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失恋をした。

昨日は私の32歳の誕生日だった。

誕生日だからといって、何か特別なことがあるわけじゃない。
いつものように、仕事に行き、淡々と1日を過ごした。

ただ、心のどこかで少しだけ期待していた。
別れた彼からお誕生日おめでとう、の連絡がきたらいいな、と。

早くに父親を亡くしているという共通のバックグラウンドから、彼のことを同志?ソウルメイトだと私は思っていて、彼にも別れ際、そのように伝えた。

恋愛関係としては終わったけど、自分としては新たに友情みたいなものを築きたいと考えていた。
別れを告げる側がそういうことを提案するのは良くない、と事前に相談した友達たちから言われていたので、これからは友達としてやっていこう!とハッキリ伝えはしなかった。

自分の出す結論、気持ちに自信が持てなくて、友達の意見ばかり聞いていたけど、自分が友達としてこれからも関係を持ちたい、という気持ちがあるなら、ちゃんと伝えれば良かった、と今更ながら思う。

それを受け入れてくれるかは相手の問題だけど、こちらがどうしたいかを言わない限り、振られたのだし、別れたのだから、連絡は取らない方がいい、と真面目で誠実な彼なら考えるだろう。

私と付き合い始めたころも、元カノからLINEと電話がきたが、私がいるから返していないと言っていた。

男は浮気をする生き物、なんてよく言うが、彼の場合、全く浮つかず私だけを見てくれている、という絶対的信頼感があった。

それでいて、とても魅力的な人なので、既に新たなパートナーがいる、という可能性も、もちろんあり得る。
その場合、私が友情を築きたくても、元カノというカテゴリに分類されるのは明白で、現実的に厳しいだろう。
寂しい気持ちがないと言えば嘘になるが、こればかりはしょうがない。

突き詰めると、彼が幸せであることが確認できれば、それでいいように思う。
友達でいたい、繋がっていたいと思うのは、彼に前向きな言葉や気持ちを伝えたいから。

付き合っている間、仕事が充実しつつも、上司との関係やストレスへの向き合い方に悩んでおり、別れた後もその件で連絡がきたことから、今も彼はもがいている気がして、心配なのだ。

人間、誰だって何の悩みもない!なんて状態はないだろうけど、彼が軌道に乗り、新たなパートナーができ、気持ちが安定するまで、見守りたい、見届けたいという感覚に近い。

人一倍寂しがりやで、悩みがちだし、転勤でこっちに来ているため、友達など気軽に会える人がいないのは孤独なはずだ。

こっちに誰も知り合いがいない俺の気持ち、家族がいて、友達もいるともちゃんに分かるわけがない。

付き合った当初、酔った彼に電話で八つ当たりされたときの言葉を思い出す。

幼稚だな、とも思うが、彼にとって寂しいという感情はきっととても辛いことなのだ。
冷静に彼の立場になって考えてみれば、知らない地で一人暮らしをし、仕事も新たなメンバーと初めての職種で取り組んでいたのだから、それはたしかに大変で、精神的にも苦しかっただろう。

だから八つ当たりしたり、感情的になっていい、という理由にはならないけれど、自分が同じ状況なら、相当しんどいだろうな、と今になってようやく彼の気持ちを、本当の意味で理解できたように思う。

そんな情緒不安定さも、しばらくして、安定したが、寂しさやストレスから気を紛らせるために、たいして好きでもないお酒を飲む、という悪い癖が別れた後に垣間見えたので、それも気がかりだ。

依存について最近勉強(といってもネットで調べただけだが)したのだが、依存そのものをやめようとしても、そもそも根っこの問題が解決されていないと、また簡単に元通りになってしまうらしい。

アルコール依存症になっている人がいたら、その人はなぜ、そうなっているのかを突き止めないといけない。

仕事の人間関係で悩んでいたり、自分が認めてもらえないという満たされない気持ちから、目を背けるために、お酒に走っているのだとしたら、悩みを聞いてあげたり、あなたはとても大切な存在だよ、と何度も伝えるなど、根本部分へのアプローチがポイントとなる。

意外にもだらしない人ではなく、真面目や完璧主義な人に限って、うまく手を抜けなかったり、ストレス発散ができずに、依存症になってしまうことが多いらしい。

アルコール依存症とまでいかなくとも、彼も心の不足感と向き合うことが辛いと、1人でお酒を飲む傾向があるので、親でもパートナーでもないが、自称友人として、彼を1人ぼっちにさせまい、という使命感のような気持ちがある。

これが余計なおせっかいで、彼が何の問題もなく、元気に健やかに暮らしているのなら、それに越したことはない。

誰にも頼れない、相談できない、という環境は孤独で後ろ向きになると思うので、何かあれば助けを求められる、という心理的な安心感を持っていてほしい。

それが私でなくても、ほかに頼れる人がいるならそれでいいのだ。


...本当に?

これを書いていて、気付いた。
本当は、彼に頼ってほしいのではないか、と。
必要とされたいのではないか、と。

彼が満たされていればそれでいい、彼が幸せならそれが1番。
この言葉に嘘はない。本当にそう思っている。

だけど、自分にとって彼が大切な存在であるように、本当は彼にとって私もそうでありたいのだ。
だからこそ、誕生日に連絡がこなかったことに、少なからずショックを受けた。
自分なら、送るのに、と。

人によって、考え方は異なるし、じゃあ私が友達に毎回律儀に誕生日おめでとうのメッセージを送っているか?と考えてみたら、全然送っていなかった。

つまり、友達ではあるものの、そのあたりは緩くても本来気にならないはずなのだ。

じゃあ、この気持ちはなんだろう???

友達はこれまで十何年にわたる付き合いがあり、ちょっとやそっとのことでは離れないだろう、という目に見えない絆のような暗黙の安心感がある。

だから繋がっていることを意識せずとも、その気になればコンタクトできる、という気持ちが潜在的にある。

だが、彼とはそもそも10ヶ月あまりの交際期間しかなく、初めて会ったときから「異性」という意識でお互い見ていたので、友人の期間を経ていない。

そう、私達の間にはそもそも友情が形成されていない。
あったのは恋人としての関係だけ。それが解消された今、何もないのだ。

だから、少し時間を置いて、私は新たに友情という関係を作り上げたいと思っていた。
でもそれはお互いが同じ気持ちでなければ、成り立たないもの。

相手にも同じ気持ちがあれば、そのうち連絡してくるだろう。
誕生日はきっかけを作るには絶好のタイミングだったはず。
それがなかったのだ。

彼と友達になりたい、と思っていたのは私だけなのかもしれない。
彼に直接尋ねたわけじゃないし、私から友達になりたい、と明確に言ったわけでもない。

勝手に期待して、解釈して、落ち込んでいるだけ。分かってる。

だけど、、、
なんだか失恋した気分だ。

別れて3ヶ月経った今も、彼のことを考えずにはいられない私の背中を、彼が押してくれたのだろうか。

それならば、彼からもらった勇気を無碍にはできない。
少しずつ、前を向いて歩き始めねば。

人生は有限だ。いつ死ぬか分からないのに、このまま何年もくすぶっているわけにはいかない。

まずは1年前、誕生日に彼からもらった花束の待受画面を変えることから、始めよう。


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