自分と向き合うことの怖さ

東京のIT企業を辞めてから東伊豆の稲取というところに引越し、心地いいコミュニティで生活をするようになって変化した自分の内面について自己内省しようと思う

僕は大学院まで情報系を専攻し、東京のIT企業にインフラ系のエンジニアとして2年弱勤めて、適応障害となり、病気休暇という形で12月中旬から4月末まで給料をフルでもらいながらフラフラしている

正直この記事を書くのはとても怖い
自分の弱さを全部曝け出すことになるし、僕の現状を見てズルいとか、もっとしっかりした方がいいと思う人が世間の99%を占めるだろう

でも今の僕の周りには、こんな僕を受け入れてくれて、いいねって言ってくれる人ばかりで、甘やかされた環境にいるから、懺悔の気持ちも込めて吐き出してみようと思う

まず、なんで適用障害になったかだが、原因は3つあると思っている
①意味のない仕事が存在し、それに取り組む期間が続いた
②家からほとんど出ず、体を動かしていなかった
③友達と遊ぶ頻度が激減していた

①について詳しくは書かないが、僕も上司も何の意味があるのか分からないと思っている新人教育用の作業だが、人事からやれと言われているのでやらないといけないというレポートがあった
基本的にそのレポートは本業での業務改善したことについて記述するのだが、僕の本業はそのレポートにはあまりふさわしくない内容だったらしく、体裁を整えるためにレポート用のよく分からない作業をして、それについて書くという、意味のわからない状態になっており、仕事のモチベが急転直下していた

②についてはそのままで運動、特に筋トレはセロトニンという幸福感を感じるホルモンが出るらしく、ストレス発散にとても効果があるらしいが、全くしていなかったので、良くなかったと思う
腹筋ローラーを買ったけど初日に3回やって、翌日筋肉痛になりやらなくなったので、これも良くなかったと思う

③については、平日の夜にみんなでゲームをするグループがあったのだが、何故かゲーム自体が面倒になり、永遠とYouTubeを見るという生産性のかけらもない時間を過ごしていた
今思えばこの時点で心はちょっと変な状態になっていたのかもしれない
一時期ネットワークビジネスをしていたこともあり、その影響で若いうちに将来につながる勉強をしないといけないという気持ちもあり、ゲームから遠ざかっていたのかも
でもYouTube見てるだけだから結局何もしていなかったが笑

そんなこんなで、ストレスが溜まる環境と発散出来ていない環境が揃って、無気力状態になっていった
そのぐらいの時に仲のいい友達がパワハラ上司により、適応障害と軽度の鬱病を発症したので、大変だったねーと話を聞いていると、仕事の連絡が来たらビクッとなるとか、プライベートでも仕事のことがチラつき休んだ気にならないなど、自分にも似てる症状があることが分かり、友達の勧めで診断を受けたら適応障害だった
ここまでが適応障害になった理由である
ただ、自分の感覚としてはこれで適応障害ならサラリーマンの8割は適応障害なのでは?と思う
今でもみんなはしんどくても頑張っているのに、自分だけ休んで申し訳ないなぁと思っている

上の方で懺悔だと書いたが、それは何故かというと無気力状態になった僕は、フルリモートテレワークであることをいいことに、無茶苦茶仕事をサボっていたからである
マジで一日何もしない日も週一ペースであり、何かした日も一日実働3〜4時間だった
そんな状態で世間から見るとそこそこ良い給料を貰っていたことが僕の罪である
そして恐ろしいことにここからも悪行は続く

12月中旬くらいに適応障害診断をもらった僕は、会社に報告し病気休暇という形で給料をフルでもらいながら再び働ける状態になるまで休めることになった
そこで僕は同じく適応障害になった友達の家に入り浸り、一緒にゲーム実況をしたり、ゲームしたり、YouTubeを見たりして半月ほど過ごした

そして年末は家に帰り、お正月を堪能した
年明けからは今住んでいる東伊豆町の稲取というところに1週間くらい滞在させてもらった
友達が3人でシェアハウスに住んでいて、屋根裏が空いていたので屋根裏で過ごさせてもらった
住ませてもらっている分際で失礼だが、屋根裏が死ぬほど寒く、動く気になれず1日布団にくるまり、風邪をひいて、治った瞬間に帰るという謎の1週間を過ごし、シェアハウスの住人には屋根裏から降りてこず、本当に住んでいるのか分からないので妖精と呼ばれていた

1月中旬に東京に戻り、2月末まで適応障害友達とダラダラゲームする日々が続いた
そこらへんで東京の家の契約更新の案内が来て、東京の家賃が高すぎるので生活コストを下げたいと前から思っていた僕は、行くあてもないがとりあえず更新はしないことに決めた

とりあえず家が無くなることになったので、元々興味のあった稲取への移住を行うことにした
稲取では3人でシェアハウスをする予定になっており(現在は2人で住んでいる)、そこに荷物を送って東京の家は退去した
退去してから転出届とかの手続きを始めたので、適応障害友達の家にめっちゃ泊まることになって申し訳なかった
稲取の家も自分の荷物を大量に送りつけて、自分は2週間くらい行かないという暴挙も申し訳なかった

そして、3月頭に稲取に引っ越してきた
ここから僕の日常はガラッと変わる
稲取の生活について書く前に、なぜこんなに遊び回っている僕が病気休暇のままでいるかというと、1月末には病気は完治し、働ける状態であると診断が出ていた
それを会社に報告したのだが、保健師面談で今の状態で復職して再度病気になると、僕の経歴的にまずいことになる&転職とかを考えている場合はそっちも検討したほうがいいので、復職する意思が固まったら復職しましょうという話になっており、僕が4月末で退職すると決意するまでダラダラと引き伸ばしていたからである
これが僕が会社に対して行った悪行であり、懺悔したいことである
やはり何度考えても4ヶ月半もの間、1秒も働いていない社員のために給料をフルで出すという制度は狂っていると思う、使わせて頂いておいて何様だが…

東京でひたすらダラダラ過ごし、夜中に稲取に到着した僕は翌朝に「おばあちゃんち」という500円でおかわり自由の家庭料理を提供するという滅茶苦茶な価格設定のご飯屋さんに行くことにした
そこでオーナーの女性と世間話をしている中で、お店が忙しすぎて美容院にも行けないという話を聞いた
僕はやる事が何もなく暇なので、手伝いますよと伝えると、じゃあ今日の11時から手伝ってもらえるかしら、と言われた
…ん?
今日の11時は今から3時間後だぞ…?
事態をよく理解していなかったが、とりあえず大丈夫ですと伝えるとルーズリーフを出されて
名前と住所、電話番号を書くように言われた
俗に言う契約書である
契約って紙とペンがあれば出来るんだなと勉強になった
無事(?)契約を交わした僕は3時間後にはキッチンに立っていた
そして、業務終了後、明日は何時に来ますか?と言われた
…?……あー、何時でも大丈夫です
僕はそこから1ヶ月半ほぼ毎日「おばあちゃんち」で働いた

その1ヶ月半で色んな楽しいことがあった
町のおじいちゃんがもっている竹林の整備、タケノコ堀り、サンドスキー、デイキャンプ、お花見…
思い出しきれないほどたくさんの楽しい思い出を作ることができた
毎日が充実していて、幸せだなぁと感じる瞬間が幾度もあった

それと同時に将来に対する不安もずっとあった
これからの世界でITは30年は無くならないだろうという打算で選んだITの道、でもパソコンに向かい続ける日々やIT技術の習得を日々行わないといけない圧迫感にしんどくなり一度離れた
今からITの道に戻るのか、戻るとして転職するのか、それともフリーランスの道を探すのか、はたまた全く違う業種で働くのか、給料が下がることは大丈夫なのか?いつか結婚しようとした時に後悔しないか?
正直今でもこの不安はある、それも割と大きく
でも、素敵な仲間に囲まれることでやってみないと見えない景色を見たくなってしまった

一昨日僕は「伊豆大工市場」という木工家具がたくさん売られているお店にお邪魔させてもらった
そこでは、材料に木だけを使った商品の他に、ガラスやヒモ、レジンなど様々なものを組み合わせて作られた家具や小物がたくさんあった
自然が数十年、数百年かけて形作ったデコボコの木とそれらに合うように作られた違う素材のアイテム
組み合わせることで人工物なのに何故か自然で、惹かれる商品がたくさんあった

店の外に出ると家具職人募集の看板があった
やりたいと思った、直感で

理性でもやりたいと思える理由があった
何週間か前に読んだ本で、SDGsについて書いた本があった
そこには日本の食料自給率が低い事が問題であると書かれていた
そして、自給率が高い国として、アメリカ、オーストラリア、フランス、ドイツなどが挙げられていた
アメリカやオーストラリアは広大な大地を生かし、規模の経済で大量生産によるコスト削減が強みなんだろうと思ったが、何故フランスやドイツといった日本とそんなに国土面積が変わらない国と差が出ているのか気になり、調べると日本に比べて、フランスやドイツ(というかヨーロッパ)は山地が少なく、平地が多いということだった
日本は山地が多く畑に出来る土地が少ないらしい

じゃあ逆に日本は林業に強みがあるんだなと思って調べたら、こっちも自給率が低かった
あーやっぱり外国産の方が安いから、国産の木材は使われないのかなと思って調べると、外国産よりも国産の木材の方が安いらしい
じゃあなんで自給率が低いのか理由を調べると、外国産の木材は流通ルートが整っているため、問屋に注文したらミリ単位で加工された木材が短期間で届けられるのに対し、国産の木材は流通ルートが整っていないため、木材自体の値段は安いが輸送費や諸々の経費を合わせると外国産の方が安くなってしまうからとのことだった

めちゃくちゃ勿体無いなと思った
国内での自給率の向上は世界が不安定になった時に支えになると思うし、なにより自分の国の商品を使えることは理屈抜きで誇らしいと思う
自分もこういうところに関わっていきたいと思った

自分が木を使って商品を作れるようになれば、仕入れ元を選択する事ができる
その時に日本の林業が元気になるような仕組みで仕入れを行えるようにすれば、みんなハッピーではないだろうか
今は掛け合わせの時代だから、木だけを使うのではなく、木と違う素材を組み合わせたらもっと楽しくて、新しくて、美しくて、ワクワクする商品が作れそう!と根拠もなく思っている笑
自分がIT出身というのも、林業や職人の世界と関わる事で活きてくる場面もあるんじゃないかなと妄想したりもして

ということで、今は家具職人への道を考え中です
(すぐに就職したらゴールデンウィークが潰れそうだから、それまではのんびりしようというクズっぷりも発揮しつつ)
もしかしたら来週には違うことをやりたくなっているかもしれないけど、それはそれで自分の人生だよね

長くなったけど、最後にこの記事を書くきっかけになったダンスと花を愛するオシャレ番長な友達の言葉について書こうと思う
今僕たちがやっている取り組みの一つに、カードを引いてそこに書いてある問いに対して自分の気持ちを発表し合うというのがある
そこである週の問いが
「あなたの中にある宝は何ですか?」
という問いだった

僕は仲間との絆かなぁ、でも絆って自分だけのものじゃないしなぁと考えがまとまらず、悶々として終わったが、オシャレ番長は
「自分の中にある弱さ」が宝かなぁ
と言った
びっくり仰天、何だその発想は
友達いわく、何が自分らしさを形成しているかと考えた時に、自分の得意なことや好きな事はもちろん自分の一部だが、自分のどうしようもない部分や弱みが最も自分らしさを形成している気がする。とのことだった
確かに…。唸った。
まず自分らしさを形成しているものが宝という感覚がカッコいいなと思った、そして自分の弱みという目を背けたくなることと正面から向き合っている強さを感じた

だから自分も自分の弱さと向き合い、言語化しようと思った
ここまで読んでもらって分かる通り、僕はダラダラ過ごしがちなグータラ人間です
今まで周りの人たちに助けられて、なんとか社会のそれっぽいレールから脱落せずにギリギリのところを歩いてきたけれど(走ってはない)、今回の病気ずる休みでレールから落ちて、しがみついているような状態になったと思った
どう考えても今の状態はヤバいし、頭では早くレールに戻った方がいいんだろうなと思っていた

でも、稲取にいる人たちは今の僕をいいじゃん、何でも出来るチャンスじゃんと言ってくれる
みんなそれぞれやりたい事があって、仕事も頑張っていて、プライベートも充実してるのに、それを鼻にかけず、こうあるべき、こうであった方がいいという考え方は一切せず、その人の感覚や気持ちを最優先に考えて、適度な距離感でとても優しく接してくれる

今までそういうのはどちらかというと馴れ合いに入るのかなと思っていた
あなたを大切に思うからこそ厳しくいうのですよというのが本当の優しさだと教えられてきたし、実際そういう場面もあるとは思う
でも、実際にコミュニティに入ってみると、全然馴れ合いなんかではなく、お互いを認め合い、高め合える、心理的安全性の高い空間である事がわかった
人によるというのは大前提だが、僕みたいな人間にとっては、こんな環境でこそ人はチャレンジする事ができるし、幸福度も高いのだと思う

ちょっと怖いのは今が楽しすぎて、自分がみんなに依存しているんじゃないかなって思うところ
ずっとみんなと一緒に過ごしたいけど、それぞれやりたいことに向かってお別れの時が来るのかなと思うと少し怖い
ずっとみんなと一緒にご飯を食べたいし、遊びに行きたいし、コーヒー飲みたいし、卓球したい…
でも、別れが人生って言葉もあるように、それが人を成長させるんだろうな…

卒業式の時に泣いてる人を冷めた目で見ながら、いや、卒業しても連絡したらすぐ会えるやん、泣くほどのことか?
って思ってた昔の自分から見たらだいぶ変わったな…
大学の研究室の卒業でもみんなと遊べなくなるの悲しかったけど、なんとかなったし大丈夫か

長い文章になってしまったけど、ここまで読んでくれてありがとうございます
稲取には素敵で優しくて面白くて強くてそして人間味のある人たちがたくさんいるので、もし人生に迷ったり、ちょっと立ち止まってみたいとか、休憩したいなと思ったら是非訪ねてみて下さい
暇なので良いところを案内します

それではまた次回、さようなら

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