財布を無くした話

年々冬鬱傾向にあり冬という季節に身構えてしまうようになっていたが、今年は暖冬だからか随分と元気に過ごしていた。
しかしここ数日は脳みそから顔面にかけて灰色の重たい雲がかかっているようで、これが冬のせいなのか私生活の色んな出来事のせいなのか、どちらかというと後者な気がするけれど冬のせいだとしてしまった方が諦めがつくのでそういうことにしておく。

1月に財布をなくした。
これまでに財布を無くした記憶は特に思い当たらないので、おそらく今回が初めてのことだったのだと思う。
普段から丸一日財布を使わずに過ごす日も多かったのだが最近は特にキャッシュレス還元のこともあり、交通系ICカードやPAYで支払ったりと財布を家に忘れても気がつかないで過ごしていることが多かった、なので今回財布がないと気付いた時も家に置いてきたのだと思い特に焦ることなく過ごしていた。
その日は実家に帰る用事があったのでそのまま実家に泊まり、次の日の夕方に自分の住むアパートに戻ってみると財布が見当たらず、そこでようやく焦り出した。
その日は夜からある作品の制作作業の予定が入っていてスタジオに行く予定だったので、時間ギリギリまで部屋を探しひとまずポーチにお金を入れて駅へ向かう。
電車の中でクレジットカードの連絡先を調べ電話をし、利用を止めてもらう。窓口の方の対応は不憫なこの状況への寄り添いと焦る私を安心させてくれるしっかりした対応とが伝わってきて流石だと思いつつ、こういう状況にも慣れているんだろうなとも思った。
財布には運転免許証・保険証・キャッシュカードも入っていたので無くしてみて自分の三分の一くらいが失われたような心地だった。自分の存在は身だけでは、少なくとも社会的には、成り立たない。
自分がうっかりしていることは重々承知なので変なところからひょっこり出てくるものだと思っていたら3・4日経っても見つからず、自身の中にぽっかりと生まれた空虚感を、その空いたスペースをどうすることも出来ずに持て余していた。
自分が軽くなって、軽すぎて地面から浮いてしまったようだった。地面に足がつかない人間は見えなくなってしまうのではないか。不安と無力感とでなんだか何にも手がつかず過ごす。

財布が見つかったと連絡が来たのは財布を無くしたと気付いてから5日目だった。アウトリーチで訪れていた施設に落としていたのを職員さんが見つけてくれた。
ピンクの財布だと伝えていたのが連絡が遅くなった理由の一つらしかった。使いこんで良い感じに変色した皮財布は人から見ると茶色いということが分かった。
警察署に電話をすると受け取りの際に身分証を持ってくるよう言われる。それを落としたんだと言いたかったがパスポートがあったので黙ってそれを持っていくことにする。

出てきた財布には自分が思っていたよりも3倍近くの現金が入っていた。

無くした金だと思うと得した気持ちになり、何か有意義に使おうと2月の舞台の予約を沢山入れる。

もし本当に財布が出てこなくても多分どうにかなるようになるしかなくなったのだろうけど、自分が生きていける自信が無くなることがよく分かったので本当にもう財布は無くしたくない。身体感覚は財布の質量以上に変わるんだと身をもって体験した。こんなに落ち込んだのも冬のせいにしたい。

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