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吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜⑨
屋上へ上がる、と言った針太朗たちを制して、生徒会長の東山奈緒と中年の男性警備員は、一年生の二人が居る裏庭の駐車場に降りてきた。
「怪しい修道服のオンナが、屋上で暴れているという通報があって、見に来たんだが……君たちは、なにか見なかったかい?」
「はい……ものすごい勢いで、裏庭の奥の森みたいな場所に逃げていきました」
針太朗は、屋上から声をかけてきた奈緒たちと会話を交わす間に視界の端でとらえたオノケリスと思われる四つ脚の獣が姿を消した木々の方を指差す。
「そうか、わかった。おそらく、あのシスターの格好をした外人さんだな。退出の手続きもせずに、いったい、何処に行ったんだ? 下手すりゃ、学内総動員で校内探索だぞ……」
警備員は、頭を掻いて、愚痴るようにつぶやきながら、警備室へと戻っていく。
陽が落ちて、しばらく経過し、宵闇に包まれた裏庭は、すでに暗がりとなっており、背中の部分が裂けているのを針太朗のジャケットで覆っている仁美の制服姿について、中年の警備員は、特に違和感を覚えることはなかったようだ。
「とりあえずは、一段落と言ったところか……取り逃がしてしまった以上、あの修道服の女性が、ふたたび私たちの前にあらわれることは確実だろうがな……」
生徒会長は、冷静に分析した現状を淡々と語る。
その言葉を受けて、針太朗は、すぐに味夢古美術堂の女性店主に連絡を取り、ひばりヶ丘学院で起きたことの顛末を報告した。
自身は、ときに嬉々として、この世の妖しげな理を長々と語るにもかかわらず、他人の話しを聞くのは億劫なのか、古美術堂の店主・安心院妖子は、五分程度で報告を聞き終えると、
「あとは、週明けに出勤する幽子ちゃんに伝えてちょうだい」
と、ぞんざいに受け答えを行い、それ以上、興味を示すことはないようだった。
それでも、彼女が用意してくれた小瓶に入った液体が、オノケリスの撃退に効果を発揮したことに対して感謝の言葉を伝えて、通話を終えると、魔獣退治の最大の功労者である奈緒が、興味深そうに聞いてきた。
「結局、あの小瓶に入っていた液体はなんだったんだ? かすかに漂う香りと矢尻に塗ったときの感触から、血液のようなモノに思えたのだが……」
生徒会長の鋭い指摘に、針太朗は苦笑しながら答える。
「さすが、奈緒さんですね……あの小瓶に入っていたのは、ボクの腕から採取した血液です。古美術店を経営している安心院先生のお姉さんによると、ボクの血には、魔族の女性の理性を狂わせる成分が含まれているそうで……」
自身の体質的特性について語ることを面映ゆく感じながら語ると、奈緒は、「なるほど……」と、つぶやいたあと、核心を突く質問をしてきた。
「もしかして、私たちリリムが、キミに惹かれているのは、その特異体質が関係しているのか?」
得意の弓術のごとく、的を射た指摘に、一瞬たじろいだ針太朗は、気まずさから、二人の女子から視線を反らしながら答える。
「安心院先生のお姉さんによると、そういうこと、だそうです」
自分自身に非がないことは確実なのだが、なにか、不正を働いているような後ろめたさを感じながら、彼は返答する。さすがに、味夢古美術堂で、ハーピーの小鳥を使った実験結果までを語る気にはならなかったが……。
すると、これまで黙って、針太朗と奈緒の会話を聞いていた仁美が、「そうだったんだ……」と口にしたあと、
「リリムの血が流れているとは言え、会長さんや北川さんみたいな女子が、シンちゃんに夢中になる理由がわからなかったんだけど……そういう理由があったんだ……ちょっと、納得できた」
と、独り言をつぶやくように淡々と語った。
「いや、そこまではっきり言わなくても……」
自分でも不思議に感じていたし、中等部や高等部の中でも確実に高嶺の花と思われる女子が、自分にアプローチを掛けてくる理由を知りたいとは思っていたが、真中仁美に、そのことを指摘されると、色々な意味でココロが傷つく。
(そうだよな……アイちゃん……いや、真中さんみたいに、ボクのことをなんとも思っていないことが普通なんだよな……)
二人から視線を反らしたあと、ショックを受けたようすそのままに、視線を地面に落とす男子生徒を見ながら、生徒会長は苦笑する。
「真中さんは、率直にモノを言えるタイプのようだな……単刀直入な女子の一言は、ときに男子のココロを抉るようだ……」
そして、彼を励ますように言葉を続けた。
「心配するな、針太朗くん。少なくとも、私はキミの優しさや隠れた勇気を評価している。最初にキミに惹かれた理由が、私たち魔族に特化した特異体質にあったとしても、キミへの評価は変わらないさ。同様に、いま以上にキミと親密になりたい、という私の想いも変わらないから、覚悟しておいてくれよ」
人心掌握に長けたリーダーのようなフォローに、針太朗は、
「奈緒さん……」
と、感激したように表情を紅潮させる。
しかし、この場には、そんな彼のようすを面白く感じない生徒もいたようだ。
下級生の女子生徒の顔色をうかがった生徒会長は、肩をすくめながら、針太朗に語りかける。
「ただ、今日は、キミとの距離を縮める機会には相応しくないようだ。こんなことになってしまったし、もうすっかり、暗くなってしまった。針太朗くん、彼女を自宅まで送って行ってくれないか? これは、全校生徒の安全を守るための生徒会長としてのお願いだ」
こうして、頭を下げる奈緒に恐縮しながら、針太朗は、仁美を自宅に送っていくことになった。
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