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「封印」 第十二章 証言


 庁舎に、二人のダムナグ関係者が招かれた。南耀支部長と中幻支部長。
 アンサングが南耀支部長を、イウェンが中幻支部長を別々の部屋に招いた。彼らの代表秘書が失踪している中、彼らの表情はとても暗かった。
「そんな事実はありません。疫病は我が社のワクチンで撲滅されました。実験は全て任意の志願者に、正当な報酬と公平性で対応させていただき、アフターケア、第三者機関による結果評価、そして…」
 ヒステリックな声で、アンサングの前で、南耀支部長は喋り続ける。アンサングは無線を取った。
「そっちはどうだ?」
 無線の向こうで、イウェンが答える代わりに、男の叫び声が聞こえた。
「許してください、許してください!」
 イウェンの前で、男は全身全霊の力を込めて媚びた。誰でも、イウェンの手にかかれば、最後はこうなる。特に、ダムナグの中幻支部長という最高幹部職の温室で生きてきた男には、辛すぎるのはよく分かる。 
「続けろ。今代わる」
 そう言ってアンサングは無線を南耀支部長の耳に押しつけた。
「副作用は?」
 イウェンの冷たい声。
「ありました」
 弱り切った南耀支部長の声。
「馬鹿! 話すな!」
 叫ぶ中幻支部長。その声が無線の奥に届くことは無い。
 イウェンは続ける。
「実際に効果はあったのか?」
「ありました」
「何故死者が増した?」
「薬は、効いたんです。効いたけど副作用で死んだんです」
 それを聞いて南耀支部長は目を閉じた。
 公開されなかった事実。
 イウェンの尋問は続く。ナイフを研ぐ音も聞こえる。ガスバーナーの音も。鎖の音も。
「事実を改竄したのか?」
「…はい」
 更に続く絶叫。
 アンサングは無線をしまい、中幻支部長を見下ろした。
「拷問、されたく無いだろ? 公安は容赦しない。特にあいつは。お前にも、お前の家族にも、子供にも、公平に奴は任務を実行するぞ。あっちの支部長には家族がいない。だからあいつに最初に任せた」
 うずくまる中幻支部長の太った体が震え始めた。
「あんたは、家族がいる。よく考えてくれ。頼む」
 アンサングの言葉は本心だった。彼の家族に対しての気持ちだった。この男に対する同情心は一切なかった。
「全て教えてくれ。この事を知っていた政治家、役人、軍人、公安の人間も全て」
 支部長は名前を吐き出し始めた。
 5分後、イウェンが扉を叩いた。アンサングは廊下に出た。
「全て認めた」
「こっちも」
 二人はそれぞれの支部長が吐き出した名前を照合した。政府と軍の上役ばかりだった。
「どうする? 疫病がまた来るとしたらダムナグの開発力・供給力は必要だぞ」
 アンサングの問いに、イウェンは一切声色を変えずに答える。
「任務は反乱の鎮圧だ。情報は得た。奴らの狙いは分かった。中幻と南耀から、ダムナグとデトナイツ政権の影響力を排除する事。奴らはこの疫病を利用してくる」
「するとしたら、どこに隠れる?」
 イウェンは目線を床に落とした。
「今後の動乱でこちらの目が及ばない様な所…」
「疫病を利用しつつ、南燿と中幻の人間は守りたいだろ…でもって防衛しやすい所」
「ダムナグの研究施設か…?」
「裏施設があるかもな」
 しかし二人の支部長は、これ以上何かを知っている気配は無かった。
「ここで、代表秘書、やってみるか?」
 アンサングの言葉に、イウェンは頷いた。二人の携帯が震えた。メッセージ。
“港にダムナグ社の部隊と国軍が急行中”
 アンサングは携帯を取った。
「代表秘書はどこだ?」
「ヘリで上空から視察とのことです」
「こっちに呼べ。今すぐだ。反乱軍に撃墜される可能性がある」
「ダムナグ社施設に退く可能性もあります」
「狙われてる。動きを逐一知らせてくれ」
 イウェンが別の携帯でコウプスに連絡をしていた。
「魚市からここまでのルート、及び魚市からダムナグ施設までの護送ルートを用意。着陸次第、代表秘書を確保する」
* 
 魚市での喧嘩を鎮め、エテューと相棒は一息ついた。エテューは汗をハンカチで素早く拭った。
「怪我人だらけだな」
 相棒は笑って頷いて、ペットボトルを握りつぶした。
「コンビニの店員も手首に包帯巻いてたよ」
「みんなストレスたまってのかね」
「夏だからか?」
 季節とは対照的に、曇天の下、風のない海は静かだった。それを見ながら、二人はフィッシュ&チップスを買った。相棒はそれをものすごい勢いで食べ始めた。
「どうしたんだお前」
 笑うエテュー。寝不足で、瞼は重かった。
「朝から何も食べてないんだよ」
 相棒はようやく落ち着いた。
「昨日の東威麺、今朝までとっとくべきだったな」
「また決断を誤ったな」
 笑い、袋を丸める相棒。エテューは相棒の3倍は遅く噛むように努力した。
 無線が鳴った。
「三番埠頭に軍船が衝突。無線による応答なし。エンジンは未だ稼働中」
 チップスを捨て、二人はパトカーに飛び込んだ。

 渋滞で、アンサング達は全く動けなかった。アンサングは魚市へ、イウェンはダムナグ施設へ向かったが、双方共に、街中が渋滞で、誰も動けない状態だった。
「代表秘書は、港を偵察後、ダムナグ施設に着陸した模様です」
 新人から連絡が入った。新人だけはヘリで一足先に動いていた為、動けた。
「ヘリで迎えに行けないか?」
「無理ですよ。迎撃されますよ私。護衛を五人連れて、すごい勢いで施設に飛び込んで行きました」
「返答はないのか?」
「全くありません」
「施設に何か動きは?」
「まだありません。護衛の車が準備されていますが、恐らくヘリに不具合が生じたんだと思います。そうじゃなければ飛び続けると重いので」
「迎撃されてくれないか」
「いいんですか? 南耀支部唯一の公安ヘリですよ」
「許す、突っ込め」
 アンサングは無線を取った。
「イウェン、どうだ? 近いか? 俺らもそっちに向かってる」
「車は捨てて、今施設前に到着した。向こうも徒歩で動くかもな」
「まさか、電車で逃げるのか?」
「あり得る」
「近い駅は、シマクラ駅か?」
「そうだ。迎え」
「お前はそこでダムナグを地上から監視。コウプス、シマクラ駅近場で一時確保できる場所を見つけてくれ。可能なら徒歩二分以内で。なるべく注意を引かないように」
「了解」
 アンサングは無線をしまい、車のドアを引いた。
「俺は駅に向かう。あんたはこのまま庁舎に引き返してくれ」
 頷く運転手を後に、外に出て、すぐに一歩身を引く。子供を抱え、南燿人が自転車で走り抜けていく。詰まりに詰まった車の群れ。その間を駆け抜けていく人々。怪我人も多い。
「新人、港で何かあったか?」
「いえ。警察への通報も多いみたいですけど、まだ反乱軍関係の情報は何もありません」
「みんな気をつけろよ。なんか変だ」
 アンサングは走り始めた。


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