復讐が未遂に終わる

 八月二十七日(土)砂原

 久しぶりに雨が降ったので、屋上のベンチではなく、マンガ室の汚い椅子に野田君と並んで座った。入院初日も、確か雨が降っていた。

 野田君の復讐は未遂に終わった。大沢さんが現れてくれた時は本当に助かったと思った。帰りのバスの中で、野田君はかすかに笑っていた。新井という男か、それとも自分か、何かを許しているような、そんな風に見えた。

 夕食後に病院を抜け出したのがばれたせいで、僕と野田君は病院に保護者を呼び出された。もう二十歳になるんだからいちいち親を呼ばなくてもと思ったが、悪いことをしたには違いなかったし、「親を呼ぶ」と言われてごねてもみっともないと思ったので、黙って怒られた。

 夕食後に雨が上がり、久しぶりに屋上へ上がると、野田君がギターを持って座っていた。僕は濡れたベンチを新聞で拭き、隣に腰を下ろすと空を見上げた。

 「もしギターで殴っていたら、折れてたよな」

 野田君がいとおしそうにギターを抱え、そうつぶやいた。

 「折れてたね」

 やらなくてよかったね、と言おうとすると、「やらなくてよかったよ。高いんだ、これ」と野田君が言った。その通りだ、と僕も思った。

 「あの新井って人に何て言うつもりだったの」

 気になっていたことだったのに、バスの中で聞くのを忘れていた。今なら聞いてもいい気がした。

 「最低だな、お前のバンド。って」

 それ以外に何を言うんだ、という顔で野田君が言った。

 「耳栓してたじゃん」

 「聞かなくてもわかるよ、下手だったよ」

 雲に隠れたり、また出てきたりする月を見ながら、僕は自分の中に飼っている凶暴な何かのことを思った。きっと誰もが心に抱えて生きていて、いつか顔を出すのではと恐れているもの。でも、野田君がつま弾くギターの音を聞いていれば、彼や、僕や、新井という男の中に棲む凶暴な何かも、すぐに飼い慣らされてしまうんじゃないかという気がした。

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