虹色ドリーミング(第34回)
スタジオの入口で、高梨社長とバッタリ会った。
「おお、ちょうど良かった。他はもう来ているかな」
誰が待ってるんだろう。
スタジオ内からドラムとギターの音が聴こえる。高梨社長が重いドアを開けた。
「おつぽよ」
「おはぽ……あっ、おはようございます」
「おはようございます」
「えっ?カレンとリナチー?」
「あっ、ベースはアオイ様かあ」
「この三人でスリーピースバンドをやる。バンド名は『プリズム』だ」
「プリズム?」
「ああ、たまたまなんだがこの三人の担当カラーは赤青緑、光の三原色だ。この三色でどんな色でも作ることができる。可能性は無限なんだ」
「どうして私たちなんですか?」
「莉奈がドラムをやっていたのは聞いていたし、華蓮はギターが弾ける。あとは……」
あとは?
「思いつきだ」
やっぱり。
最初は有名な曲を練習してカバーした。その後はカレンが作詞作曲した曲を演った。
今は私も作詞作曲に挑戦している。
「これどう?」
「アイデアは面白いんだけど、正直ちょっと……」
やっぱり。DEADGDのリフでDEAD GODって安直だったし、DOGにしてもAGEにしてもイマイチなのはあたしでも分かっていた。
「このビバルディの『夏』のアレンジが主旋律になってるなのはモノになりそうじゃない?『冬』や『革命』は音ゲーにテクノアレンジがあるから、ロックでもイケそうだと思う」
「『ギガロソニック』はどう?」
「ムリムリ。こんなメガデスより速いのは、私叩けないよ。YOSHIKIじゃあるまいし」
「私もイングヴェイはムリ」
「そっか」
「もうちょっと詰めてみようよ、それより練習しなきゃ」
「じゃあ『イカロス』合わせてみようよ」
「おっけー」
「いくよ、1、2、3、4」
≪太陽の光が照らす海 イカロスは蝋で翼を作った 高く高く飛び立つ夢でも 心は不安で震えてた 「もっと高く、もっと遠くへ」父の声が空に響く 翼は風に揺れて未知の世界へ向かってく 燃える太陽熱い風 イカロスは飛ぶ 翼崩れて深い海へと落ちるその時まで≫
「いいんじゃない」
「次、『プリミティブスペース』」
「はい、1、2、3、4」
≪星屑舞い散る闇の中 原始の宇宙が目覚めてく 無限の時 無限の空 あたしたちは輝き始める Someone’s watching us 遠くの星々が囁く 生命の芽が花開く瞬間 私たちは宇宙の子供たち
Cosmic dawn light breaks throughIn the void
we find our hueGalaxies spin
planets dance
We're stardust dreams in cosmic trance≫
プリズムの強みは全員が演奏しながら歌えること。元々ダンスをしながら歌うことに慣れていたからかもしれない。
作詞も三人ともできた。でもデビューライブを経て活動していく内に気付いたことがあった。
まずあたしは他の二人に比べて引き出しの中身が圧倒的に少なかった。引きこもっていた空白期間だけでなく、そもそも触れてきたものや人生経験に大きな差があった。あたしは好きなものやのめり込んだものがほとんどなかったし、綾香以外にそれをいっしょにする相手がいなかった。
あたしは引き出しの中身の少なさを気取られないように必死で集めた。カレンに聞いたおすすめのドラマや映画、リナチーに聞いたアニメやマンガ、ミオタンに聞いた小説で気になったキーワードをノートに片っ端からメモしていった。辞書を開いて良い言葉をたくさん見つけていった。ラジオアプリで流行りの曲を聴いて、歌詞を検索して勉強した。名曲と呼ばれる曲を動画サイトで聴きまくって研究した。
でもいつまで経っても埋まらない空っぽの引き出しがあった。『恋愛』という名の引き出し。同じ『恋愛』の曲を歌っても、あたしの時だけ気持ちのこもっていない薄っぺらな歌に感じた。メンバーはみんな大なり小なり恋という気持ちを現在進行形で持っているらしい。
好きって気持ちは分かる。両親や、あたしを推してくれる人のことは好きだ。カレンに「想像力でカバー」と言われたから、想像してみた。異性と手を繋いで二人きりでどこかに出かけられるか、と言われたら「イエス」。でも二人でずっと一緒にいられるか、一緒に暮らせるかと言われたらクエスチョンマークがつく。それ以上の関係となったら、想像の範囲内でも「ムリ」。
想像していると、ネットで知り合って襲いかかってきた男の姿に変わっていき、醜くて吐き気がするおぞましい顔になる。
あたしは恋愛ができない。
この欠落はいつか埋まるんだろうか。
そんなことを思いながら、ニジドリとプリズムの活動の二刀流をこなしていたある日。
高梨社長から春のツアー、限定ユニットとプリズムのコラボの話があった。
「それと、これが一番重要なんだか……おい、澪聞いてるのか」
「あっ、すみません」
「春にツアーだって」
「で、次の秋に澪が……」
えっ?ええっ?
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