濁った緑色の窓から。

コロナ禍の日本で、
私は23歳のサラリーマンをしている。

緊急事態宣言の際も、都内の中心地にあるオフィスへ向かい、20時まで働いていなければならなかった平社員だ。

そんな私が楽しみなのが、環状線に乗り通勤する際に見える東京の景色だ。
それも濁った緑色の窓から見える東京。

私は熊本県から上京し、今年で2年目の社会人となる。子供の頃からTVや雑誌で見ていた東京は、まさに、電車の窓から見える景色そのものだった。

駅を出てから見上げる街並みは、灰色の物々しいビルに囲まれた本当の東京の姿だ。
私はそのビル群を抜けた先の小さなビルに向かう。
そこで、定時まで働き、帰る。
ただそれだけの毎日だ。

帰りの電車も嫌いではなかったが、明るく光った繁華街と、暗い部分に写る自分が遠くかけ離れていることを自覚させられる様で少し嫌な気分だった。
緊急事態宣言が落ち着き、電車の利用客が増え始めたころ、私は満員電車に乗るのが嫌で最終便に近い時間帯になるようオフィスを出た。

改札前には、色々な人がいる。
誰かを待つ人や電話をする人、酔い潰れたサラリーマンや、これから飲みに行く大学生たち。
そんな人々をくぐり抜けて改札を抜ければ、意外と静かなホームにたどり着く。

今日は少し朝が早かったからと、眠気を消す為に自販機で珈琲を買い電車を待っていた。
横を見ると二つほど離れた車両の前で待つ女子高生が居た。
何故だか、目が離さなかった。
少しミステリアスな瞳をした、ただ電車を待つ彼女から目が離せないのであった。
僕の右側から電車の音がした。
彼女は、少し髪をなびかせながら、音の鳴る方をチラッと見た。
私は思わず彼女と目が合ってしまった。
しかし彼女は気にする素振りもなく、また何処かを見ているように目線を逸らした。
電車の扉が開き、私は乗り込んだ。
一つ挟んだ先の車両に、さっきの彼女は乗っているのだろう。
そう思うと、何故か胸がザワついた。
電車が動き始めて顔を上げた時、そこにまだ彼女は立っていた。
濁った緑色の窓の外に、蛍光灯で柔らかく光が当てられた彼女がいた。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに電車は過ぎ去り私は帰路に着いた。

その日の晩は、何故だか眠れなかった。
ただ一つ言えるのは私は23歳にもなって、初めて見かけた女子高生に恋をしたわけではなかった。
今まで経験した、どの恋にも当たらなかったからだ。
社会人になり、物事を客観視するようになって私は大人になったつもりであったが、私はまだ自分のことは客観視できないのだと再認識した。

次の日の仕事は早く終わり、満員電車に乗り合わせず帰れる時間帯だった。
だが、今日は少しだけ飲みたい気分だと思い、駅前の裏手にある横丁でいくつかのツマミと酒を頼んだ。
気持ちが良くなってきたと、上機嫌に時計を見ると酔いが覚めたように会計を済ませ、改札を走り抜けた。
電光掲示板の時刻の部分に赤く最終と書かれている。
私は、次飲む時はおかわりを三杯までにしようと誓った。
電車の音が聞こえ、本当にまだ最終便があったと安心して顔を上げた先に昨日の女子高生が立っていた。
昨日とほとんど変わらない格好だ。
ただ一つ違うのは、私が左側に居て、彼女が右側にいることだった。
つまり彼女と僕が目を合うことはなかった。
扉が開き、電車に入っていく彼女を見て、何故だか安心した。
だが、昨日は何故乗らなかったのだろうか。
そんな事を考えている時、目の前の扉が閉まった。
ゆっくりと動き出す電車に思わず、あっと声を出してしまった。
目の前に一両二両と車両が過ぎ去った時、私は確かに彼女と目が合った。
濁った緑色の窓の中に、何故か目の離せない彼女が私を見ていた。
私はかなり阿保面をしていたことだろう。
そんな私を気遣うように電車は私の前を横切り終えた。
繁華街が自粛を続けていたこともあり、タクシーに乗る機会が減っていた。
2ヶ月ぶりのタクシー乗り場で車を拾い、住所を告げた。
感染防止につけられた透明なアクリルの先にあるルームミラーから私を何度か見ている運転手。
私は、思わず窓を開けて繁華街を見つめた。
自粛明けということもあり、大勢の人々が行き交っている。
私は、眠気で落ちそうになってしまう中で、懲りずに明日も四杯まで行こうと誓った。


2020.6.21 陽

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