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社会主義と保守主義の相違点(1)

 戦後の日本ではアメリカに占領されたこともあり、右も左も「自由主義への接近」を試みました。特に冷戦後はそれが活発化しました。
 本来保守主義を掲げるはずの右側が「新自由主義」を掲げ、本来社会主義を掲げるはずの左側が「リベラル派」と名乗る、という現象が起きたのです。新自由主義も自由主義の一種ですし、リベラル派も自由主義の一形態です。
 言い換えると、ここ二十年ぐらいの日本の自称右派と自称左派と言うのは、アメリカの共和党と民主党の代理戦争をしていたに過ぎないのです。アメリカは右派も左派も自由主義を否定していないので、日本でも右から左まで、それどころか政治に関心のない人間までもが「自由主義=何となく良いもの」と認識してしまっています。
 しかし、言うまでもなく右翼・保守界隈の中には自由主義に懐疑的な「保守反動」の人間も存在しますし、左翼の中で社会民主主義を唱える人間は未だに少なくありません。
 ただ、今後懸念されることは、どちらも「富の公平な分配」を掲げる保守主義と社会民主主義について、外見上の区別が付きにくくなることです。
 そもそもマルクスとエンゲルスの共著『共産党宣言』には「反動社会主義」の項目がありますが、そこで述べられているのは保守主義そのものです。
 即ち、『共産党宣言』では「反動社会主義」の類型として「封建制社会主義」「小ブルジョア社会主義」「ドイツ社会主義」とを掲げ、「封建制社会主義」の例としてフランス王党派と青年イングランド党を挙げており、小ブルジョア主義では自営業者や農家による資本主義への反対運動を、ドイツ社会主義ではカール・グリューンを、それぞれ例として挙げています。
 カール・グリューンは左翼の人間と一般に認められていますが、フランス王党派は日本で言うと『大日本帝国憲法』の復原・改正を訴える勢力ですし、青年イングランド党とは保守党のディズレーリの派閥のことです。さらに自営業者や農家と言った「小ブルジョア」とは、まさに我が国では保守派の支持母体であった勢力です。
 ここでマルクスやエンゲルスが王党派やディズレーリと言った典型的な保守派を「反動社会主義」と呼んだことは、極めて示唆に富みます。つまり、マルクスやエンゲルスにとっても保守主義と社会主義の区別は極めて曖昧であったのです。
 無論、マルクスやエンゲルスの掲げた「科学的社会主義」(共産主義)と保守主義が異なることは明白ですし、彼らも『共産党宣言』でその立場から「反動社会主義」(保守主義)を批判しています。が、今や必ずしもすべての左派がマルクス主義者と言う訳ではなく、共産党員の中でも『資本論』を読んでいない人がいるという“都市伝説”があるぐらいですから、保守主義と社会主義の区別は愈々曖昧になりつつあるのです。
 さらに言うと、我が国の政界でも明らかに保守主義者である浅沼稲次郎先生が日本社会党の委員長をしていたことに象徴されるように、政治家の間でも保守主義と社会主義との垣根はしばしば流動的でした。
 さらに一部の人からは「極論」と言われるかもしれませんが、私にとってはルーマニア共産党のニコラエ・チャウシェスクは保守派であり、尊敬する政治家の一人です。
 逆に我が国の左翼勢力は、チャウシェスクに対して極めて低評価です。チャウシェスクの失脚が欧米の援助を受けた勢力によるクーデターであって、決して民衆蜂起等ではないにもかかわらず、彼らはチャウシェスク政権の崩壊を「ルーマニア民主化」と呼ぶ始末です。
 この辺りに、保守主義と社会主義の本質的な違いがあります。表向き共産党に所属していても、チャウシェスクが社会主義者から評価されなかった理由は、チャウシェスクが生命尊重派であったからに他なりません。(続く)


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