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【雑記】何を書こうかなっていつも悩む/そわそわ

起業家交流会などに参加して、いろんな話を聞いて、焼酎のロックを飲んで、名刺交換して、去り際にハグして、会場をお暇して帰路につく。7~8月はそんな経験を何度かさせていただいた。
たくさんの出会いがあって、100均の名刺入れはパンパンに膨らんでいる。インスタでも何人か相互フォローしていただけた。ほんとうに有難いご縁だ。

しかし、貴重で濃密な時間を過ごしておきながら、その記憶はうすらとしかない。
私は耳からの言語認識が不得意なので、雰囲気や空気感、話者の表情や声のトーン・リズムは克明に思い出せても、何を話していたのか、話の内容はほとんど……たぶん20%くらいしか理解できない。思い出すとなると5%くらいだ。
なんだか楽しい経験をしたなあ、また行きたいなあ、で自己完結する。

なので、今日の出来事を記事にしようとしても、「とっても楽しかったです!」で終わってしまうのだ。
それだけだったら特に記事にする必要もない。もっと具体的に、ドラマチックに、ウィットに富んだエッセイ風の記事を書きたいなあといつも思っている。

ちなみに私は感情や物事を曲線グラフでとらえがちで、y軸がプラスになれば楽しかった/嬉しかった、マイナスなら詰まらなかった/怖かったなどと評価する。
物語を書くときも曲線グラフで、yの座標を主人公の感情、xの座標を時間経過で捉えている。
音楽もそう。楽譜が読めないので曲線(または折れ線)で上下の音域を把握している。

文章じゃなくて、グラフで日記をかけばいいのかな。グラフで日記を書くってなんだろう……。


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話は変わって、私は今3つ……じゃなかった、4つのコンテストの結果を待っている。
地方文学賞、ファンタジー大賞、note創作大賞、自由律俳句。
純文学、エンタメ長編(の冒頭)、俳句。いろんなものに手を出し過ぎな感じはあるけれど、書くこと自体が楽しいので何ら苦ではないし、落選しても(もちろん悔しいけれど)落ち込む気持ちはそこまで長続きせず「まあ相性とかあるしな~」で割り切ってしまう。
同人誌にして発行すればサルベージできるし、やってきたことは無駄にはならない。

執筆中の原稿も4つ。
文學界新人賞応募作が1篇。あとは一次創作同人誌の短編集原稿を推敲していて、二次創作長編小説1篇を加筆修正しつつ、漫画原稿16ページのペン入れを同時進行している。飽きたら1~2ページの短い漫画をかいてSNSにアップする。
20年この同時進行スタイルでやってきてて、原稿を落としたことはほぼない。右脳と左脳をほどよく使い分けて、飽き性の自分をいかに飽きさせないか、工夫をしているつもりだ。

友人知人からは昔は「あたまおかしい」「狂ってる」と言われていたけれど、最近は「相変わらずやってるねぇ」と言われるようになった。
ラムジュート換水法というらしい。泳ぎ続けないと窒息死するマグロのように、私は何かしらかき続けていないと死んでしまう生き物なのだろう。

うちにはテレビなどの娯楽がないから、テレビを見る代わりにパソコンを開いて執筆しているだけだ。
テレビを見ながらご飯を食べるのが一般的なのだとしたら、私の普通は小説を書きながらご飯を食べることなのである。

名前「鳩谷まぐろ」に改名しようかな。語感がいいな。



ところで、創作大賞の中間発表ってまもなくなんですね。
去年は9月14日だったとの情報も見かけて、そわそわ案件が増えました。
程々にそわそわしつつ、今月末締め切りのコンテストがあるのでそちらを頑張りたいと思います。


※アイキャッチは素敵なイラストをお借りしました。



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