「最後にして最初の人類」

作曲家ヨハン・ヨハンセン(知らない)が監督したフィルム「最後にして最初の人類(Last and First Men)」(2021年・アイスランド)。Amazonプライムにて。

ずっと、旧ユーゴスラビアの廃墟となった巨大な建造物を次々と映して、ソコにヨハンセンの重いアンビエントなサウンドが奏でられて、叙事詩のような朗読が入るというだけの退屈なフィルムだ。

アーサー・C・クラークのSF小説が原作という。

前衛もいいけどさ、もっと視聴者のことを考えてよ(笑)。まあ、BGMとしては良いかも。

なぜ、道を極めたと思われるアーティストの多くは、揃ってアポカリプス(終末、黙示録)を表現したくなるのだろうか?キューブリックもタルコフスキーもスコットも、この作曲家も、表現は行き着くところ、終わりでしかないということだろうか?

確かに、この世界、例えば宇宙は、遠く光も届かないところまで行くと、人間の思考の限界が訪れるとは思うけど、限りある思考の範囲で神のような宗教的概念に頼ったとしても、始まりと終わりを超えた、ある種、極北のような虚無感に陥ってしまうのだろうか?でも、所詮、人間は神を持ち出さざるを得ないものだと思うがね。

「私たちにできることは、残りの命の限りを尽くして、気高く最期を迎えることのみ」ってのはその通りでしょう。

人類は虚無感に支配されると、癒しと強さを求めるもので、それは危険でもあると思う。つまり癒しはカルトで、強さは戦争だ。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。