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『梅壺物語』関連年表
以下は『梅壺物語』に関連する事項の年表です。作者の忘備録として作成したものですが、物語の背景を理解する一助となれば幸いです。
【年表】
1168年 京の君、大納言平時忠の娘として生まれる。
1185年 京の君、源九郎判官義経に嫁ぐ。同年、侍女しのぶが京の君の身代わりとなって殺害される。京の君としのぶの母おわさは、密かに京都北白川の尼寺に匿われる。
1189年 義経、頼朝によって奥州平泉で討たれる。京の君とおわさ、出家する。
1247年 京の君、梅坪寺(梅壺寺)で死去(享年80歳)。
1825年 梅壺寺の住職、玲月尼が制作する陶器「玲月焼」が評判となる。
1846年 お露、江戸の呉服屋の娘として生まれる。
1862年 お露、新三郎の描く浮世絵のモデルとなる。麻疹の大流行が起こり江戸で23万人が死亡する。
1863年 お露、娘を生む。娘はお露の「妹」として育てられることとなる。
1867年 明治維新。江戸は東京となる。お露は両親から実質的に家業を受け継ぎ、事業の中心を生糸の輸出と木綿の輸入に転換し、成功をおさめる。
1886年 梅子、東京の繊維商社の創業者一族の娘として生まれる。
1899年 川上音二郎一座、渡米して現地で興行を行う。音二郎の妻、貞奴が舞台に立ち、絶賛される。翌年にはパリ万博でも公演を行い大成功をおさめる。
1902年 お露、病気のため死去(享年57歳)。梅壺は梅子に引き継がれる。
1904年 梅子、家を出て芸妓となる。
1908年 梅子、情夫を殺害した容疑で逮捕される。
1912年 明治天皇崩御。
1914年 梅子、ある男性と結婚し東北地方の農村に移り住む。
1915年 桃、生まれる。
1919年 梅子、スペイン風邪のために死去(享年34歳)。その夫も間もなく死去し、桃は親戚に引き取られる。
1931年 昭和恐慌と冷害による大凶作のため、東北地方では農家の娘の身売りが相次ぎ社会問題となる。桃、東京の遊廓に身を置く。
1933年 桃、ある人物の内縁の妻となる。
1945年 東京大空襲。遊郭も全焼し、梅壺の行方はわからなくなる。
2018年 70数年ぶりに梅壺の存在が確認される。骨董市で売られていたものをある女子大生が購入。
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