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何者かになる人は、勇気と決断力が段違い〜NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』演出・吉田照幸さんに学ぶ〜

最近の私はといえば、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にどハマりしている。

ついにnoteにも鎌倉殿ネタを登場させ▼
(ありがたいことに、700ビュー超えの、私史上1番多くの方に読んでもらえた記事になりました)

課金して、トークショーまで応募する始末。

もうどっぷりと大河沼に浸かっております。

昨日、「『鎌倉殿の13人』応援感謝!ウラ話トークSP ~そしてクライマックスへ~」という主演俳優たちがスタジオでトークを繰り広げる特番が放送され、そこでこんな撮影秘話が明かされた。

第23回「狩りと獲物」で、頼朝が比奈(堀田真由)の寝室にこっそり訪れるシーンの撮影日に、大泉洋が体調不良で欠席。
セットがその日にしか建てられないという理由から、チーフ演出の吉田さんが、主役の小栗旬に代役を提案。
小栗旬は大泉洋の“歩き方”まで完コピし、見事に代役を務め上げた。
NHK「『鎌倉殿の13人』応援感謝!ウラ話トークSP ~そしてクライマックスへ~」番組内トークより

この小栗旬の演技に対して、番組インタビューで大泉洋は「いまだに誰も気付いてないでしょ。小栗旬の隠れた名演ですよね」と絶賛。

この回、リアルタイムで見てたけど、全く気付かなかった。小栗旬の観察力と再現力に脱帽。
俳優ってやっぱりすごいや。

と同時に、俳優・小栗旬に、大泉洋の代役を提案した、演出担当の吉田さんの存在がちょっと気になりググったところ(何でもリサーチしたがり)、まさかの大学の先輩でした。しかも学部まで一緒。

演出家ってその道のプロというか、専門学校とか芸大を出てる人がなるものだと思っていたから、私と同じ経歴で、NHKに入局し、紆余曲折ありながらも、今の地位にたどり着いたと知って驚いた。

ただ、1年就職浪人した、という記載をWikipediaで見たとき、
あぁ、この人は最初から覚悟が違ったんだなぁ。
と、おもわず尊敬と羨望のため息が出た。

半端な夢しか描けなかった、過去の自分

多くの大学生が陥る、大手史上主義にまんまとハマった私は、コピーライターとか大手メーカーのマーケティング職とか、華やかで世の中に影響を与える仕事に憧れた。

どうせ1日のうちの何時間も仕事に費やすなら、惰性で働くんじゃなくて、やり甲斐があって、誇りに思える仕事がしたかった
結婚して、子供が生まれたとしても、仕事を続けたいと思っていたから、一時のお金稼ぎじゃなくて、充実感の得られる仕事に就きたかった

だけど、勇気がなかった。
だってマスコミは激務がデフォだから。

働き方改革やらブラック労働なんて言葉が世間に広がり、昔に比べたら環境も改善しているのかもしれない。

でも、大手広告代理店に務める若手社員が自殺したり、新聞社で働いていた弟が入社2年目にして(残業時間が凄まじいゆえに)私(当時6年目)の年収を超えてきたり、テレビ局で働く弟の友人が休職した、なんて話を聞くと、未だに過酷な世界だということを、思い知らされる。

人の心を動かしたり、0から1を創造したりする仕事をしたい気持ちと、深夜まで働く長時間労働を天秤にかけたとき、当時の私はクリエイティブな世界に飛び込む、という決断をくだせなかった。

本当にそういう仕事がしたいなら、制作会社など、片っ端から受けても良かったし、それでどこも受からないなら、吉田さんのように、就職浪人だってできた。

だけど、ビビりな私はその覚悟を決められなかった
給料も大事、プライベートの時間も確保したい、何一つ捨てる決意をできなかった結果、クリエイティブな仕事をする、という選択を捨ててしまったのだ。

その後、小売業界で販売促進の仕事に、入社4年目でこぎつける。入社前から希望していた部署だった。
当時、6年間は売場での経験が必要と言われていた中、3年で後方部門に異動できたのは間違いなく自分の行動力と、若手の意見に耳を傾けてくれた、当時の偉い方のおかげだ。

そんなこんなで、途中まで目論見どおりのキャリアだったが、徐々にくすぶった感情が生まれることとなる。

決断できなかった人間が抱える、未練

現在、私は主に紙の媒体物の編集・進行・校正などを担当している。

余裕があるときは誌面のレイアウトや撮影の仕方、テイスト、見せ方、書体、コピーライトなんかも考えるけど、忙しくなると、とにかく納期までに着地させることが先決し、中身の部分にこだわりきれず、制作会社任せになりがち。
不本意ではあるが、仕事がやっつけ作業と化してしまう。

この状態のとき、私は虚無感に襲われる。
こんな何も生み出さない、ただこなすだけの仕事、誰でもできるし、これがやりたくてこの部署にいるわけじゃない。

同年代の女性にちょっとでもいいね!って思ってもらえたり、手にとってもらえるものを作る。私だから、できることをちゃんとやりたい。

私自身が「いい」と思えるものを生み出さねば。自分の携わった制作物に愛着を持ちたい。

新卒のとき、チキって興味のある世界に飛び込めなかったくせに、8年経った今もなお、未練が残っていて、憧れが捨てきれない。

だから、吉田さんの覚悟とガッツを、心から尊敬するし、番組特設サイトの充実ぶりを目の当たりにして、お金のある組織に属すれば、こんな立派なコンテンツ作りができるんだ、と現実を突きつけられた。

本当は何かを表現したいけど、現状、仕事において、それが満足にできてない。
その消化されない想いを文字にぶつけることで、なんとなくガス抜きしてる。

この先の未来、どうする?

笑っちゃうほど意気地無しだから、転職するとか、おもいきったアクションがとれなくて、それでも何かを変えたくて、副業ライターを見据えて、このnoteを書いている。

世間でいうところの中堅に差しかかっている私が、今からクリエイティブな仕事に携われるとしたら、書くことくらいしか思い浮かばない。
文章なら、こうやって、私でも生み出せるじゃないか。

もちろん、最初からうまくいくなんて、思っていないけど、イメージはできる。解像度が高いって結構大事だと思うから。

話がいったりきたりで、まとまらないけど、
第一線で活躍する人は、やれ激務だ、給料がどうだ、みんなは就職してるのに、と言って周りと比べたりしない。
自分のありたい姿、目指したい場所をきちんと見据えて、そこに一直線に向かって突き進む。

吉田さんにインタビューしたわけじゃないけれど、彼の経歴を見て、私はそう勝手に拡大解釈した。

生半可な願望しか抱けなかった過去の自分。
今の状態がベストじゃないと分かっていながら、悶々としている現在の自分。

ここからどうやって進めばいいんだろう。
自分でも答えは見つかってない。
ただ、来年は書くことにおいて、一歩踏み出す。その気持ちが固まったから、それを行動に移すため、一人暮らしをすることも決めた。

見る人が見たら、亀のような歩みすぎてイラつくだろう。
おもいっきりが悪すぎて、自分でもうんざりしちゃうことが多々あるけど、それも私らしくて良いじゃないか。悩んでもがいてる状態こそ、人生って感じがして。笑

父との思い出を振り返るきっかけになったり、自分のキャリアについて考えさせられたり、多大なる影響力をかましてくる『鎌倉殿の13人』。

残り2ヶ月、片時も見逃せない。
ちなみに最終回は私の誕生日に放送予定で、勝手に運命感じてますw
最高の誕生日プレゼントを期待してます!!

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