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僕のペナントライフ・第4幕・ARE(アレ)の章〜⑪〜

 9月13日(水)

 マジック5で週明けのジャイアンツ三連戦に突入した我がチームは、さらに白星を重ね続ける。

 ただ、この三連戦で『アレ』を決めてしまわないと、次は、カープのお膝元であり、絶対的な強さを誇るマツダスタジアムでの連戦になる。
 本拠地マツダスタジアムでの阪神胴上げ阻止は、カープナインと熱狂的なファンの大きなモチベーションになることは想像に難くないので、17日(日)のライブ・イベント当日と胴上げの日が重ならないように、是が非でも明日14日(木)に『アレ』を決めてもらいたい、と僕は祈っていた。

 そのためには、このジャイアンツ三連戦の間に、我がチームが三連勝したうえで、マジック対象チームであるカープがスワローズ戦に2敗するか、我がチームが2勝以上したうえで、カープがスワローズに三連敗する、というなかなかに厳しい条件が課せられている。

 それでも、カープが、今シーズン苦手としている神宮球場でスワローズと対戦するという日程も関係し、ここは、一気に『アレ』を決められるチャンスだと、僕は考えている。

 その期待どおり、本拠地の大観衆の声援に後押しされたチームは、ジャイアンツに連勝。

 この日の試合は、3回裏にヒットで出塁した近本ちかもと中野なかのが、次々に盗塁を決めて、ジャイアンツの先発・横川凱よこがわがいを攻めると、相手ベンチは無失点にもかかわらず、投手交代を告げる。

「阪神ベンチは、横川投手のモーションのクセを見抜いていて、シーズン終盤のここまで伏せてたのかも知れませんね」

 という阪神OB・関本賢太郎氏の解説が示すように、タイガースの首脳陣は、自信を持って、俊足の一・二番コンビに盗塁のサインを出しているように感じられた。

 そして、一死満塁となったところで、9月絶好調の佐藤輝明さとうてるあきが、僕と奈緒美さんが観戦した日以来の満塁ホームラングランドスラムをスタンドに放り込み、宿敵ジャイアンツに、を見せつけるように勝利を収めた。
 
 さらに、甲子園の試合終了から30分後、神宮球場でカープが敗戦したことで、ついに、マジックは1になった。
 
 【本日の試合結果】
 
 阪神 対 巨人 22回戦  阪神 4ー0 巨人

 両チーム無得点のまま迎えた3回裏、タイガースは一死満塁のチャンスで、9月絶好調の佐藤輝明さとうてるあきが、5月以来となる今シーズン2本目の満塁弾をバックスクリーン右側に叩き込み一挙に4点を先制。
 このリードを先発青柳晃洋あおやぎこうよう、コルテン・ブルワー、桐敷拓馬きりしきたくま石井大智いしいだいちの四人の投手が無失点で守り、タイガースは破竹の10連勝。
 神宮球場で行われたスワローズ戦でカープが敗れたため、タイガースの優勝へのマジックナンバーは、1となった。

 ◎9月13日終了時点の阪神タイガースの成績

 勝敗:77勝42敗 4引き分け 貯金35
 順位:首位(2位と13ゲーム差) マジック1

 ※

 9月14日(木)

 待ちに待った、その日が、ついにやって来た――――――。

 初めての『アレ』を目撃することになるかも知れないこの日、勤務シフトの関係で、学校への訪問がなく自宅勤務となっていたため、僕は、有給休暇を取得して、地域の盛り上がりぶりを確認することにした。

 朝食を取ったあと、出かける準備の最中には、リッキー・マーティンの『The Cup Of Life』をリピート再生する。
 この曲は、サッカー日本代表が初出場をはたした1998年ワールドカップ・フランス大会の公式テーマソングだったらしく、スポーツ中継などで良く耳にするけれど、サビの部分の

 ♪ Here we go! Ale,ale,ale!!
 ♪ Go,go,go! Ale,ale,ale!!
 ♪ Tonight's the night
 ♪ We're gonna celebrate
 ♪ The Cup Of Life! Ale,ale,ale!!
 
という歌詞が、今夜『アレ』を達成しようとする我がチームにとって、これ以上に相応しく、テンションを上げられる曲はないと考えたからだ。

「ヒア・ウィー・ゴー! アレ・アレ・アレ!! ゴー・ゴー・ゴー! アレ・アレ・アレ!!」

 曲に合わせたコーラスを入れて気分を盛り上げた僕は、隣の市まで足を伸ばして、尼崎中央商店街で『マジック1』となったマジックボードをスマホで撮影する。
 ひと月前のマジック点灯の翌日に来たときよりも、商店街の人通りが増えていて、みんな一様にマジックボードにスマホを向けている。テレビ局のカメラクルーも前回に比べて格段に数が多い。

 四日前のカープ戦が終了してから、ファンとマスメディアの気運は、『アレ』へ向かって、一気に加速した。

 この商店街がある尼崎市では、市当局から市民へ異例のお願いが発表された。

「プロ野球の阪神タイガースの優勝マジックナンバーが「3」となり、尼崎市民の阪神タイガースファンの皆様も、待ちきれない気持ちだと思います。
 一方で、ムードが高まり、大勢の人が集まれば不測の事態が起こりかねません。
 このため、市民の皆様におかれましては、ケガや事故の被害に遭わないように、また、他人に迷惑をかけてしまうことがないように、節度ある行動を取ることを心がけていただき、むやみに危険な行動を起こしたり、危険な場所に行かないようにお願いします。」

 甲子園球場の地元、西宮市以上の警戒ぶりに地域性を感じ、阪神地域に住む人間としては、思わず苦笑してしまう。
 他にも、ソーシャルメディアのX(旧Twitter)では、台湾の大阪領事館が、前日に告知を出している。

「【訴え】9月14日は心斎橋、道頓堀、通天閣、甲子園球場への外出は控えて下さい。
 あす14日にも阪神タイガースの優勝決定があり、心斎橋周辺では突き飛ばし事故や刑事事件が発生する恐れがあり、大阪府警は警察官1500人を増員して警備にあたっている」

 大阪領事館の告知どおり、18年ぶりの『アレ』に備えて、兵庫県警では600人、大阪府警では1500人以上の体制で、不測の事態に備えるという。

 厳しい残暑のなか、その暑さ以上の熱気を感じながら、僕は、甲子園球場に向かった。

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