見出し画像

あいつ

一体いつからだろうか、ぼくがあの気配に気がついたのは…。
今思い返せば、あの気配はあいつの葬式からの帰り道から始まったと思う。

これといった特徴のないぼんやりとした地方都市でぼくは育った。高校でいつも一緒につるんでいたあいつ。終業のベルが鳴るやいなや校門から抜けだして、錆びついたアーケードに覆われた小さな繁華街の中を徘徊していた。当時はまだ目新しくてクールに感じたドーナツカフェ。安くて美味しいラーメン屋。いつも学生にはオマケをしてくれたお好み焼き屋。禁止されていた喫茶店。

スポーツとか音楽とか勉強とか放課後の時間を費やしたいものがなかったぼくたちは、なんとなく意気投合して学生時代をあてもなく一緒に彷徨っていた。膨大な時間を一緒に過ごしたけれど、高校を卒業してからは自然と連絡をとらなくなった。二人とも東京にある学へ進んだのに、だ。

でも年賀状のやり取りだけは続いていて、あいつの存在は感じていた。やがてぼくらは社会人となり、就職先や転居先は連絡しあったけれども、その後ぱったりと連絡をしなくなった。あいつの存在は、高校時代の他の友人との会話で窺い知る程度だった。そして会社で後輩がつくようになり仕事が忙しくなって、あいつの存在はぼくの片隅の奥深くへと沈んでいった。

ある日、桜の花が咲き乱れる通勤路を歩いているときにあいつの訃報を聞いた。事故に巻き込まれたとかでなんともあっけない亡くなり方だったらしい。あいつの実家で葬式があるから帰省を兼ねて出席しないかと友人に誘われた。特に断る理由も見つからず、実家にもしばらく帰っていなかったので、新幹線のチケットをとった。家へかえると電話したら、母親のウキウキした声がぼくの耳に響いた。

葬式へ向かう車中で友人たちが高校時代の思い出話に花を咲かせているのをぼんやり聞きながら、川沿いの堤防に咲き乱れる桜の花を眺めていた。あいつの実家へ着き両親へ挨拶をし、祭壇に飾ってある遺影を見上げた。高校当時の面影の上に大人びたシリアスな表情を纏ってぼくを見下ろしていた。プライベートの写真が全くなくて数年前に会社で社員証用に撮った写真とのことだった。

あいつの両親に勧められるまま、友人たちと畳の部屋に設られた寿司や野菜の煮物にビールとお酒が並んだ座敷机についた。あいつの高校時代の当たり障りのない話を、あいつの親族や会社の同僚と酒と共に交わしほろ酔いになった。やがてぼくらはかしこまった空気に息苦しさを感じ、丁寧にお悔やみを伝えてあいつの実家を去った。

鬱々とした気分とかしこまった空気を振り払いたくて、僕たちの足は自然と繁華街の居酒屋へ向いていた。ガヤガヤとした気楽な空気の中であいつが、“大学を首席で卒業し、大企業にスカウトされて就職。大学でも会社でも頭がキレるのに偉ぶることもなく人当たりも良くて、会社ではエリートコースに乗っていて将来を期待されていた“と知った。一緒に繁華街を彷徨っていた時に、“特に将来の目標とかやりたいことはないんだ“と、気だるそうに語ったあいつの顔を思い出した。

あいつの変わりようを聞いて何だか気分が重くなり、ほろ酔いが本酔いになる前に居酒屋を抜け出した。地方都市の繁華街はすでにほとんどの店がシャッターを下ろしていて、ポツポツと灯る居酒屋やスナックの看板が暗闇にひっそりと咲いていた。静まり返った繁華街を抜けて、街のはずれの城壁跡に辿り着いた。

夜風がアルコールで暖かくなっているぼくの頬をひんやりと撫る。暗闇の城壁跡で咲き乱れる桜に誘われてそこへ続く道へ足を進める。ぼくのひそやかな足跡とサラサラとした風の音が闇に響いている。桜の花びらがまだ冷たさを纏った三日月の光を受けて雪のように舞っている。と、不意に突風が吹き、木々が囂々と唸り、吹雪がぼくの周りを包む。

その中に何かの気配を感じたような気がした。が、“飲みすぎたかな“と、夜空を見上げた。

葬式後すぐに実家から去るのは少し気が引けて数日両親と過ごしたが、仕事を口実に早々に東京へ戻った。アパートのドアを開け殺伐とした部屋を見渡し、荷物をベッドの横へおろした。と、その時、また気配を感じた。何かのスイッチが入って、電波が放たれているような感覚。まだテレビも電気も点けていないのに。“疲れているのかな“と自分の気持ちを覆うように声を出した。

翌日には東京での日常へすっかり戻っていた。あの気配が度々やってくることを除いては。残業後に地下鉄の電車を待っている時。またある時は飲み会の後の夜道で。でも気配以外はどうってこともなく、あまり気を払うことはなくなっていた。

そんなある日今度は誰もいない残業中のオフィスの中だった。あの電波の気配がヒタヒタと迫ってくる。ぼくのデスク周り以外は節電のため電気が落とされているオフィスを見回す。またそのうちにいつものように気配がなくなるだろうと、パソコンのモニターに再び目を向ける。

とオフィスの一角にぼんやりとした光が現れているのがモニターに映っている。ドキドキしながらその方向へ目を向けると、SF映画で見たようなホログラムの人影がぼんやりと現れた。なぜか懐かしい感覚が湧き上がり、そのホログラムのそばへと誘われる。

そのホログラムの中に目を凝らすと、運転席から走行中の道路を見ている映像が写っている。周りは車やトラックがぎっしり詰まっていて、下の方に見えている車のハンドルを握る手が、少し震えているように見える。前には大型の長距離トラックの後ろのドアが見え、安定した速度で走っている。と、突然アクセルをふかす音が響きトラックの後方のドアが視野の中でどんどん迫ってくる。思わず目をそらした瞬間に衝突音が鳴り響いた。恐る恐る目を戻すと、映像全体にノイズが走っていて、やがて映像が途切れた。

“あてもなく彷徨う毎日に戻りたかったんだ“
あいつの声がぼくの頭の中で響き、ホログラムの人影が闇の中へ消えていった。

#2000字のホラー

サポートありがとうございます🙏 いただいたサポートで取材と制作を進めることができます。