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自分の使命を見つけるなら、Don't Think , Feel.

会社員を辞めたくて独立する道を模索してきた。本気で模索する前から考えていたので、模索期間は結構長い。10年は経った。

ここ数年でようやく道筋が見えてきた(まだ大きな道ではない)。やり始めたことが周りに受け入れられることが増え、日々の判断にも迷わなくなった。頼られることも増え、頼られ方も相手から気軽さを感じるようになった。

いろいろな部分で手応えを感じているけど、そんな風になったのは、社会から求められている自分の力が何なのか分かってきたから。

社会から求められている力は、言い換えると与えられた使命。命の使い道。

使命が分かると、それに沿ったあり方で、それに沿ったことをやれば、スッと流れる。流れ方はさまざまだけど、「あ、流れたな」と感じるくらい流れる。(もっとドバッと流れてくれて良いのだけど、そうはいかないらしい笑)

これまで企画したり、発信したり、あーだこーだしてきたけど、空振りだった。

企画や発信の起点は、自分のやりたいこと、得意なことにしていた。普通はそれでいいのだけど、私の場合は考えが先行していた。

コーチングが得意で資格も持っていて、家事・子育てに熱があるし、子育てが変われば社会が変わるという持論があった。だから、これらを組み合わせてやれば、きっと上手くいくと思っていた。

だって、やりたいこと、やれること、意味のあること、新しいこと、それらすべてが含まれているから。

でも、上手くいかなかった。一緒にやろうとしていたパートナーと方向性の違いが明らかになって、道半ばで空中分解した。

今の使命の見出し方と何が違ったのか。

それは、考えた結果導き出したのではなく、感じた結果見出された、ということ。

頭がいいことが優れていると思ってきたから、何事も考えるべきものだと思っていた。ロジックが通っているかが重要だった。

だから、自分の使命も考えて、自分でこれだろうと思っていた。

そんな使命の見出し方だったから、自分の中には常に「正しさ」があった。自分の考えは正しいし、正しいことを言うべきで、間違いは正さないといけない、と。

たぶん、その正しさが周りを苦しくさせていた。大人なので分かりやすくマウントを取ったりはしないけど、あり方にそれが漏れ出していたと思う。

「自分を生きる」ことをテーマにしたプログラムで、同期から沢山フィードバックを受ける中で、自分の表現が通らない、流れないことで気がついた。

そこから集中的な模索期間が1年ほど続いて、ようやく少しずつ本当の使命が分かってきた。

自分の中の色んなリソースに繋がって行動してみて、その結果を見てみる。見てみるというのは、自分の内側の感覚と、周囲の反応の両方を感じてみるということ。

感謝に繋がってから動いてみたり、好奇心に繋がってから動いてみたり、思いつきにしたがってみたり、怒りにも繋がってみた。もう色々。

やってみて違和感を感じたり、相手の反応が薄く感じたら、それがわずかなことでも、やめたり、変えたりした。

それを続けていたら、通るものが少しずつ見えてきた。

今は、企業で働く大人に、働く楽しさを再発見してもらうことを使命にしている。

まだまだ変わる気もするけど、たぶん大きくは変わらない。そんな風に感じる。

ここまで探求してきて思うのは、考えることと、感じることはきっちり使い分けないといけないということ。

使命を定めようとした時、考えることは恐れや不安を起点にするけど、感じることは願いや期待を起点にするから。

恐れや不安は人を遠ざけるけど、願いや期待は人を惹きつける。

仕事の使命を定めるなら、後者しかない。


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