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真珠のきらめき 新8章 忘れられない女性

(前章までのあらすじ ~ 石田はクリスマスパーティーで好みの女性に会い、夢中になる。容姿も、性格も好感が持てて、趣味も合っているような気がする。その場で会員の一人の男と話をする。好色で浮気で、少し不真面目で、相談所で女遊びのような活動をしているように見える。)
 
 5月下旬、またデータの紹介で、石田は東京の下町に出かけた。
 相手は25才で、繊維業の会社に勤めていた。父親は石田の出身県の大学を卒業し、国の省庁に勤めていたが、すでに亡くなっていた。
「父親もいないと、お見合いの話なんかもあまり来ないんです」
 それがこの会に入会した理由のひとつらしかった。生まれたのは、父親が仕事で赴任していた先の東北だった。母親は、小学校で栄養士として働いていた。兄は、父親と同じ大学を出ていた。
 女性は、背が小さくて地味な人だった。自分に自信がなさそうで、人に甘えるタイプらしかった。
「パーティーには出ます?」
 石田は、その女性の会員としての活動について尋ねた。
「あまり出ません。壁の花になりたくないですから」
 石田は最初、何を言っているのか分からなかったが、すぐに納得した。パーティーでは、しばしば、容姿の魅力的な女性が目立ってしまい、その周りに男性会員が群がる。その陰で、声をかけられない女性が壁際に立っている光景を思いだした。
 ふたりで、商店街の有名な飲食店に入り、鉄板を挟んで座り、お好み焼きをつついた。
 珍しいことだったが、女性は駅で別れ際に、今後の交際についての返答を、石田に迫った。愛想笑いもなく、余裕のない、生真面目な態度だった。石田が返事を自宅に戻ってから決めるのを、恐れているようだった。
「今、決めろと言われても」
「私は、今の方がいいんです」
「それじゃあ、見送りということで」
 石田は仕方なく返答し、気まずい思いをかみしめた。
「そうですか、わかりました」
 女性は悪びれることなく、頭を下げて、石田と別れていった。
 石田は、女性が石田に多少とも期待するところがあったのだなと、帰宅してから静かに思った。
 
 6月上旬の土曜日、またデータの紹介で、石田は都心に出かけた。30才になり、気がつくと、白髪がみらほら目立つようになった。
 明美という名の相手は、都内の有名な女子大を出て、警察に勤めて事務を執っていた。父親は高卒で、金融機関に勤めていた。彼女が生まれたのは、父親が仕事で赴任していた先の北陸だった。兄も姉も、有名な国立大学を出ていた。
 明美嬢は、24才で若かったが、職業柄か、服装も地味で、しゃれっ気がなかった。腕にあるやけどのあとが、目を引いた。笑った顔は、素朴な感じがした。はっきりと返事をして、しっかりした、真面目で、明るい性格だった。いい人だという印象はあったが、それ以上、心惹かれるものがなかった。
 あとで、石田の方から断った。
 データの紹介の場合、相手の顔を知らないままに会うため、どうしても断ることは多くなる。
 個人的に会う相手の数がふえてくると、なかなか交際相手を決められない場合、そのうちパーティーで再会し、気まずい思いをする危険性も高まってくる。
 
 翌日の日曜日、同じくデータの紹介で出かけた。その町は、石田には交通の面から見て、人と会うのに都合が良い場所だった。電話で双方の住所地の中間地点で会うことを決めた。
 いろんな女性と会うことは楽しくもあり、結婚相手を決めるのに合理的な方法だと感じられた。
 相手は印刷会社に勤めていて、幸子といった。父親は高卒で、大手の電機メーカーを退職していた。大卒の兄は、父親の退職した会社に勤めていた。
 幸子嬢は29才で、髪が長くて、中肉中背だった。明るくて、少しミーハーのところがあり、気持ちが実際の年齢より若々しかった。流行に敏感で、おしゃれで、都会的なセンスがあるところはすがすがしかった。声や話し方に可憐なところがあった。落ち着いていて、おおらかさも持ち合わせていた。
 幸子嬢は、結婚を急いでいる風に見え、石田を気に入ったようだった。
 その後、双方ともデートの申し込みも断りの連絡もしなかった。
 二週間後、幸子嬢の方から電話してきた。
「この間お会いして、そちらのお気持ちは、いかがでしたか?」
 婉曲的に石田の気持ちを聞いた。女性の方から気持ちを打診してくるのは、石田には初めてのことだった。石田は言葉を濁して、結婚のための交際は続けられないことを伝えた。電話口で幸子嬢ががっかりしたらしいことがわかった。
 石田は、自分も断られることはあるのだから仕方がないと思った。双方に悪気はなくても、振ったり振られたりの繰り返しになることもある。
 
 7月の中旬、また高級ホテルで行われたパーティーに、石田は出席した。
 豪華なシャンデリアが大きな広間を照らしだし、ドレス姿の女性がその場を飾り、未婚の高学歴の若い男女が、優雅で贅沢な時間を過ごしていた。石田は、自分が現代の紳士淑女の社交場に参加しているような気になった。
 会場には、一度パーティーで会った顔見知りの男性が来ていた。石田とその男性はどちらともなく話し始めた。パーティー会場には、結婚相手をさがす男女が談笑するためにやってくる。ところが、同性同士で仲良くなって話し込む姿がときどき見られた。
 その男性は、慣れない様子で言った。
「こんな場所は、まぶしくてだめですよ」
 男性は大手の建設会社の社員だった。
「この前の職場じゃあ、土砂の積もった建設現場を、作業服を着て歩くことが多かったんですよ。最近、東京に転勤してきたばかりで…」
 別の男性会員は、女性の会員よりも、パーティーを主催している会社の器量の良い女性スタッフに気持ちを奪われていた。
 その晩、最初に話した女性は、目が大きく、派手な顔立ちで、歯科大学の事務をしていた。二番目の女性は、東京の高級住宅街に住んでいて、性格は明るく大きな顔で、石田の自宅のそばの有名な美術館を知っていた。
 男性のような体格をした女性もいた。スマートで、細面で、人を下から見上げるような仕草の女性もいて、石田がかつて通っていた大学のそばに住んでいた。丸顔で、目が丸くて大きな、スタイルも良い女性がいた。愛想も良く、石田と同じ年だった。
 美人で高級住宅街に住んでいる女性がいて、石田は希望したが、断られた。
 色黒の、映画会社に勤めている女性もいた。デザイナーをしている美形の女性がいたが、明らかに石田より年上だった。
 その晩は、パーティーの終わったあと、後日の互いの意思の確認を待たずに、意気投合して、二人だけでデートに出かけていく男女の姿もあった。
九州に住んでいて、石田と同年齢の女性がいた。ある航空会社に勤めていた。
「飛行機で来たんですか?」
「軽い気持ちで、飛んできました」
背が小さくて、色白で、目の大きい、東京に住んでいる女性は、九州に住んでいる女性とは違う航空会社に勤めていた。
 パーティーの終わるころ、九州に住んでいる女性は、気の向いた何人かに声をかけた。
「2次会に行きましょう」
気が合った仲間で始められた二次会には、この二人の航空会社の女性と、他に二人の女性が参加した。男性会員は、石田と顔見知りになっている建設会社の男性を含めて四人だった。
 ホテルのホールから商店街の飲食店に、場所が変わった。くつろいだ雰囲気で、パーティー会場では、一対一で気取っていて話せなかった本音の話がいくつも出た。それぞれ、結婚に対する意見、悩みがあった。みなが会員として、普段、孤独に活動していることが、石田には分かった。
 散会したあと、建設会社の男性と石田は、高層ビルの間の歩道を風に吹かれて歩いた。
「なかなかうまく行きませんね」
 互いに口にした。
「僕なんか、あんまり顔がいい方でもないんで、パーティーなんかでは不利ですよ」
 建設会社の男性は不平を言った。
「でも、男は顔じゃないんじゃないですか? 女性は、顔のウエイトが高いかもしれませんけど……」
「周りがうるさいし、自分でも考えちゃうし、何とかいい人が見つかるといいと思って、マジで探しているんですよ」
「妥協も必要なんですかね?」
「妥協というより、相性というか、縁というか、そういうのもありますよね?」
 東京に住んでいる航空会社の女性は、石田を希望してきた。石田は気が合うとは感じたが、それ以上の気持ちになれず、断った。
 
 翌日、またデータの紹介で石田はデートした。せっかく東京に出かけた機会を有効に利用しようと考え、前もって会う約束をしていた。しかも、一日に二人と会うことになっていた。
 顔の見えないデータ紹介では、相手が魅力的な場合は、見送ってしまうと損をする。魅力的でない場合は、運がなかったものと考え、我慢して数時間一緒に過ごすことになる。その気持ちは、相手も同じかも知れなかった。
 石田は、相手が好みでないときも、不快感をあらわにすることはない。男性会員の中には、約束の場所で待っている相手を物陰から観察して、外見が気に入らないときは、そのまま帰ってしまう者もいるらしかった。
 午前中は、和子嬢と会った。27才で、都内の商社に勤めていた。父親は大卒で、一部上場企業に勤めていた。妹は女子大に在学中だった。
 和子嬢は、気が強くて、遠慮せずにものをいうタイプだった。目が大きくて、体はやせていた。北陸で生まれて以来、今までに10回も、父親の転勤で引っ越しているらしかった。
 しかし、石田は和子嬢に特に惹かれるところはなかった。
 前夜のパーティーでは、2時間あまりのうちに20人近い女性に会った。それが、データの紹介の場合は、一人の女性と半日も過ごすことになり、その意味では効率が悪い。一方では、相手を知るための時間を多く与えられるという利点もある。
 昼食を取る前に、ふたりは別れた。
 午後は、別の繁華街に行った。掛け持ちのデートは、気持ちが落ち着かない。雨が降っていて、駅の構内は、日曜日を楽しむ人々で混雑していた。
 京子嬢は27才で、都内の音楽教室でピアノの講師をしていた。父親は大卒で、建設会社の管理職をしていた。弟は石田の卒業した大学に在学していた。
 京子嬢は、まるで女子学生のように純粋で、真面目で、可愛らしく見えた。近頃の若い女性に見られる一般的な傾向なのか、午前中の女性と同じように、どこか自分を可愛らしく見せようとしていた。二人は2時間程度であっさり別れた。
 石田は、特に京子嬢に不満は覚えなかったが、この人には自分は合わない、この人は、自分を必要としていないと感じた。
 あとで、石田の方から二人とも断った。
 
 9月の中旬、再びパーティーに石田は出席した。
 最初の女性は、顔にそばかすが多くて、変わった髪型で背の高い女性だった。二番目の女性は、背が小さくて、細身の小学校の教員だった。イギリスに留学していたという女性もいた。背が小さくて、大阪から来ている保母の女性もいた。
 アルコールの入った石田に、距離を置いて接していた女性がいた。血液型の話が出ると、石田に言った。
「がさつ者のB型ですね」
石田には、自分が本当にがさつ者なのか、初対面の相手に遠慮しないでそう言う彼女の方ががさつ者なのか分からなかった。
 ピアノ教師の美人がいた。髪を長く前に垂らして、中央で分けていた。ブラウスにタイトスカートで、金のネックレスとブレスレットをしていた。色気があって、豊満な体型だった。北陸の女性だった。石田は彼女を希望したが、断られた。
 やせているスチュワーデスがひとりいた。美人ではなく、石田にとっては話していて素っ気ない感じの人だった。都内の高級住宅街に住み、美人女優のひとりに顔が似ている女性がいた。石田は彼女を希望したが、予想通り断られた。
 いつかのパーティーで、石田が希望して断られた美人も来ていた。盛んに石田の視線を避けていた。相変わらず目が大きくて、色白で、おしゃれだった。話している相手は、背が小さかったり、太っていたり、風采の上がらない男性が多いように思えた。石田の方では、断られたことをあまり気にしておらず、気まずさも感じていなかった。断った方も断られた方も、依然として相手が見つからず、再びパーティーに出ていることが滑稽だった。
 福岡に住んでいる、航空会社に勤める女性とも再会した。この前のパーティーで、二次会に一緒に行った女性だった。双方とも交際の希望は出しておらず、笑顔で話し合うことができた。その女性はデータによる紹介や、経歴書の紹介は利用せず、もっぱらパーティーだけで活動しているらしかった。
 石田と境遇の似ている女性もいた。その女性は、卒業した大学も住んでいる県も、石田と同じだった。
 フリータイムになると、男性は好みの女性と話をしようと、会場を物色しながら歩き回る。石田も女性たちに視線を泳がせていると、二人の女性が言った。
「一緒に話をしましょう」
一対一の方が結婚相手を探すのに適当な感じがしたが、少しの間、二人の相手をした。石田は軽い気持ちで尋ねた。
「いい男はいましたか?」
 すると、彼女たちは、ときどきパーティーで見かける、有名な化粧品メーカーの男性の話題を出した。パーティーの常連で、ハンサムな男性らしかった。会員たちの心には、ひとりの相手を見つけて、結婚を真剣に考えたい気持ちと、より良い相手をさがして、異性を品定めして楽しむ気持ちが同居しているようだった。
 髪型も顔つきもファッションも魅力的な女性を石田は見つけた。その女性が他の女性と話しているところに、石田は割って入った。
「3人で話しましょう」
その女性はそう言ったあと、もう一人の女性に石田とふたりで話すように促した。石田は当てがはずれて拍子抜けがしたが、仕方なく本来の希望とは違う相手と話を続けた。
 すると、その魅力的な彼女が一人きりになったところに、ふたりの男性が近寄ってきた。彼らは、その女性を遠巻きに狙っていたらしかった。二人は、互いに話す順番を譲り合った。石田は気分を悪くし、美人を漁る男たちの浅ましさに不快感を催した。
 今回のパーティーは、美人が多いように感じられた。パーティーは、相手に接する時間は短いが、データの紹介で、がっかりするような女性と会うより、最初から確実に、相手を確認できるところが良かった。
 帰りがけにひとりの男性に、駅までの帰り道で話しかけた。
「どうですか? うまく行ってますか?」
「いや、なかなか……。実は、もうひとつ、結婚相手を紹介する会社に登録しているんですよ」
「えっ、掛け持ちですか?」
 男性は、照れ笑いをした。
「もう、そうですね、会ったのは200人以上ですかね……」
「ほう」
「これから引き続き、そっちの方の主催するパーティーに出席するんですよ」
 男性は苦笑いしながら、繁華街の雑踏の中に消えていった。
 
 帰宅して数えてみると、石田は今までに、パーティーで92人の女性と会っていることが分かった。データによる紹介とパーティーの出会いを合わせて、先方が希望して当方が断ったのは16人、当方が希望して先方が断ったのは11人だった。一人に断られるうちに二人を断っていることになる。経歴書の紹介では、7人に断られ六人を断っている。
 これほど多くの女性と巡り会っていて、まだ相手の決まらない自分は何者だろうかと、石田は思った。しかし、その日会った男性の現状を思い、自分は例外ではないと思い直した。
 
 パーティーの翌日、またデータの紹介で石田は出かけ、一流ホテルのロビーで相手と待ち合わせた。
相手のゆかり嬢は26才で、家事手伝いという肩書きだった。父親は大卒で、民間企業の役員をしていた。妹は大学生だった。
 ホテルのエントランスからロビーに入ってくる女性たちは、おしゃれで魅力的な人が多かった。
 石田が期待して待っていると、ゆかり嬢が現れた。着ているワンピースは、色合いが地味で風変わりな柄で、体に合っていない感じだった。石田は、きょうも数時間我慢して、相手とつき合おうと思った。
 ゆかり嬢は、生まれも育ちも東京で、都会の街角の情報に明るかった。女性の好みそうな、しゃれたレストランに、石田を連れて行った。都会者に見られるような気取ったところがなく、田舎者のような純朴さと真面目さがあった。石田のために料理をとるなどして、かいがいしく人の面倒を見る心の温かさを見せた。
 しばらく経って、石田の方から断りの返事を出した。
 
 11月の初旬、久し振りにデータの紹介で、石田は出かけた。
 前月の10月は、パーティーには抽選にもれて参加できず、データや経歴書の紹介でもデートの機会は巡ってこなかった。
 相手は、デパートの販売員をしている真由美という女性だった。父親は、大学院を出ていて、大手の通信会社の管理職だった。母親も大学を出ていた。兄も父親と同じように、大学院に在学していた。
 真由美嬢は25才で、バイオリンを弾くのが趣味だった。話していても、あまり笑わないし、石田と話題も合わなかった。
 石田には、顔の分からないデータの紹介で女性たちと会うのが、無駄に思えてきた。しかし、紹介している会社の考え方によると、先に写真を見てしまうと、会員たちは、外見でえり好みして、会うこと自体をなかなかしなくなってしまう。とりあえず相手と会う機会をふやすことが、大切だというのだった。
 
 11月末、またデータの紹介で、石田は出かけた。
 相手の直美嬢とは、1週間前に電話で話した。26才の、3人姉妹の次女だった。姉は、薬科大学を出て、既婚で、親とは別居し、薬剤師をしていた。妹は未婚で、親と同居していて、短大を出てから幼稚園の教諭をしていた。
 最初は「わたくしですか?」とか「ご存じですか?」とか、丁寧な口振りだった。しかし、石田がかつて、他の女性とデートに出かけたことのある、有名なテーマパークの話題になると、ぞんざいな言葉で、あれこれしゃべり出した。
「午前10時から午後10時までいたことがあります」
 自分は、肩幅が広くて、体格がよくて、背も高いし、横幅もあると言った。水泳や体操や、そのほかの運動は、随分やった。親と同居し、短大を出て音楽教室でエレクトーンの講師をやっている。
 容姿のことを、石田が少したずねた。
「髪は長いんですけど、ワンレングスになっていないんで、風が吹くと、前髪をピンで留めてるんです」
 石田は自分の勤め先の話を少しして、税金関係の仕事もやったことがあるといった。
「父が税理士やってるんですけど、娘3人で跡継ぎがいないから、いいかもしれませんね」
 直美嬢は、先のこともまだ決まらないうちから、気楽なことを言う楽天家に見えた。父親は、大学院を出ていた。
 デートで目印にするものは、直美嬢の持っている青い巾着ということにして電話を切った。
 公園の入り口で会って、ふたりで冷たい風の中を歩き、動物園を見て回り、人でごった返す商店街を見て歩いた。
「両親は毎年、年の瀬になると、ここまで買い出しに来ます」
 その商店街まで、直美嬢の横浜の自宅からは小1時間かかる。
「ああ、有名なところだからね」
 二人は喫茶店に入った。まもなく、会話が結婚の話題に及んだ。
「肌、白いですね」
 石田が言った。直美嬢は笑顔になった。
「今までに3回、プロポーズされたことがあるんです」
「えっ、そうなんですか?」
石田は驚いた。
 改めて見ると、目の前の直美嬢は、外見上はそれなりの魅力がある。全体として男心を引くような体つきをしている。性格は嫌みがなく、よくしゃべる。
しかし、3人の男が結婚を申し込むほどの魅力なのか、それとも何かそうなるような理由でもあったのか。
「石田さんも、肌は白いですよね」
直美嬢も石田のことを、そう言ってほめた。
 石田は、その後他の女性に気持ちを傾けて、直美嬢のことは、しばらく返事を保留していた。しかし、ある程度の月日が経過すると、とうとう断ってしまった。
 
 11月の下旬、高級ホテルで行われたパーティーに、石田は出席した。翌日に、データの紹介の女性と会う約束をしていて、東京に泊まることにした。
 最初の女性は言った。
「パーティーに出るのが初めてで、緊張しているんです」
 性格は明るかったが、背は小さかった。彼女の方から希望してきたが、石田は断った。
 アメリカの大学院を出ていて、東北に住み、落ち着いていて、背が高くて、上品な美人がいた。真面目だったが、気軽な雰囲気がなかった。石田はその女性の魅力は認めたが、希望はしなかった。テレビのプロデューサーがいた。これまで、奈良、広島、名古屋と引っ越していた。済ましている顔に魅力を感じたが、石田は自分とは合わないと思った。
 整った顔立ちで、気だての優しそうな女性がいて、石田は希望したが、断られた。
 顔にしわの多い、年輩の女性もいた。都内の有名ホテルに勤める女性もいた。色白だが、四角い顔で、剣道をやっていて、足が太かった。美人だが、つり目の女性がいて、話していてしっくり行かなかったたため、石田は、多分断られると思って、希望しなかった。
 パーティーのイベントのひとつで、抽選会があり、たまたま石田には、一等賞が当たった。当選者は、ステージに上がって、司会者からインタビューを受けた。石田は、5、60名の出席者の中には、すでに顔を知っている女性も2、3人いて、少し恥ずかしかった。
 この日も、2次会に行くメンバーが、何人か集まった。ひとりは、歯科医の女性だった。もうひとりは、国立大学の講師で、性格の少しきつい人だった。
 
 最後のひとりの銀行員は、都内の有名な私立大学を出ていた。ずっと東京に住んでいた。会場でも、何人かの男性に話しかけられていた。品があって、高そうなコートを着ていた。かわいらしさもあり、しっかりした、穏和な、奥ゆかしい性格に見えた。
「会で知り合った、大手の証券会社に勤める男性に、3万円の食事に招待されて、恐縮してしまったことがあります」
 別れるとき、30才になろうとしていた彼女は、慎ましやかに言った。
「男の人はいいですけど、女は、ある程度年が来ると、なんとかしなくちゃいけませんから」
 石田は、彼女が気に入って希望した。
 すると、断り状は届いたが、彼女は会を通して、手紙を送ってきた。通常は、双方の意向が一致するまで、連絡先は知らされなかった。手紙には、事務的にお断りするのは申し訳ないので、会に無理を言って手紙を送ってもらうことにしたと書かれていた。
 パーティーで10人の男性から希望があったが、その中で石田のことが一番気に入った。この会に入会して、だいぶ月数が経った。入会していることにも、そこで伴侶を見つけることにも、ずっと後ろめたさを感じていた。もっと楽天的に考えてもいいのかも知れないが、近く脱会しようと思っている。本当に、自分は結婚できるのかと不安にもなる。自分の一方的な都合で、このような結論を出してしまったことをお詫びする。
 この手紙を読んだあと、数日間、石田は気持ちが晴れなかった。
 聡明で、真面目な感じのする女性だと思った。石田に対して、今の心を開いているような気がした。彼女は自分に好意を持っているが、それを諦めようとしているように見えた。今まで出会った女性と違い、その心が伝わってくるような気がした。石田は自分も手紙を書き、会に訳を話して、彼女に送ってもらった。
 都会的なお嬢さんに見えたから、希望しても、おそらくだめだろうと思っていたが、突然の手紙をもらい、驚いた。あなたから聞きたいことや、自分から話したいことがたくさんあるような気がする。少しでも気持ちが通い合ったのに、このまま、お別れするのは残念な気がする。自分は、田舎暮らしの安月給のサラリーマンだが、できれば住所と電話番号を教えてほしい。無理なら仕方がない。
 彼女からの返事は、とうとう来なかった。
 
 12月の中旬、クリスマス・パーティーが高級ホテルで開かれた。
 クリスマス・イヴの日は意図的にずらしたらしく、その数日前に行われた。主催者としては、イヴの相手をパーティーで見つけてもらう意向らしかった。服装は、女性がイブニングドレスかカクテルドレス、男性がタキシードまたは黒か紺のスーツという条件だった。タキシードは貸し出していて、石田は面白いから試してみた。
 その日歓談した最初の相手は、短大の児童学科を出た、頬のふっくらした東京郊外の女性だった。二番目の女性は神戸生まれで、日本で一、二を争う名門の女子大を出ていたが、器量は良くなかった。
 懐かしい人と再会した。2月のパーティーで会い、石田の方から希望して、相手も会うことを承知した女性だった。しかし、四,五回誘いの電話をしたが、都合が悪いとか、風邪を引いているとか言われて、なかなか会えなかった。そのくせ、自分の方から断ることはないと言っていた。
 石田は、その間、他の女性と見合いのデートを重ねていた。その後、五月になって見限って、断りの通知を出した。その彼女と半年経って、双方とも相手が決まらない身で、またパーティーで再会した。石田は苦笑しながら言った。
「ご縁がなかったですね」
 彼女も笑った。以前より大人びて、魅力的に見えた。
 石田が話したある女性は、パーティのイベントでベストドレッサーに選ばれ、賞品をもらった。
 フリーの時間になったが、ひとりの相手と話す時間は、5、6分と決められていた。時間がくると、司会者がマイクでそれを告げ、名残惜しくても、別の相手と交代することになる。中には、双方が、あるいは一方が納得して、この決まりを無視してしまう者たちもいた。
 石田は例によって、トイレに入って一息ついた。再び会場に入り、どの女性と話をしようかと、他の男性と同じように物色した。ゲームコーナーの前でコーヒーを飲んでいると、先ほど見かけた女性が近くに来て、視線が合った。
 スタイルが良くて、体格もしっかりしていて、ファッションモデルのようだった。やや年齢を重ねているように見え、大人っぽくて、ひどく魅力的だった。
 こんなタイプの女性は今まで相手にしたことはない、と思えた。この人にはかなわない、という直感があった。こちらが声をかけても、相手は振り向かないだろうと、自然に思える女性だった。
 それでも、思い切って声をかけてみた。やはり、冷たい感じがあったが、話は合ったような気がした。名古屋から来ている女性だった。その女性は結構、気を使い、石田のためにテーブルからケーキを取ってくれた。結局、石田はその女性を希望しなかった。名古屋は遠いという漠然とした思いがあった。
 
 今回のパーティーで、石田が最も気に入った女性がいた。
 めがねをかけたやせた男と、太った男が、自己紹介して、二人で彼女に話しかけていた。石田が順番待ちしていると、もうひとりの男が近づいてきた。パーティーではよく見かける、美女に群がる男性たちの光景だった。石田は自分がそんな光景の一部になっていることを情けないと思い、こっけいにも感じた。一方で、誰からも話しかけられずに、会場の隅の方に立っている、いつか壁の花と呼ばれているのを聞いた女性の姿が、数人、視野の隅にはいった。
 先客の二人の男性は、待っている男性たちがいても順番を譲ろうとしなかった。他にもうひとりの男性がいて、すぐそばに立って彼女の顔をすぐそばで見つめていた。その姿を石田は、みっともないとも恐ろしく執念深いとも感じた。
 石田は仕方なく、他の女性のところにいった。女ばかり三人で、テーブルについている女性たちがいた。一緒に軽い気持ちでゲームに参加した。しばらくすると、赤いワンピースを着た先ほどの意中の女性が、ひとりの男ととなりのテーブルについた。先ほどの、しつこい二人の男の一方が、まだ彼女を見ていた。それから、彼女は男と席を立った。
 石田は、これまでのパーティーでは、いつも目当ての魅力的な女性には、競争率が高くて、声をかけられずに終わっていた。石田は、このとき思った。
「これじゃあ、来たかいがない。きょうこそは、好きなタイプの女性に声をかけてみよう」
相手の男は、もう、ある程度彼女と話はしただろう。
「失礼ですけど」
 後ろから声をかけた。
 石田は珍しく、人気の高い彼女を他の男性から横取りした。いつにない熱意だった。どの男性にも等しく、好みの女性に話しかける権利はあり、その先は女性の好みに任せればいいと思った。
「2、3分でいいですから」
 彼女に先に言い、連れの男にも念を押した。
 お嬢さん風で、純情そうで、性格が良さそうだった。話す声が小さくて、笑顔はかわいかった。守ってやりたい、ひ弱さがあった。名刺を差し出して頭を下げ、丁寧に言った。
「よろしくお願いします」
 彼女は、目が大きくて、髪が長かった。ほっそりとして、スタイルが良かった。ノースリーブの赤いワンピースから出た腕や脚は色白だった。
 
めぐみというその女性は東京に住み、服飾関係の会社でデザインの仕事をしているらしかった。石田はパーティーに何度か出席して、要領を覚え、ずうずうしくなっていた。それで、先ほどの順番待ちのときに、彼女がパリに一年間滞在していたことを立ち聞きして知っていた。東京のデザインの専門学校に在学中に留学したらしかった。石田はフランス文学を、大学のときに学んでいて、親近感も湧いた。フランス語で2回尋ねた。
「ぼくのこと、気に入ってくれた?」
すると、彼女は困った顔をした。
 抽選くじのゲームが行われていて、石田とめぐみ嬢は自分たちが同じ色のカードを持っていることがわかった。石田は、一番気に入った女性と縁があったことで、満足感を覚えた。賞品コーナーに行くことになり、彼女は石田のあとに寄り添うようについてきた。大きな賞品を当てて、石田は喜び、握手の手を差し出した。握った彼女の、パーティー用の白い手袋をした手は、柔らかくて細かった。
彼女は、一緒に賞品を受け取ったあとも、石田のそばについてきた。しかし、他の男性も彼女と話したがって、近くに寄ってきていた。「それじゃあ、あなた、もてるから、ぼくはこの辺ではずしますよ」
石田は気を使い、自分から彼女と離れた。
 
 パーティーには、目立ってハンサムな男がいた。石田は、パーティーの最中にその男と目が合った。帰りに会場から出てから、人混みの中を前後して歩いた。後ろから声をかけてみた。
 その男は、化粧品会社の社員だった。そう言えば、いつかのパーティーの時にハンサムな彼のことを、女性会員がうわさしていたのを思い出した。
「もう何人か付き合ったんですか?」
「ええ、まあ」
「結構、持てそうですよね。以前、うわさしている女性の会員がいたようですけど……」
「ああ、そうですか?」
「付き合いの方は、うまく行きましたか?」
「まあ、うまくは行きましたけど……。その気になった女性とは、それなりに仲良くなっていますよ」
「ちゃんと交際が進むんですか?」
「というか、相手が望めば親しくなって、その先は気持ちが変われば、仕方なく終わってしまうこともありますね」
「えっ、あのう、関係を持つと言うことですか?」
「そうですね。お互いの合意の下ですから、男と女の関係になってしまうこともありますね」
 ハンサム男は、にやりと笑った。
「それで、結婚とか言う話にはならないんですか?」
「いや、先に、結婚はできないよって言ったり、まあ、色々ですけど……」
「そうですか? そういう割り切った女性もいるんですか? なかなか、そんな女性には会わないですけど……」
「だから、割り切ってくれる人ばかりじゃなくて、困ることもあります」
「同時に何人かと付き合うこともありますよね」
 石田は、その男の横顔を見つめた。自分も女だったら、その男に他の女性の交際相手がいても、気持ちを奪われてしまうような気がした。
石田はパーティーのあと、交際希望の用紙に長い文章を書いて、めぐみ嬢に送った。石田にとって、めぐみ嬢は、この会に入ってから最も心を傾けた女性に思えた。
 

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