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吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第3章〜ピンチ・DE・デート〜⑥

 午前8時過ぎに仲山寺なかやまでら駅を出発した快速電車は、二十分ほどで大阪駅に到着し、針太朗しんたろう希衣子けいこは、夢咲ゆめさき線の列車に乗り換える。
 
 よほど、これからのことが楽しみなのだろうか、列車の車内でも、アトラクション・ライドに乗る順番や、ランチやディナーのオススメ、お昼と夜のパレードに関する穴場情報など、北川希衣子きたがわけいこは、終始、高いテンションで語り続けていた。
 ただ、不思議なことに針太朗しんたろうは、そのことを不快に感じることはなく、むしろ、彼女が楽しげに話す様子を見ながら、自分自身の気持ちが、少しづつ高まっていくような感覚になっていた。

 目的地のウニバーサル・シティ駅には、パークの開園時間である9時より十五分ほど早く到着することができた。
 まるで、海外の街に紛れ込んだような雰囲気の『シティ・ウォーク』と名付けられた、駅からパークまでの道のりを歩くと、針太朗しんたろうも、いよいよ興奮が抑えられなくなってきた。

「ここを歩くのは、小学生以来なんだけど……やっぱり、ワクワクするなぁ」

 彼が、つぶやくように言うと、隣を歩くクラスメートがたずねる。

「そっか……ハリモトは、中学まで遠くにいたんだよね? やっぱり、懐かしい?」

「うん……それも、あるけど……ケイコと話してたら、なんだか、ボクの気持ちもアガッてきた! パークに入る前から、こんなに気分が高まるなんて、思ってなかったよ」

 希衣子けいこの問いかけに針太朗しんたろうが応えると、彼女は、ニパッと笑顔になり、

「電車の中では一方的に話しちゃったけど、イヤじゃなかった? ハリモトにそんなこと言われたら、アタシもテンション爆上げになるじゃん!」

と言って、彼の手を引こうとする。

「入場する前に、あそこで写真、撮ろう!」

 そう言って、希衣子けいこは、針太朗しんたろうの手を取って、オブジェに向かって駆け出した。
 突然のことに、前のめりになりながらも、彼女の無邪気な姿に思わず表情がほころび、針太朗しんたろうも、あとを追いかける。

 入場ゲート前では、パークの象徴でもある、巨大なの形をしたオブジェが、ゆっくりと回転していた。
 ウニのオブジェの前に立った二人は、希衣子けいこが自撮りモードにしたスマホに向かって、

「はい、ジョーズ!」

と、パーク内のアトラクション・ライドの見世物としても登場する、おなじみの映画のタイトルをコールして笑顔を見せる。
 
 撮影した画像を確認し、「うん、バッチリだね」と満足すると、彼らは、いよいよ入場ゲートに向かう。

 スタジオ・パスのQRコードをリーダーにかざし、ゲートをくぐると、針太朗しんたろうにとって、約十年ぶりに体験する夢の世界が広がっていた。

 ◆

「まずは、ウンテンドー・ワールドのエリア入場券を取りに行くよ!」

 希衣子けいこの言葉に従い、針太朗しんたろうも駆け足で入場券の発券場所に向かう。
 週末なら、三十分も経たずに予定枚数に達してしまう入場券を獲得した二人は、エリア入場時間を確認すると、午前11時からの入場時間まで、どのライドを回って時間をつぶすか相談する。

「11時まで二時間弱だから、待ち時間を考えると、ライドに乗れるのは2つくらいかな?」

「だね〜。ハリモトは、乗ってみたいライドとか参加したいアトラクションはある?」

「ボクは、『ハリ・ポテ』のフォー・ビドゥン・ジャーニーかなぁ? 前回、来たときは、まだ、あのエリアが出来る直前だったんだよね」

「そっか、ハリモトが前にウニバに来たのは、十年くらい前だって言ってたもんね! じゃあ、『ハリ・ポテ』はマストで乗りに行こう! アタシはね、ちょっと子供っぽいけど……ペロミちゃんのライブを見ておきたいんだ」

 希衣子けいこは、珍しく、少し照れくさそうに言う。
 彼女が体験したいと言ったのは、期間限定で開催される人気キャラクターが、着ぐるみで楽器演奏を行うライブステージだ。
 パークのホームページでは、丁寧に、キャラクターの応援ダンスの振り付け動画が公開されている。
 
 たしかに、パークのアプリの説明によると、アトラクションの特徴として、

「キッズにおすすめ、⼩さなお⼦さまと⼀緒に楽しめる」

と、記載されているのだが……。
 ただ、クラスメートの意外な表情を微笑ましく感じた針太朗しんたろうが、

「良いんじゃない? 楽しそうだし! ケイコの推しキャラだもんね」

と返答すると、彼女は、

「うん! ありがとう! ハリモトなら、そう言ってくれると思ってた」

と、心の底から嬉しそうな表情をする。
 
「あっ……でも、初回のライブは、10時からか……『ハリ・ポテ』のライドは、後回しにした方が良いかな?」

 針太朗しんたろうが、時計を確認しながら言うと、希衣子けいこは、再び笑顔で、

「大丈夫! 開園したばかりで、まだ、どのアトラクションにも人が少ないから、ダッシュで行けば、十分に間に合うよ」

と言って、スマホで起動させたアプリを表示させ、お目当てのライドの待ち時間を見せる。

「いまなら、10分待ちか……たしかに、これなら、10時までに戻って来れそうだ! 急いで行って良い?」

 弾むような針太朗しんたろうの声に、

「もちろん、オッケーだよ!」

笑顔のままで、希衣子けいこは、快活に応じる。

 午前中の予定を立て終えた二人は、曇り空に怪しくそびえるノグワーツ城を目指して、駆け足で移動を始めた。

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