見出し画像

熟達化と状況認識(Situation Awareness)

「熟達」ということば、そのものについてはあまり馴染みが深くない人のほうが多いかもしれない。実は私も「熟達」ということばをきいたのは、認知心理学の授業を受けてそのキーワードを聞くまで耳にしたこともなかった。

「習熟」「熟練」「成熟」「熟達」でそれぞれGoogleで検索に引っかかる件数を見てみるとこんな結果になる。

成熟や熟練などと比較すれば100分の1くらいの使用頻度である。Googleの件数がその言葉の一般性を証明するものではないものの、やや「熟達」は専門用語によっている。

熟達とはなにか?

「熟達」と辞書で引くと、「熟練し上達すること」と書かれている。認知科学では「Expertise」という用語で、特定の分野に特化したエキスパートが、なぜ初心者とは異次元のパフォーマンスを発揮できるのか?という問に答えるため、その変化のプロセスをたどる研究分野だ。

焦点が当てられる「パフォーマンスの変化」

熟達化のプロセスの中で最も重視されるのは、世界的な体操選手やテニスプレイヤーの「身体的なパフォーマンス」や、ジェスのグランドマスターの「意思決定」である。

彼らのパフォーマンスの変化は、十分に成熟した分野である、「体操競技」「テニス」「チェス」「将棋」などでは、ある一定の規則性を持ってたどることができると、エリクソンは述べている。

どの熟達化研究もこの「パフォーマンスの変化」にフォーカスを当てることは当然のことであることは想像に難くない。しかし、ここに更にもう一つ重要な概念として「状況認識(Situation Awareness)」を提示したのは、科学者マイカ・エンズリーだ。

状況認識(Situation Awareness)

状況認識を彼女はこのように定義する

"the perception of the elements in the environment within a volume of time and space, the comprehension of their meaning and the projection of their status in the near future" (Endsley, 1988)

1.時間的・空間的に周囲の環境から情報を仕入れる
2.それらの意味を解釈する
3.それらがこれから近い未来にどのようになっていくかを見出す
これらがダイナミックにつながる一連のプロセス

という具合に3つのレベルに分かれていることが示唆されている。

レベル1:情報を仕入れる(Perception)

「何を見て」「何を捨てるのか」、どの情報を仕入れて、どの情報を無視するのかということが最も重要な最初の段階になる。

例えば、野球選手はバッターボックスに立った時、ピッチャーのフォームに注目する。視線計測の研究によって「超一流の選手」と「素人」の間で見ているポイントが大きく違うことがわかっている。

つまり、超一流の選手は最も注目すべきポイントが分かっていて、そのポイントを見ることが体に叩き込まれている。

情報を仕入れる時点ですでに初心者と熟達者では異なる。

レベル2:解釈する(Comprehension)

得た情報を取り入れた後は、その意味を解釈する。

超一流のプロ野球選手は、ピッチャーのフォームを見て瞬時にどんなボールか見出すことができる。また、テニスプレーヤーも同様に相手のラケットのスイングによってコースと回転とスピードを瞬時に解釈することができる。

体操競技も同様に自分の体の動きから得た情報を元に修正が必要な場合かどうかを判断している。

情報を仕入れた後におこなう解釈も、初心者と熟練者では大きく異なるのだ。

レベル3:見出す(Projection)

解釈を行った後は、その後、どの様になるかを予測することができる。

一手、二手、三手、ひいては更にその先まで予測を行うことのできる超一流の選手の技能。プロのテニスプレイヤーも多くは先まで読んだ上でその時点のパフォーマンスを発揮している。

解釈を行えば自ずと予測も頭に浮かぶのだ。

全体のモデルを上記のようにして図解している。特に重要なのは中心の「状況認識」の部分。状況認識から意思決定を行い、パフォーマンスの実行から、フィードバックのこの一連のサイクルをシステム面、個人面からサポートをかけていくことで熟達化は進行する。


初心者と熟達者の状況認識の違い

エンズリーは初心者と熟達者の状況認識がどのように異なるかを下のようにまとめている。

初心者は状況認識に困難さを感じ、熟達者は状況認識を迅速に行うことができる。

それぞれを分解していくと、初心者は「限定的にしか自分の頭をつかうことができない」のに対して、熟達者は「状況を一般化し、理想状態をイメージしつつも自動的にパフォーマンスを発揮できる」状態にあることがわかる。

実際に身体能力の大きな差もある可能性も高いが、「適応」の極地にあるものが「熟達」なのかもしれない。

そう考えると「適応の極地」になぜ、創造性に富んだ異次元のパフォーマンスがあるのか、気になるところだ。


(図)Endsley, M. R. (2006). Expertise and Situation Awareness. In K. A. Ericsson, N. Charness, P. J. Feltovich & R. R. Hoffman (Eds.), The Cambridge Handbook of Expertise and Expert Performance (pp. 633–651). New York: Cambridge University Press.より


ただ続けることを目的に、毎日更新しております。日々の実践、研究をわかりやすくお伝えできるよう努力します。