城の中の城 2

 翌朝。
小鳥の声で目が覚めた。
窓から明るい光がさしこんできて眩しい!
カンタンに身支度を整えて食堂に行くと、昨日のメイドさんや初めて会うメイドさんがもう朝食を始めていた。

「おはよう。バイキング形式だから、好きなのを取ってね」
「はい!」
お腹が空いてたから嬉しかった。
あったかいふわふわのオムレツ、レタスとトマトの生サラダ、ジャガイモのポタージュ……

「美味しい!美味しい!」
どれもこれも野菜の味が活きててめちゃ美味しかった。
あれもこれも、と取って食べてたら隣のメイドさんにくすくす笑われた。
「ご、ごめんなさい。最近ちゃんと食べて無かったから」
最近はカップ麺かおにぎりでご飯を済ませていた。
彼氏の借金のことで頭がいっぱいで…ちゃんと自炊する余裕もなかった。
「良いよ。私も初めて来た時びっくりしたの。美味しくて。ここのシェフは凄ーく腕がいい」
最後に紅茶を飲んだ。ティーカップはウェッジウッドだ。
頷きながら、それを聞く。

食事の後、昨日のにゅーわな女の人(白井さんという名前なのだと言う)が来て、「奥様がお待ちです」
と言ってくれた。

緊張しながら、奥様のお部屋に向かう。
「大川ノアです」
ノックして、中に入った。

「大川さんね。よく眠れたかしら」
「はい」
何の話だろう。心臓がバクバクする。

「昨日ね、書類にサインして貰ったわね」
「はい。しました」
「ここがどんな場所か、知ってるかしら?」

??
有閑マダムの住む、キレイなお庭の大きなお屋敷じゃないの?

「ここは、私の理想のユートピアです」
奥様は窓の外を遠い目で眺めた。
「今は、メイドさんや白井さんの他に18人住んでいます。一時的に、ですが。皆、傷ついたりして生きてきた女の人です。つまり、ここはDVシェルターです」
あっ。
やっと気づいた。
昨日中庭ですれ違った女の人。子供はまあまあ元気だったけど、女の人はなんだか元気がなかった。
何処かから逃げてきた人なのだ。

「だから、個人情報や守秘義務が大切になります。わかりますね?」
私は深く頷いた。
「それから、自分の人生を大切にね。彼氏の借金は、彼氏の問題であって、貴女の問題では無いのよ。全く違うものだと、認識してね」
ちょっと寂しそうに、奥様は微笑んだ。
それを見て私は胸が痛んだ。
この人は……………私のことを本気で心配してくれているんだ。
親には相談出来なかった。
心配かけたくなかったから。

恥ずかしさ、情けなさでいっぱいになった。
「奥様、本当に本当に借金はゼロになったんですか?どうやってお金を返してくれたんですか?」
っていうか、見ず知らずの私を何故助けてくれたの?
どうして困ってるって知ってたの?!

奥様はちょっとびっくりしたように目を見開いた。
「そうね、不思議に思うのは当然でしょう。
お金は返しました。あれくらいの金額はなんとでもなります。私の娘は…ホストにハマって最後には裏切られ自殺しました。ありえない大きな額を貢ぐため、風俗で働いていたのよ。その他にも私の宝飾品を勝手にたくさん持ち出して売ったりしていました。
何故相談してくれなかったのか…悔しかった。母親として悲しかった。
もうそんな思いはしたくないのよ。
私の夢は世界中の女性が笑顔で暮らせる世界を作る事。
ここは小さい城だけど、私のお城です」
「………」
言葉が出なかった。
「弱い女性を助ける為、常に情報をあちこちに張り巡らせています。裏の社会の方ともたまにやり取りします。もちろん助けられない場合も多いです。そもそもあちらが助けを求めていない場合もある。囲い込みされている場合もある。だからこそ、もしもに備えていたいのよ」
「奥様……」

驚いた。
ホントに驚いた。
こんな上品なにゅーわな人からこんな言葉がポンポン出るなんて。
そして、娘さんのことも………

「ここでのお仕事は、逃げてきた人が快適に過ごせるためのお手伝いよ。手伝ってくれるかしら?」
「はい!やらせてください」
なんだか、やる気が出てきた。
高校を出てから、就職してリストラにあって。
その後は寂しかったり、満たされなかったり、心がザワザワしたりしてて。
そんな時オトコに頼ってしまった。
ホントはもっと自分のやりたい事や人生を探すべきだったのかも?

でも。彼氏が優しい時もあった。
同棲してて、凄く楽しいときもあった。
お互いのバイト先のファミレスにご飯を食べにいったり、バイクでツーリングしたり、お気に入りの映画を観たり普通のデートが凄く楽しかったのだ………。
寒い寒い冬。
身体をあたためあうみたいに一緒に布団に入るのは凄く幸せだった。

鼻の奥がツンとする。
でも、前を向いて歩いていかなきゃ。


まずは、先輩メイドさんに仕事を教わる。
貰った制服はごくシンプルな黒のワンピースに白いエプロンだった。
「私はタカミチです。よろしくね」
「こちらこそ!私は大川です。今日からよろしくお願いします」

まずは新しく来るゲストさん(このシェルターに来る女の人のことだ)のお部屋を掃除する。それ程は汚れてない。
なるべく隅々まで掃除した。

「念のため、シーツと枕カバーもかえときましょう」
タカミチさんは慣れた手つきでさっさっと作業する。

それから、たくさんある全部のトイレを回って掃除。
ここもそんなに汚れてなくて、いつも掃除してあるのが良くわかる。
トイレットペーパーと生理用品を棚に補充。
昼用のやつ、夜用のやつを半々にしてキレイに入れておく。

ここで、10時半になりいったん休憩になった。
「暑いわねー」
「ホントね」
休憩室でみんなで休憩する。
全部で八人。
他にも常勤じゃない人が二人いるんだとか。

20代の人、いくつかわかんない人、40代っぽい人。
色々いるけど、仲良い雰囲気だ。
「ねー、白井さんの給料っていくらくらいか知ってる?」
こそっと、そんな話題になる。女は噂話をしがちだ。
「しらなーい。けど、私達の3倍4倍くらいは貰ってるんじゃない?じゃないと、やってられないわよ」
「執事がわりだし、仕事量が多いものね」

「そんなに何でもやってるんですか??」
聞くと、白井さんは面接、面談、スタッフの相談、弁護士とのやりとり、屋敷の中の殆どのことを管理してるのだとか。
それから、DVを受けた人を助けに行く。
最寄りの駅までの送迎など。
ホントに凄い。
凄いな…逆に言うと、全部頑張ったらいっぱいお給料貰えるようになるのかな?
経済的に自立したい…。

プチ休憩は終わった。
栄養補給もかねて、生レモンから作ったレモネードを飲ませて貰った。凄く美味しい。

休憩後は、大広間や客室の掃除。
ルンバも使うけれど、段差があるところや部屋の端っこは埃がたまる。
手すりやドアノブもしっかり消毒した。

お昼からは、昼食休憩があった。
ご飯を食べてから、また似たような作業を行う。
動き回ると、結構汗をかく。でも、嫌な汗じゃなかった。働くのを楽しいと思えたのは久しぶりだ。
窓から紫陽花が見えてキレイだった。
六月だから雨は降ったりやんだりだ。

三日くらい前までは風俗で働くかもしれなくて目の前が真っ暗だったのに、おかしなもんだ。
人生不思議すぎる。
というか、私は運が良かったのだ……。


翌朝。
モモさんという人と、中庭の掃除をお願いされた。
落ちた葉っぱを竹箒とちりとりで掃除する。
モモさんはちょっと不思議ちゃん(?)で、歌を歌ったりしながらゆっくり作業していた。
幼い感じ、というか私より若い。18歳くらいだろうか。

雨が上がり、雲が忙しなく動いている。青い空が見えてまた雲で隠れていく。

コミュニティルームの前を通った。
大きなテレビが置いてあって、ソファもいくつか置いてある。
端には子供が遊べるスペースがあって、カラフルなレゴブロックやおもちゃが置いてあった。
頬に殴打跡があって痛々しい女の人がいた。
まだ精神的に回復していないのか、ぐったりしてソファに寝転んでるだけの人もいた。

見てはいけないものを見てしまったような気持ちにもなる。
前の前の彼氏はすぐ殴る人だった。
着のみ着のまま、親友のところに逃げ込めたから良かったものの…。


翌週も、翌週も仕事を教わりながらお屋敷での生活を楽しんだ。

Wi-Fiはたまに調子悪いものの、休みの日にネトフリで映画を観てゆっくりして過ごす。
たまに、ゲストさん(逃げてきた人)の子供さんとお庭で遊ぶ。
凄くリラックス出来た。
もちろん、外に遊びに行くのも出来る。

外の世界からはある程度拒絶されている。
タクシーで行き来すると結構かかるし、バスも使えなくはないけど、1.5時間に一本だから便利とは言いがたい。
週に二回、買い物担当の日があってその日に一緒に買いに行く。
なるべく色んなものを纏めて買っておく。
生活用品や食料品、飲料。それから消耗品。
ネット通販も便利だから化粧品とかはネット通販で買うことにした。


ゲストさんはちょこちょこ入れ替わる。
ここには最大三ヶ月しかいられないんだそうだ。
より多くの困ってる人を受け入れる為らしい。
戻ってきちゃう人もいるらしい。

メイドリーダーのタカミチさんも元ゲストさんなのだとか…。
今は元気いっぱいに働いていて、カッコイイ。
バリバリ働く女性はカッコイイな。
私もあんな風になれるかな。
タカミチさんは偶然「空き」があってここで働けたと言っていた。

DVを受けて逃げてきた人は、新しい仕事を探している人が多い。
子供がいる場合、育てて食べさせていかないといけないし。
働きやすくて、子供が熱出した時に休めるココは、理想的だ。

働くシステムも安定している。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?