕焼けでオレンジに染まった芝生の上を、ボールをくわえた白い犬が、飼い主めがけて走っていく。

 そろそろ僕も、ここを退院する頃だろうか。数日前ふらりと現れた榊さんを見て、外の世界にいることへの嫉妬と羨望を覚えた。しかし同時に、外の世界へ戻ることは、今の生活が終ることだと気づき、寂しく思った。入院当初はあれだけ疎ましく思って

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