虹色ドリーミングNE(第4回)
【琴美】
瑠璃と翔真とダンスをしている私を、私が観ている。翔真め、彼女の私を放って瑠璃と仲良くして、もう。二人のダンスはキレッキレだし、音楽が鳴っているはずだけど何も聴こえない。まあいいや。よーし今日も踊るぞー!あれ?体がうまく動かない。どうして?アイソレすらできてない。いつもはもっとシャープに踊れるのに。あれ?音楽が聴こえてきた。ってこんな曲で踊ったことないし。あれ?
♪♪♪♪~
わっ!しまった。何回目のスヌーズ?ああ、もうこんな時間だ。
今日は……火曜だから朝イチの必修のパンキョー。あの先生は授業が始まったら、ゲートのスイッチを切っちゃうから遅刻できない。
急いで着替えて、洗面所で顔を洗って歯磨きをして、髪をセットして……もう今日は化粧水だけでいいや。
ダイニングにはママがいた。
「ママ、おはよう。お兄ちゃんとパパは?」
ママはダイニングテーブルにノートパソコンを置いて仕事をしている。この時間に起きてるってことは徹夜だったのかな。
「お兄ちゃんもパパももう出かけたよ。あれ?琴美、今日朝ご飯食べないの?」
「うん、もう迎えに来るから。あっ、パンだけ食べて行こうっと」
「もう、立ったままでお行儀悪いよ」
「たまたま寝坊しちゃったの、今日だけ許して」 あっ、それよりデネブに朝ご飯あげるの忘れてた。私の毎朝の仕事。デネブごめんね。ケージの中のミニチュアダックスのデネブを見ると、美味しそうにカリカリを食べていた。ママがあげてくれたのかな。
チャイムが鳴った。
「あっ、来た。行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
玄関を開けると、いつものごとく薔薇のような笑顔の瑠璃が立っていた。
「瑠璃おはよう」
「おはよう。あっ、琴美寝坊したな」
「あはは、バレた」
満員電車を乗り継いでキャンパスに到着。学生入口のセンサーに学生証を当てるとゲートが開く。小学生の時に起きたあの事件の時に、不審者が入ってこられないようにうちの学校のセキュリティが強化された。小学からエスカレーターだから、他の学校がどうなっているかは知らない。
授業が行われる教室の入口のセンサーに学生証を当てると、ゲートが開いて出席になる。昔は代返とか出席をとった後でこっそり抜け出すとかできたみたいだけど、今は無理。大学生の本分は学業、モラトリアムではない、とは学長のお得意文句。
午前の一限二限の授業が終わったら、学食でお昼ごはんを食べて、ピロティでダンスサークルのみんなとダンスの練習。午後の授業が終わったら、帰って公園で瑠璃と翔真とダンスの練習。つまりダンス漬けの毎日。
夕食の後はスマホでダンス動画を観る。最近はTiktokのアンジュって人の動画がお気に入り。鏡を使ってるダンス動画がスゴい。鏡から出てくるのとかどうやって撮ってるんだろう。
寝る前にお風呂に入っておやすみなさい、これが私の平日の一日。
土曜は午前が水泳、午後は瑠璃と出かけたりする。瑠璃は結構忙しいので、そんな日は家で読書したりする。
日曜はパパが仕事、ママはラジオ、お兄ちゃんがアルバイト。家には私一人になるので、いつも翔真が遊びに来る。DVDや動画を見たり、イチャイチャしたりする。一応お付き合いしてるから。初めの内はむき出しの欲望をぶつけられてる気がして怖かったけど、その内翔真のことを包み込んであげられるようになった。今は翔真の考えてることが手に取るように分かる。私は翔真からすごく愛されてる。空気じゃなく肌から伝わってくるんだから、間違いない。
ある日、いつも通りピロティへ行くと瑠璃と翔真が楽しそうに話していた。私に気付くと、二人は気まづそうに話をやめて離れた。瑠璃にも翔馬には会話の内容を聞くと「別に」とはぐらかされた。そういうことが何回か続いた後の日曜に気付いた
翔真の気持ちが小さくなって、私から少し距離をとった位置にいる。翔馬には私以外に好きな人ができた。だとすると、その相手は。
「ねえ翔真」
「うん?」
「なんか私に隠してることあるよね」
「ないよ」
嘘つき。今まで嘘をついたことなんてなかったのに。
「瑠璃?」
「あ、う、うん」
「……私も好きな人ができた。だから別れよ」
「え?待てよ、そんなんじゃないって」
「いいの、いいの、今日は帰って」
「琴美なんか誤解してるって」
「してないよ、目は口ほどに物を言うっていうでしょ?翔真こっち見てないもん」
「とりま帰るけど、絶対誤解だって」
「ごかいもじゅっかいも、落ちたら死ぬの、だからもう終わり」
私と瑠璃は小さい頃から何をするにも一緒だった。まるで双子の姉妹みたいに。行く先々で、瑠璃が姉、私が妹と間違えられた。何をしても瑠璃の方が必ず上だったから。オーディションを受けても、瑠璃は必ず受かって、私は落ちた。
私の家は、ママは若い頃は小さくてチャーミングだったけど、今は良く言えばマシュマロ。いつも家でノートパソコンにかじりついて締切に追われてる。パパも若い頃はスポーツマンのイケメンだったけど、今は薄毛のおじさん。私は二人の良いところをうまく受け継げたみたいだけど、だからといってそれほどイケてるわけじゃない。
一方瑠璃は、美人でスタイル抜群の大女優とイケメン有名カメラマンの間にうまれたサラブレット。事務所にも所属していて、週刊誌のグラビアに載ったこともある。小さい頃から有名なミュージカルにいくつも主役で出ていたし、この前も大きな舞台に出ていた。
私は瑠璃には勝てない。見た目も勉強もスポーツもダンスも歌も、そして恋も。
悔しいのか悲しいのか分からないけれど、とにかく涙が止まらなかった。
「ただいま」ママが帰ってきた。
「わっ!びっくりした。なんだ琴美いたの。どうしたの?電気もつけないで……」
「つけないで!」
「ママで良かったらお話聞くよ。ママ、昔から相談事の達人って言われてるんだから」
「なんでもない」
「そう、ママリビングにいるから聞いて欲しくなったらいつでも言ってね」
そういえばママのラジオの相談コーナーで、私も元気づけられたことあったっけ。
「……やっぱり聞いて」
薄闇の中で、ママは私のベッドに腰掛けて話をきいてくれた。
「そっか。琴美は瑠璃ちゃんに勝てないと思ったのね」
「…………うん」
「ママも瑠璃ちゃんのママ、カレンに勝ったと思ったこと一度もないよ」
「…………」
「でも負けたと思ったことも一度だってない」
「えっ?」
「全てが他人との勝負じゃないの。自分のいいところをどんどん伸ばして、前の自分に勝てればそれでいいのよ」
「私のいいところって何?」
「頑張り屋なところ。優しいところ。他人の気持ちを優先して考えてあげられるところ。人の悪口を絶対口にしないところ。パパに似た大きな瞳がかわいいところ。笑うとできるエクボがチャーミングなところ。全部言うと一晩かかるけどまだ言う?」
「ううん、いい」
「恋愛だけじゃなく、人間関係はみんな鏡といっしょなの。琴美の好きを、大好きにして返してくれる人を大事にしたらいいと思うな」
「うん」
「どう?30分前の自分に勝った?」
「たぶん」
「じゃあ今晩は勝利のお祝いをしよう」
ちょっとだけ気が楽になった。
月曜の授業は、先生方もサザエさんシンドロームなのか二限目から。私は文学、瑠璃と翔真は歴史。午後は必修の法学でいっしょになる。
午前の授業が終わってから、大学生協の横を通って学食へ行く。
今日の日替わり定食はチキンフリッターとチョレギサラダ。どうしようかな。B定食のハンバーグでいいや。センサーを通すとお皿の下のICチップで、料金が自動計算される。学生証をタッチして支払い完了。残高は、チャージしたばかりだから9470円。適当に空いている窓際の席に座った。
午後はサボって帰っちゃおうかな……。
「ここ空いてますか?」
瑠璃じゃん。声で分かる。顔を上げると瑠璃もB定食のオレンジのトレイだった。
「…………」
気まずい。何を言えばいいのかわからない。
「翔真から聞いたよ」
「…………そっか」
「翔真、誤解だって言ってたでしょ。それ本当だよ。琴美の誕生日をサプライズでお祝いしようって作戦立ててたの」
「えっ?」
「でもそれも二人の勘違いで台無しだよ」
「二人って?」
「一人はもちろん琴美、もう一人は翔真」
「どういうこと?」
「琴美と別れたから付き合ってくれ、だって」 「…………そうなんだ」
「だから言ってやった、私の一番大事な琴美を傷つける男に振り向くと思う?とっとと視界から消えなって」
瑠璃!
「琴美のことだから、私に負けたとか勝手に思ってたんでしょ?」
「うん」
「それは私の方が先に産まれたから、ちょっとだけ先にいるかもしれないよ。でも一歩とか二歩とかそのぐらいの差。私はね、必死に走ってるんだよ。だって琴美がものすごいスピードで追いかけてくるんだもん。琴美が走るから私も走れる。二人は鏡写しなの。琴美がいなくなったら私もいなくなっちゃう。だからこれからも二人で一緒に走ろう」
「うん」
「それはそうとさ、最近カブキ行った?」
「ううん、行ってない」
「公園の横のミュージシャン通りに、最近超クールな女のストリートミュージシャンがいるの。ハモりが上手いお水のお姉さんもいてさ。それに合わせて踊ると、めっちゃ気持ちいいの。琴美も一緒にやろう」
「うん。やるやる」
やっぱ瑠璃には勝てないや。でもそれでいい。勝ち負けより大事なことを理解したから。
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