製造業はゲーム業界からITを学べ

DX(デジタルトランスフォーメーション)とは何かを考えさせられた体験から今日のお話しを始めます。パナソニックで働いていた時、自社の家電製品を買うのが一つの楽しみでもありました。ボーナスが近づくと、「次は何を買おうか」とワクワクしたものでした。そこで買ったものを列挙しますと、テレビ、ビデオデッキ、DVDレコーダー、ホームオーディオ、携帯音楽プレーヤー、ムービー、カメラ、電子手帳、電子書籍リーダー、ICレコーダー、目覚まし時計などなど。これらの大半の製品が、今やスマートフォンの上で動くソフトウェアになり、クラウド上のシステムと組み合わされたサービスとして手のひらに収まっています。私の今目の前にあるのは、製品というモノではなく、スマートフォン上のアイコンです。

多くの名門オーディオメーカーも消えて無くなりましたが、こういう事象を含めて、デジタル化によって一つの大きな産業が消滅するような時代に我々は生きています。別の記事で私は製造業で働く楽しさを書きましたが、製造業で働く仲間に警鐘を鳴らしたいのは、製造業という狭い世界の中に閉じこもっていると、会社どころか産業自体が無くなるかもしれない、ということです。どうしても製造業は、業界内で何番目か、という発想から抜けません。家電業界のトップを目指す、自動車業界で何番目の位置を目指す、といった発想です。ソフトウェアがすべてを飲み込む時代に私たちは生きている、という認識が必要です。業界の外から越境してライバルは現れて来るのです。

製造業は複雑で楽しいと書きましたが、だからといって製造業の村の住民として製造業の中だけを眺めていてはいけません。私自身が最も注目しているのはゲーム業界の動向です。ゲーム業界は商品サイクルが短く、最新のテクノロジーを積極的かつ貪欲に採用しています。ゲームそのものがどのようなITプラットフォームやサービスを採用しているかに注目しています。幸いなことに日本のゲーム業界は世界でも通用する高い競争力を持っています。ですから事例についても身近に触れられる機会が多く、しかもありがたいことに日本語で語られる機会が多い。英文を読み解くよりも簡単に学ぶことが出来ます。

また、製造業の情シス責任者クラスはゲーム業界をもっと研究し、リスペクトした方が良い。「ゲーム?しょせん子供やオタクの遊びでしょ?」というような見方をするおっさんが多いのは残念なことです。オンラインゲームにシステム障害が起こる、それはその瞬間に売上と利益が吹っ飛ぶということです。システムが止まるとその瞬間に事業が停止する厳しい世界です。一方で製造業の基幹システムが停止したとしても、工場には材料在庫があるので生産は継続できます。多くの製造業では、基幹システムが数時間停止しても売上と利益に甚大な被害が起こらない場合が多いのです。(数時間で問題が起こる製造業は、サプライチェーンが高度に自動化された優秀な企業です。)製造業で働くSEは「ミッションクリティカルな基幹システム」と自画自賛しますが、その要求されるレベルは、ゲーム業界の方が数段高いように思います。ゲーム業界の需要予測は難しさを極めます。突然大反響が沸き起こり、一斉にダウンロード要求やアクセス要求が発生するかもしれません。臨機応変に柔軟に伸縮できる仕組みが必要になります。B2Cビジネスで課金プロセスもあり、個人情報も扱いますので、セキュリティ面でもしっかりとした対応が求められます。ゲームユーザーでシステムオペレーションマニュアルを事前に読むような人はいません。直感的に触って、期待通りにシステムが振舞うような使いやすいユーザーインターフェースが求められます。私自身、ゲーム業界の方が登壇されるコミュニティイベントには、出来るだけ参加するようにしています。そこで語られるシステムの実装方法が、エンタープライズITをデザインする上でも参考になったり、そのまま転用できるアイデアやヒントとの出会いもあります。

もう一つの面白い動向として、ネット事業を生業とする新興企業が流通業に参入し、商品在庫や、販売店舗まで持つようなケースも増えて来ました。IoT(インターネットオブシングス)の進展によって、ネット事業の人たちが自社で基板設計して、製品づくりにチャレンジするケースも増えてきました。コンビニエンスストアや小口配送で培った流通業のノウハウや、自動車や電機を中心に日本の製造業で培ったノウハウが、ネット事業においても役に立つのです。ネット事業、流通業、製造業という境界を越えて、人材やノウハウが流動化することで、産業全体の活性化や強靭化に繋がるはずです。私は製造業で働いておりますが、共に働いていた仲間が、流通業やネット事業に越境して活躍する状況を大変喜ばしく思っています。会社や業界の境界線の中に閉じこもっている方は、是非その境界を越えてみてください。またその越える方法としては、クラウド関連のITコミュニティに参加することを強くお勧めします。コミュニティに軸足を置き、会社や業界をピボットするような働き方が今後広まる事にも期待しています。

何でもそうですが、ゲームは自分には関係ない、〇〇は自分には関係ない、と思う心がイノベイションを阻害するのです。世の中の全てのモノも生き物も人も企業も相互に関係を持ちながら繋がっているのです。


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