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詐欺にあった日

詐欺にあったことがある。

忘れもしない20歳の夏。貧乏芸大生の頃。
仕送りだけではとても足りず、昼夜掛け持ちでバイトをしていた。

その日もバイト先のゲームセンターへ向かうために、私は天王寺駅に隣接する商業施設に向かっていた。

「あの!!すみませんん!!」

突然スーツを来た若いお兄さんに呼び止められた。年の頃は25、6歳といったところか。
茶髪でイケメン。ホストっぽい。

「今日中にお金を都合しないといけないんですが」
「電信の仕方を間違えてしまって...」
「お金が届くのが明後日になってしまって...」
「非常に困ってるんです...」
「明後日にはお金は入ります。そうしたらお返ししますから!」
必死な形相で捲し立てる。

「ええ?僕、、お金なんてないですよ」
もちろん断る。めっちゃ怪しい。
いきなり声をかけられてお金を貸せるわけなんてない。

「でも...でも...今日中にお金がないと....」
「この子が、この子が...」
そう言ったお兄さんの目線の先には...

なんと生後3ヶ月ほどの赤ちゃんを抱えた若い女の人。

(あ...これは...何か事情があるパターンや...)
(彼女を連れての逃避行か?親から逃げてるのか?)
(駆け落ちか?その資金の送金をミス?)
(赤ちゃん抱えて...困ってるに違いない)
この間、0.3秒。

勝手にストーリーを作り上げた。
悲劇のカップルの登場に非日常が始まる予感がしたのだ。
ドキドキしてしまった。
「私が助けねば!」
そう思ってしまったのだ。

「とりあえず、今からバイトなんで...」
「遅刻しちゃいます。あそこの6Fのフロアのゲームセンターです」
「どうしても他にあてがなかったら尋ねて来てください」
そう言って私はバイトにダッシュで向かった。

【アホなの?】

遅刻寸前でバイト先に駆け込む。
制服に着替え、フロアに出た。

私の担当はゲームセンターの中のメダルコーナー。先輩の福山さん(仮名)がイラっとした顔で迎える。

「おい!ギリギリやぞ。何しとんねん!」
「すみません!実はさっき駅で...かくかくしかじか」

「アホなの?」
いきなりのツッコミ。

「そんな怪しいのにお金なんて貸せるわけないだろうが!」
「でも、お金ないみたいで。赤ちゃんいるし」

「ほんまに困ってるんやったら駅で声なんてかけず警察行くやろ」
「でも、警察に行けない事情があるのかも...」

「アホなのーーー?」
語尾を伸ばすな!

「とりあえず俺は止めたからな。金貸しても返ってこんぞ、絶対!」
アホアホ何度言うんだ、このデブは!

今考えると、ことごとく先輩が正論である。
でもその時の私は、純粋な気持ちを踏みにじられた気がしたのだ。
困った人がいたから助ける、当然でしょ?
なんで、最初から悪人って決めつけるんだ?
騙すような人たちに見えない。赤ちゃんもいるし。。

「福山さん、次の休憩長めにもらっていいですか?」
「なんでやねん?」
「お金おろしに行ってきます。」

福山さんは心底呆れた顔を私に向けた。

【やってきた二人】

なけなしの2万円。
仕送りを切り詰め、ためたバイト代。
通帳に残っていた動かせる精一杯のお金だった。

(やっぱり来ないかも...来ないならそれでいい)

二人が私を頼りにしてくる。
そんな期待と。福山さんに言われた疑惑と。
二つの感情が混ざり合い、整理できない。
悶々とした気持ちでフロアを掃除していた時。

「探しましたよ!」
やっと再会できた!そんなテンション。
喜びを爆発させるようにお兄さんが駆け寄ってきた。
「お仕事中すみません。それで、、あの、、お金は?」
「僕に今用意できるのは2万で精一杯で...」
一瞬、お兄さんの顔が曇った気がした。

「はぁあ、助かります。これでなんとか...」
そう言うとお兄さんはフロアの外で赤ちゃんを抱っこして待っていた奥さんを呼び寄せた。二人で深々と頭を下げる。

「ここじゃ目立ちますから。。あっちへ」

平日はほとんど人がこない不人気のゲームコーナー。そこへ二人を誘導する。

「はい、これです」
近所の銀行でさっきおろしたばかりの2万円が入った封筒を渡す。
お兄さんはスッと中身を確かめた。
当時は借用書を書いてもらうとか。
身分証のコピーをとるとか。
そんな知識は何一つなかった。
今思えば、どうやって回収できると考えていたのだろう?

そこはむしろお兄さんの方から振ってきた。
「お金は3日後に返しに来ます。」
「せめてお金を借りる証明に。。」
「保険証です。こちらに僕の名前と住所が書いてあります」
「あとこれ、電話番号です。何かあればこちらに...」
そう言って保険証のコピーと、電話番号を書いたメモを渡された。
保健証を見ると。

春日野 一郎(仮名)
住所:愛知県某市〇〇町〇〇

うん、しっかりしてる。
これで大丈夫。
なんて思ったのだ。本当にバカである。
住所が愛知県になってるのも「逃げてきたからだ」と考えた。

「じゃ、僕たちはこれで」
「ありがとうございました」
奥さんと二人で深々と頭を下げてきた。
「バイバイね」
私は小さく赤ちゃんに手を振った。
そうして若夫婦と赤ちゃんは私の2万を握りしめ天王寺の雑踏の中に消えて行った。

(ああ、、いい事したな。)
やっぱりこれでよかったんだ。
そんな気持ちで私は意気揚々と仕事場に戻ったのだ。

【おのぞみの結末】

あとは言わずもがな。
当然3日経ってもバイト先に彼らが現れることはなかった。
自分がシフトに入っていない時に返しにくるかもしれない。
シフトの違うスタッフに私を尋ねて来た人がいないか聞いて回った。
そんなことを繰り返し、1週間がたった。

(やっぱり、、騙されたんだろうか)
なけなしの2万を失い、地の底まで沈みそうな気分でいるところに。
福山さんがツカツカとやってきて私の肩を叩いた。

「ほ・ら・な?」
うっせぇわ!殴るぞ、このデブ!!

バイトが終わると、そのまま商業施設の公衆電話に向かった。
あの保険証と電話番号のメモである。
そこに書いてある番号にかけてみることにした。

プルル...プルル...プルル...
(この番号も偽物かもしれない...)
そう思った時。

ガチャ。
「はい?もしもし?」
(繋がった!!)
若い女の人の声である。

「あの、僕!1週間前にそちらにお金を貸した、、」
「はぁ????」
ものすごいドスの聞いた声である。ビビった。
「いや、あの、覚えてないです?」
「ほら、天王寺駅で会って、そのあとゲーセンで、、」
「はああ??人違いじゃねぇか?」
「いやでも。もらった電話番号がこれで。春日野さん、、ですよね?」
「知らんわ!もうかけてくんな!」
ガチャン!
電話は一方的に切れた。

もう一度電話をかけることはしなかった。
直感的にわかった。
声の主は、あの時の若い奥さんだと。
あの赤ちゃんを抱え、しおらしく頭を下げていたあの人だと。

「ああ、、騙されたんだな」
その時、やっと実感がわいた。
私はそのまま公衆電話の下にうずくまった。

エピソード#10

【後日譚】

この話には実は後日譚がある。
この詐欺にあっておよそ半年後。

たまたまである。
バイト先の休憩室で誰かの読みかけの新聞が開いていた。
三面記事の端っこの小さな記事に目が釘漬けになった。

あれ?この男??まさか?

【赤ちゃんを連れて?寸借詐欺の男捕まる】
愛知県某市〇〇の暴力団構成員:春日野一郎。
関西一圓の駅構内で、妻の春日野◯子と共に道ゆく人に声をかける手口で寸借詐欺を繰り返す。
特徴は赤ちゃんを連れて同情を引き、金銭を騙し取る。
中には数十万円を貸した主婦など...
被害総額は〇〇万円にものぼり...

その記事には写真が載っていた。
この半年間、忘れもしないあの顔。
ホストのお兄さんだった。

(暴力団の人やったんか...こわ...)
あのあと、無理に関わらずによかったのかもしれない。
お金はもちろん戻ってこない。
勉強代だと思えば安いものだ。

天網恢々そにして漏らさず。

悪いことしたら、やっぱりお天道さんは見てるのね。
そう思ったら少し溜飲が下がった。
そして同時に。
あの時小さくバイバイしたあの赤ちゃんはどうなるんだろう?
そう考えて暗澹たる気持ちになった。

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illustration: のんち(@Nonchi_art

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