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僕のペナントライフ・第4幕・ARE(アレ)の章〜⑥〜

 8月29日(火)

 奈緒美さんが、東京へのライブ・イベントに誘ってくれたという事実は、自分たちの関係に進展があったということだと、僕は解釈していた。
 それは、まるで、優勝へのマジックナンバーを減らしていく、我がチームの姿と重なっているようで、2つのことを合わせて考えると、自然とがゆるんでしまう。

 ただ、思ってもみなかった奈緒美さんからのお誘いに、すっかり気持ちが舞い上がってしまっていた僕は、重要なことを忘れていた。

 この日、仕事が終わって帰宅したあと、夕食を食べながら、サンテレビボックス席の中継を観戦しつつ、タブレットでネット検索して、マジックナンバーを点灯させて以降、その数を9試合で8つ減らしていた我がチームの優勝Xデーについて考えていた。

 スポーツ新聞や、WEBサービスのサイトでは、9月後半の20日(水)のジャイアンツ戦から25日(月)のドラゴンズ戦での優勝決定を予想する意見が多かった。

(優勝予想は、来月後半の三連休のあたりか……奈緒美さんの言ってたライブ・イベントと被らなきゃイイけど……)

 彼女から、お誘いを受けてから丸二日が経過しようとする頃、僕はようやく事態の重要性に気づく。

(もし、ライブ・イベントとリーグ優勝決定の日が重なったら、どうしよう……)

 ライブ・イベントというか東京行きの日程については、奈緒美さんから

「詳細が決まったら、お伝えしますね……」

と言われている。
 日曜日には、奈緒美さんから誘ってもらえたという嬉しさのあまり、即答で東京行きを快諾してしまったが、実際のところ、もし、ライブの当日と優勝決定の日が重なれば、テレビなどで試合観戦をすることなど出来ないだろう。
 それ以前に、そもそも首都圏では、阪神戦のテレビ中継すら行われない可能性がある。

 奈緒美さんから直々にお誘いを受けたことは、天にも昇るくらい気持ちが高ぶる喜びだけれど、もう片方の天秤にかかるのは、僕が初めて経験する阪神タイガースのリーグ優勝だ。

 僕の人生において、これほど決断をしづらい二者択一を迫られたのは、初めての経験と言って良い。

(いくらなんでも、「阪神の優勝が近づいてるから、ちょっと考えさせて下さい」なんて言えないしな……)

 そんなことを悶々と考えながら、自室のテレビに目を向けると、中継中のベイスターズ戦は、両チーム、ゼロ行進のまま進み、気がつけば、試合は8回裏に進んでいた。

 先頭の大山が倒れたあと、佐藤がツーベースを放ってチャンスとなったものの、続くノイジーは空振り三振。
 二死二塁で、梅野隆太郎うめのりゅうたろうがスワローズ戦の時に受けた死球で負傷したあと、マスクを被り続けている坂本誠志郎さかもとせいしろうが打席に立つ。

 この日の時点での坂本の得点圏打率は、3割以上を誇っており、決して悪いものではなかったが、速球派であるベイスターズのリリーフ投手ウェンデルケンから、タイムリーヒットを期待できるようには思えなかった。

 ところが――――――。

 投手からも絶大な信頼を得る捕手は、僕の消極的な予測に反発するかのように、打球をライト前に運び、チームに待望の先制点をもたらす。
 さらに、木浪がヒットを放って、再び得点圏にランナーを進めると、代打のヨハン・ミエセスからも2点目となるタイムリーが飛び出し、試合は決したと、僕は思った。
 
(優勝も近づいて来ているし、試合後の甲子園の雰囲気を見に行ってみるか?)

 守護神クローザーである岩崎を信頼し、チームの勝利を信じて疑っていなかった僕は、素早く準備を済ませて、自宅から自転車を飛ばし、甲子園球場に向かう。

(球場に着く頃には、もうヒーローインタビューは終わってるかな?)

 などと、のん気に考えていると、スマホアプリのradikoから耳を疑うような実況が流れてきた。

「二者連続ホームラン……ベイスターズ逆転!」

「嘘やろ……」

 阪神電車の高架が見えてきた辺りで耳に入ってきたアナウンサーの声に、思わず絶句する。
 ベイスターズ戦の9回表、2点リードからの逆転劇と言えば、僕が小学生だった頃の13年前の出来事を思い出してしまう。

(まあ、6月からここまで、チームを支えてきてくれた岩崎が打たれるなら仕方ないか……)

 と、自分に言い聞かせる。
 そして、
 
(さっきまで、カープも負けてたし、ゲーム差が縮まらなければ大丈夫……)
 
と、考えていた僕に、さらなる悲報が飛び込んできた。
 京セラドームで行われていた巨人・広島戦では、末包昇大すかねしょうたのホームランで、カープが逆転勝利を収めたという。
 
 まるで、浮かれていた僕の気持ちをあざわらうかのように、この日、阪神タイガースの優勝へのマジックナンバーは消滅した。

 【本日の試合結果】
 
 阪神 対 横浜 21回戦  阪神 2ー3 横浜

 タイガース西勇輝にしゆうき、ベイスターズ今永昇太いまながしょうた、両先発の好投であり、8回表まで両チーム無得点の展開が続く。8回裏、タイガースは二死から坂本誠志郎さかもとせいしろう、ヨハン・ミエセスのタイムリーで均衡を破り、これで試合は決まったかに思われたが……。
 9回表にマウンドに上った岩崎優いわざきすぐるが、佐野恵太さのけいたに2ラン、牧秀悟まきしゅうごにソロと2本のホームランを浴び、まさかの逆転負けを喫してしまう。
 カープがジャイアンツに逆転勝利したことで、首位と2位のゲーム差は6ゲームに縮まり、タイガースの優勝へのマジックナンバーが消滅した。
 
 ◎8月29日終了時点の阪神タイガースの成績

 勝敗:67勝41敗 4引き分け 貯金26
 順位:首位(2位と6ゲーム差) マジック消滅

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