旬杯ストーリー転

起ストーリー【B】

「海と風と」

夏美は海に来ていた。
朝から降り注ぐ強い日差しは、
お気に入りの麦わら帽子をかぶらないと、
跳ね返されそうだった。

ボンヤリと眺める水平線は、
青空を映して群青の線を引いている。

夏美は遠くを見ている。

「どうしようも・・ないね・・もう」

夏美は力なく呟いた。

とてもいい天気。
海ではサーファーが楽しそうに波と戯れている。
波打ち際では、家族連れが来ていて、
子供が無邪気に遊んでいた。

夏美はここ最近、気持ちが晴れない。

仕事も上手くいかず、
唯一心の支えだった恋も破綻した。

(なんて吸い込まれそうな空なんだろう・・)

自分とは対称的なものに嫉妬を覚えた。
フラフラとした足取りがゆっくりと波打ち際へと近づいていく。

打ち寄せる波の音は優しかった。
夏美はとめどなく涙が溢れた。

(もう嫌だ・・嫌・・全部・・)

夏美の足は膝の上くらいまで海につかっていた。
海風が時折ふわっと夏美の髪を撫でる。

その時だった。

夏美は凄い力で引っ張られて、
波打ち際から5m程のところで何かに躓くように転んだ。

「痛っ・・えっ?」

夏美は辺りを見回す。

夏美の斜め後ろに老人が立っていた。

ベージュ色のハットをかぶり、ジャケットを羽織ったその人は、
夏美を優しい眼差しで見つめていた。

「えっ?どなたですか?」

夏美は驚いて老人を見た。

「あなたは、まだそこに行かなくていいから」

老人が暖かい眼差しで夏美に微笑んだ。

さっきのサーファーが海から上がり、
仲間と楽しそうに会話をしている。

波打ち際にいた家族も砂浜に敷物をしいて、
お弁当を食べている。

夏美はわけがわからず、ぽかんとしていた。

まだまだ空は青く、
海風は涼しかった。