吸潔少女〜ディアボリック・ガールズ〜第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑫
下級生のストレートな質問に、東山奈緒は、「ふむ……」と、しばし考え込んだあと、記憶をたどるように、慎重に答える。
「私が、キミを求めるのは――――――そうだな、あえて言えば、最初にあった時のニオイに、惹かれたからかな?」
「ニオイですか?」
どんなことでも、理路整然とした受け答えをすることが多い彼女としては珍しく、漠然とした返答を意外に感じた針太朗は、釈然としないまま応じ、その様子は、対面の相手にも伝わったようだ。
「いや、曖昧な答えになってしまって、申し訳ないとは思うんだが……私たちリリムは、種族特有の特性が発現する時期の個体差が大きくてな。おおむね、十代のうちに能力が覚醒するものなのだが……私の場合は、能力の発現が一般より少々遅めで、つい数ヶ月前に覚醒し始めたばかりなんだ。だから、こうして、異性のニオイに惹かれるのも、初めての経験なので、自分自身でも戸惑っている部分があるんだ」
奈緒は、ややバツが悪そうに、ほおの辺りを掻きながら答える。
「そう、だったんですか……」
彼女の口から語られる思いがけない答えに、彼は、この生徒会長を務める上級生に対して、急に親近感のようなものが湧いてきた。
「リリムは、それぞれ、自分好みの味覚とニオイを持っていて、『ターゲットになる相手は、自ずと理解る』と、種族の年長者たちから、さんざん話しをされていたのだが……恥ずかしながら、私は、この年になって初めて、それを体験しているというわけだ」
そう語る東山奈緒は、いよいよ照れくさくなってしまったのか、それまで、針太朗を見据えていた視線をそらし、目線を斜め四十五度あたりの壁に向けていた。
そんな彼女の様子を目の当たりにした針太朗は、いつもの堂々とした態度とは異なる一面を見せる奈緒に向かって、自分の想いを訴えかける。
「あの……それは、恥ずかしいことなんかじゃないと思います! ボクも、女子と話すのは、ずっと苦手だったし……いまも、こうしてお話ししてる間も、会長さんに不愉快な想いをさせていないか、気になってるので……会長さんは、ボクと話していてつまらなかったり、イヤな想いをしていませんか?」
自身の経験を踏まえているからなのか、いつしか、彼は、必死な表情で彼女に語りかけていた。
そんな下級生男子の様子が気になったのか、上級生の女子生徒は、ふたたび、真剣な表情になったあと、テーブル越しの彼の想いを受け止め、穏やかな表情を浮かべ、微かな声でつぶやく。
「ありがとう、針本くん……キミは優しいな。こんな時でも私のことを気遣ってくれる……そうか、だから私は……」
その声は、目の前の男子には届かなかったのか、彼は、奈緒に対して、
「えっ? なんですか?」
と、問いただす。
針太朗の問いかけに、「いや、なんでもない……」と短く答えた彼女は、今度は、はっきりとした口調で付け加える。
「私は、こうしてキミと話しているのは、とても楽しい時間だと感じているよ。密かに抱いていた夢のとおり、素敵な時間を過ごさせてもらっている」
そんな奈緒の一言は、下級生の男子生徒の胸を熱くさせたようで、針太朗は、感激の声をあげる。
「ボクと話すのが楽しいってホントですか!? 女子に、そんな風に言ってもらえたのは、初めてだから……めちゃめちゃ嬉しいです!」
その瞳には、うっすらと涙すら浮かんでいる。
針太朗のこの様子には、さすがに、奈緒も少し戸惑ったようだが、それでも、下級生男子の純朴さに心打たれたのか、やや冗談めかした口調で、
「そうか……私は、キミのはじめての経験の相手というわけか……これは、責任重大だな」
と言ってから、クスクスと楽しげに笑い声をあげる。
明るい表情を取り戻した生徒会長の軽いジョークに、少し慌てながら
「いや……責任とかは、考えてもらわなくても大丈夫です」
と、真面目に答える針太朗に対して、奈緒は、また、フフと笑みを浮かべ、愉快そうに語る。
「表情がコロコロと変わって、本当に面白いな、キミは……それより、せっかくのフレンチトーストだ。冷めないうちに食べてしまおう」
生徒会長のその言葉には、針太朗も、「そうですね!」と、首を大きくタテに振って同意した。
店主が気を利かせたのか、取り分け用に提供された二枚の小皿に、二人は、ナイフとフォークで切り分けたバゲットのフレンチトーストを切り分け、すぐに最初の一切れを口に運ぶ。
バケットをほおばると、「ふわっ」「とろっ」とした食感が口に広がる。
つけ合わせのホイップクリームは、さくらんぼのリキュールを使用しているのか、チェリーの微かな甘味と香りが、ほのかにただよう。
さらに、ブルーベリーなどをぜいたくに使った特製のベリーソースは、さわやかな酸味と甘味が感じられ、バターをたっぷりと使ったトーストと、ピッタリの相性だった。
「美味しい! ホイップクリームもベリーのソースも、パンの風味とバッチリ合っていて……スゴく……スゴイです」
感激のあまり最後は語彙力が怪しくなった針太朗が、一口目の感想を述べると、奈緒は満足したように、
「そうか……キミにも、この味を気に入ってもらえて、私も凄く嬉しい」
と、微笑んだ。
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