見出し画像

「道成寺」(18歳以上向け)

【安珍と清姫の伝説】
 奥州白河より安珍という僧が熊野に参詣に来た。この僧は大層な美形であった。紀伊国牟婁郡真砂の庄司清治の娘、清姫は、宿を借りた安珍を見て一目惚れし、夜這いをかけてこれに迫った。安珍は僧の身ゆえに当惑し、必ず帰りには立ち寄ると口約束だけをしてそのまま去っていった。約束の日になっても安珍は来ない。欺かれたと知った清姫は怒って追跡をはじめるが、安珍は神仏を念じながら逃げた。安珍は日高川を渡るが、清姫も河川に身を投じて追いかけた。蛇体と成り変わり日高川を泳ぎ渡った清姫は、日高郡の道成寺に逃げ込んだ安珍に迫った。梵鐘を下ろしてもらいその中に逃げ込む安珍。しかし清姫は許さず口から火を吹きながら鐘に巻き付いた。因果応報、哀れ安珍は鐘の中で焼き殺されてしまうのであった。安珍を滅ぼした後、本望を遂げた清姫は、道成寺と八幡山の間の入江のあたりで入水自殺したといわれている。

 紀伊国日高郡の道成寺では、長らく鐘楼に鐘がつられないままであったが、再び新しい鐘が鋳造され、春爛漫のある日、落成の法要である鐘供養が執り行われることとなった。住職は、訳あって鐘供養の場には女性を絶対に立ち入らせないようにと、寺の者たちに命じた。
 鐘供養が執り行われている最中、一人の白拍子が寺を訪ねてきた。寺男の一人が応対し、今日だけは女性を寺の中に入れることはできないと告げた。白拍子は、是非とも供養の舞を舞わせて欲しいと寺男に懇願した。白拍子は、長く艶やかな黒髪に、色白で面長の気品のある顔立ち、そして切れ長の目には長い睫毛と大きな漆黒の瞳をたたえていた。彼女にすっかり魅入られてしまった寺男は、独断で彼女を寺の中に入れてしまった。
 満開の桜が辺りを彩る春の夕暮れに、白拍子は烏帽子を付けて、鐘楼の基壇に上がると、鐘を前に舞を舞い始めた。鐘供養のために集まっていた人々は、突然現れた彼女の姿に驚いたが、彼女が舞い始めると、すっかりその様子に魅入られてしまい、誰もそれを止めようとはしなかった。
 白拍子は足踏みをしながら、鐘の周りを巡るように舞い続けた。そのリズミカルな動きに、観ているものも心躍り、まるで伴奏の太鼓が鳴っているかのように感じていた。彼女の動きのテンポも次第に速くなってきて、観客の興奮と熱気も最高潮に達したかと思われた時に、不意に彼女は飛び上がり、その身は鐘の中に吸い込まれた。一同ははっとしたが、次の瞬間、鐘を釣っていた綱が切れ、大きな音を立てて鐘が落下した。
 鐘楼の周りは騒然となった。騒ぎを聞きつけて急いでやってきた住職は、落下して基壇の上に鎮座している鐘の姿を目にした。寺男の一人が鐘に触れようとしたが、その表面は高温になっており、あわてて手を引っ込めた。
「誰か、女性を中に入れたか!」
 住職は叫んだが、周囲の人々は視線を下に落として押し黙ってしまった。鐘は熱気を帯びており、禍々しい邪気を放っているようであった。
 住職は、この寺に伝わる「安珍と清姫」の伝説を語り、鐘の中に入った白拍子は清姫の怨霊に相違ないと言った。
 鐘は熱を帯びているので誰も触れることができず、住職をはじめとする僧たちや、法要に集まった人々は、なすすべもなく鐘の様子を見守っていた。日も落ち、あたりはすっかり暗くなっていた。あたりを照らすためかがり火が炊かれたが、その炎の光が鐘の表面に反射して、妖しくゆらめいた。

 するとそこに、修験者の装束を身にまとった男がやってきて、基壇の前まで進み出た。しばらく様子を見ていたが、やがて振り返り、人々に向き合いながらこう言った。
「拙僧は高野山の行者、慈覚と申す者。ただならぬ妖気を感じ、急ぎここまで参った次第」
 彼は今一度、鐘の方に目をやり、さらに続けた。
「これはあなた方の手に負える代物ではない。このままだと、月の霊気を取り込んだ怨霊がやがて鐘から出でて、全山が炎に包まれましょう」
 人々は畏れおののいたが、彼はつとめて冷静に続けた。
「拙僧に手を貸していただきたい。まずは鐘楼の周囲に結界を張る。拙僧が結界の中に入って退魔の行に入るので、あなた方はここから離れて山門の外で控えておられるが良い」
 人々は慈覚と名乗る僧の指示に従い、鐘楼の周囲を注連縄で囲った。準備が整うと人々はその場から離れ、山門の外に出てから事態の推移を固唾を飲んで見守った。慈覚は人々がみな退避したことを確認すると、注連縄の結界の中に入り、鐘の前に坐禅を組み、印を結んで読経を始めた。
 しばらくすると鐘が音を立て、小刻みに揺れ始めた。慈覚が詠唱を続けると、鐘はゆっくりと浮び上がり始め、中から巨大な蛇が姿を現した。それはゆっくりと慈覚の方ににじり寄って来て、その身体が完全に鐘の外に出たところで、鐘は再び大きな音を立てて落下した。
 蛇はその身体で慈覚の周囲を取り囲むと、慈覚の目の前に鎌首をもたげた。蛇の口からはかすかに火が吹き出しており、あたりには硫黄の臭いが漂った。
「裏高野の退魔師風情が、このわらわに相対するとは、見上げた根性だわ」
 蛇は慈覚を威嚇するように言ったが、彼は微動だにせずに経の詠唱を続けた。
「このままお前を焼き殺すも、丸呑みにするのもたやすいこと。しかしそれではつまらないわね」
 そう言うと蛇は慈覚の側から離れ、彼の目の前でとぐろを巻くと、一瞬のうちに白拍子の姿に変わった。そして烏帽子を脱ぎ、長い髪をひらめかすと、こう慈覚に告げた。
「試合をしましょう。お前がわらわを満足させたら、お前の勝ち。わらわは大人しく退去しましょう。わらわが満足する前にお前が落ちたなら、わらわの勝ち。お前を丸呑みにしてやりましょう」
 慈覚は視線を彼女に向けて目を合わせ、経の詠唱を止めるとこう答えた。
「清姫様、つつしんでその勝負、お受けいたす」

 修験者の装束と白拍子の装束が重ねられて褥となり、その上で、清姫の白く透き通った肌と慈覚の浅黒く精悍な肌、ふたつの裸体が絡み合っていた。両者は「二つ巴」のような体勢となり、下で仰向けになった慈覚に、清姫が上からうつ伏せにまたがった。慈覚の一物は硬くそそり立ち、表面には筋立った血管が走っていた。清姫はそれを口に含み、規則正しく首を上下させてねぶった。じゅぼ、じゅぼ、と湿った音がもれた。かたや慈覚は、自分の顔の上にかぶさってきた清姫のめしべを舌で愛撫し続けた。しばらくふたりはお互いの秘部をむさぼり続けたが、やがて清姫の背中が汗でしっとりと湿ってくると、清姫は自分の股の間を慈覚の顔に押し付けた。慈覚は息苦しさとむせ返るような秘花の香りに溺れた。
「そろそろ入れるわね」
 清姫はそう言うと腰を浮かし、四つ這いのまま少し前方に進むと、慈覚の一物に手を添え、その先端からゆっくりと自らの蜜壺の中に飲み込んでいった。
「ああ……当たっている……」
 清姫はその体勢のまま腰を上下させた。その背中にはさらに汗が浮かんできた。しばらくして慈覚は身を起こすと、背後から清姫を抱き起こすような体勢となった。そのまま彼は彼女の胸を後ろからつかみ、さらに彼女の耳元に息を吹きかけた。慈覚は酸っぱいような、かすかに鼻をつく香りを感じた。
 その体勢のまま、慈覚は腰を規則正しく突き上げ、それに合わせて清姫もリズミカルに跳ねた。しばらくして、
「……そなたの顔が見たい」
と清姫が言うので、慈覚は腰の動きを止めた。清姫はゆっくりと彼の一物を引き抜き、最後にかすかに「あっ」と声を上げると、彼の方に向き直って、ふたたびその一物の上にまたがった。
 清姫は慈覚のくちびるにむさぼりつき、お互いの舌を絡め合った。二人はしばらく互いに腰を動かし合ったが、やがて慈覚は清姫の腰を抱え上げると、そのまま立ち上がった。清姫はたくましい慈覚の身体にしがみついたが、慈覚は軽々と清姫の身体を抱き上げ、つながったまま腰を何度も突き上げた。
「あっ、あっ、あっ……」
 清姫は規則正しくあえぎ声を上げ、顔もすっかり紅潮したものとなった。慈覚は、酸っぱいような香りをより強く感じた。
「……慈覚様、どうかご一緒に……」
 清姫は懇願するように言った。
「清姫様、御意のままに」
 慈覚がそう答えると、清姫はぐっと身体を反らせた。慈覚はその身体をしっかりと支えた。慈覚は、清姫の奥に入っている自身の一物が何度も締め付けられるのを感じた。その様子を確認すると、慈覚はその精を清姫の深部までたっぷりと注いだ。

 ぐったりとした清姫を抱え上げたままの慈覚は、ゆっくりと腰をかがめ、彼女を褥の上に下ろした。そのまま彼女の上体を横たえようとすると、彼女は慈覚にしがみつき、さらに脚を彼の腰に巻きつけた。
「まだ抜かないで……もう一度……抱いてくださいませ、慈覚様」
 慈覚はまだ清姫とつながったままであったが、その活力は衰えていなかった。
「……清姫様、失礼仕ります」
 慈覚はそのまま清姫を組み伏せると、清姫の唇を吸い、それに合わせて彼は腰を動かし始めた。二人がつながっているところからは、彼女の愛液と彼の精液が混じり合っては溢れ出し、淫靡な湿った音を立てた。
 先ほど絶頂に達したばかりの清姫であったが、ふたたび快楽の波に飲まれていった。
「ああっ……慈覚様!」
 清姫はさらに力強く慈覚の身体にしがみつくと、自分の身体の中に入っている慈覚自身を包み込んだ。彼自身も脈動し、ふたたび彼女の中に精を注ぎ込んだ。

「わらわは負けました。約束どおり大人しく退去いたしましょう」
 清姫は慈覚の胸に顔を寄せながら、しんみりした声で言った。
「慈覚様……そなたのような素晴らしいおのこに出会えたこと、わらわは感謝しています」
「清姫様……拙僧の方こそ、清姫様のような美しい女性と手合わせできたこと、光栄に存じます」
 慈覚は清姫の長く美しい髪を撫でながら答えた。
「わらわも、安珍のように見栄えは良くても、粗末なモノしか持たないおのこに執着していた自分が恥ずかしくて仕方ないわ……もっと早くそなたに出会えておれば良かった」
「拙僧も同じ思いです。惜しむらくは、清姫様がこの世に生を受けた頃はまだ拙僧は生まれておりませんでした」
「ふふっ……それもそうね」
 そう言うと、さらに清姫は何か言いかけようとしたが思いとどまったようで、しばらく沈黙した後、すっと立ち上がった。
「わらわは行きます。慈覚様、ごきげんよう」
 そのまま清姫は一毛もまとわぬ姿で歩みを進め、結界を越えたところで「ふっ」と姿を消した。後には、白拍子の装束と彼女の香りだけがその場に残された。
「清姫様……」
 慈覚は法衣をまとって姿勢を正すと、清姫が消えていった方向に向かって経を唱え始めた。他に誰一人いない境内に、彼の読誦が静かに響いていった。

【注釈】
・ この物語は能の演目「道成寺」を下敷きとしている。この演目は、もともと紀州道成寺に伝わっていた「安珍と清姫の伝説」(本編の冒頭のもの)に取材し、その後日談として再構成された物語である。歌舞伎の『京鹿子娘道成寺』や琉球組踊の『執心鐘入』はこの能の演目をアレンジしたものである。

・ 白拍子とは、平安時代から鎌倉時代に、今様や朗詠を歌いながら舞を舞った男装の女性や子供のことである。元々は神に仕える巫女が布教の行脚中に舞を舞ったものが、やがて芸能を生業とする白拍子に変わった。白拍子はしばしば遊女として売春も行ったが、貴族の屋敷に出入りすることも多かったため、その寵愛を受けた者もあった。後白河天皇の今様の師となった乙前や、源九郎義経の愛妾となった静御前も白拍子であった。

・ ここで清姫が舞ったのは「乱拍子」と呼ばれるもので、特殊な足踏み(ステップ)が特徴的な舞踊であり、民俗芸能の中にはその要素を残しているものがある。能でこの特殊な舞を舞うのはこの演目のみであり、師匠の免許を必要とする習物のひとつとされる。

・ 裏高野とは、弘法大師空海を祖とする真言宗(真言密教)総本山の高野山金剛峯寺に存在する組織であり、一般にはその存在は秘匿されている。この世から魔を祓うことを目的としており、密法によって魔を祓うのが退魔師であり、慈覚はその一員である。

・ 清姫は真砂庄司清治の娘とされるが、庄司とは紀伊熊野の八つの庄(荘園)を管理する熊野八庄司のことである。もともとは荘園領主の命によって雑務を担うのが庄司であったが、やがてその多くは土豪化した。なお『道成寺縁起』では、清姫は真砂の清次(清治)の「娵(よめ)」と書かれているが、もしそうであったなら、より悩ましい物語となるだろう。

・ 能の『道成寺』では、蛇となった清姫は僧侶らの必死の祈りの果てについに退去し、日高川に身を投げるという結末を取る。幾年を経ても成仏できない清姫の業の深さ、救われなさを表現した物語となっている。一方で本編では、清姫は自発的に退去しているので救いがある。清姫は慈覚との「試合」に満足し、安珍への執着を断ち切ったようであるが、慈覚に対して若干の未練のような感情をほのめかしているので、必ずしも成仏した訳ではなさそうである。また数十年、数百年経った頃に、ふらっと美女の姿で現れるのかもしれない。



 



 


 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?