僕のペナントライフ・幕間その2〜セ界制覇へ突き進め!∨やでタイガース〜2015年その③
二学期が始まると、文化祭の準備も佳境に入る。
それでも、夏休みの間に、虎太郎が神奈とともに、衣装と内装の決定、小物や食材を購入する店舗の下見を進めていたこともあり、1年1組の執事喫茶(男装あり)の準備は、順調に進んでいた。
この頃、野球雑誌『週刊ベースボール』が、「∨やで! 阪神タイガース大特集」という特集号を発売している。
数ヶ月前に、『週ベ』の愛称でファンから親しまれているこの雑誌が、「2015横浜DeNAベイスターズ特集」を発売した直後、ベイスターズが交流戦で歴史的大失速を経験していることから、虎太郎としては、何やら「イヤな予感」がしていたのだが、そうした根拠のない胸騒ぎは、あえて気にしないことにして、彼は「阪神タイガース大特集」の特集号を購入し、楽しみながら熟読した。
順風に思えた事態が変わり始めたのは、その直後だった――――――。
8月の初旬から、一ヶ月以上に渡って首位に立っていたタイガースは、9月11日に甲子園でのカープ戦に敗れて、首位の座をスワローズに明け渡す。
新学期が始まって二週間くらいまでは、クラスの一致団結ぶりに満足しているように感じられた橋本神奈の様子が変わり始めたのは、この頃だった。
「こんな忙しい時期なのに、なに考えてんの?」
自分と二人で放課後の教室に残り、イライラとしながら、執事喫茶の内装用の小物を選別する神奈を刺激しないように、虎太郎は慎重にたずねる。
「どうしたん? なにかあった?」
「中野くん、聞いて! 北川が、麻陽に告って来たって」
どうやら、虎太郎と夏祭りに出掛けた男子のうちの一人が、同じく、夏祭りに参加した女子の一人に、交際を申し込んだらしい。
「え!? そうなん? クラスが、バタバタしてるこんな時期に?」
虎太郎としては、その忙しさの合い間に女子に告白できるなど、大した度胸だ、と感じながら返答したのだが、神奈は、その言葉を違った意味でとらえたようで、彼女は、文化祭実行委員のパートナーが、自分に同意したものと感じているようだ。
「なっ? そう思うやろう? クラスみんなでがんばって行こう、っていう大事な時期やのに、付き合うとかナンとか、なに考えてるん?」
憤るように、さらに同意を求める女子文化委員の迫力に気圧されながら、虎太郎が、
「たしかに、そうやな……こういうのは、タイミングとか大事やって言うもんな……」
と、同調すると、神奈は、彼の言葉に
「それな! いまは、浮かれてるときじゃないって……」
そう言ってうなずきつつ、「けどさ〜」と、不満を訴え続ける。
「麻陽も、『ホンマ、困るわ〜』って言いながら、満更でもないみたいな感じで言ってくるんよな〜。自虐風自慢とか、いらんって……」
どうやら、彼女のイライラの原因は、男子側の時節をわきまえない告白だけでなく、女子側の言動にもあったようである。
(女子は、女子で色々と大変なんやな……)
虎太郎は、そう感じつつ、「そっか、そうなんや……」と、相づちを打つしかなかった。
それでも、彼は、自分が気になっている女子の周りに、男子の影が見えないことに、安堵していたのだが……。
※
橋本神奈が、他のクラスメートたちに対してイラだった姿を見せなかったことから、その後も、1年1組の演し物の準備は、表面上、滞りなく進んでいった。
文化祭の準備が問題なく進んでいることに安心しつつ、贔屓チームの勝敗に一喜一憂する日が続き、虎太郎にとって、胃が痛くなるような日々が続いていた。
9月21日――――――。
三連休で、文化祭実行委員の仕事も一休みとなった休日の最後の日、虎太郎は、甲子園で行われるスワローズ戦を祖父と一緒に観戦していたのだが……。
中盤まで同点のまま、息詰まる攻防が続いたものの、6回裏に一死満塁のチャンスで得点を奪えなかったタイガースは、直後の7回、スワローズに3点を勝ち越され、シーズン終盤の天王山と言って良い大事な一戦を落としてしまった。
祖父とともに、うなだれる虎太郎に、さらに追い打ちをかけるような事態が起きたのは、その直後のことだ。
スマホの着信ランプが点滅したので、ロックを解除して、LINEのアイコンと、クラスメートの北川が、虎太郎のクラスの男子だけが登録しているグルーLINEに、こんなメッセージを投稿していた。
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オレ、橋本神奈と
付き合うことになった!
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その文面を目にした瞬間、
「ハァ!?」
と、思わず声をあげてしまう。
「どうした、虎太郎?」
問いかける祖父の声に、
「いや、ちょっと、クラスメートから連絡が来て、驚いたから……」
彼は、そう答えるのが精一杯だった。
その後、北川のメッセージに反応した関川が、返信のメッセージを投稿する。
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えっ!? マジ!?
いつ、告ったん?
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関川のメッセージには、すぐに、北川本人が返事を返す。
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昨日、ちょっと通話したときに
告ったら、
「文化祭が終わってからなら…」
って返事してくれた!
まだ、誰にも言うなよ?
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男子20名のグループLINEにメッセージを送っておいて、「まだ、誰にも言うなよ?」とか、コイツは、ナニを言ってるんだ――――――!?
そもそも、オマエは、榎田麻陽に告ったばかりじゃないのか!?
虎太郎ならずとも、戸惑いを通りこして、呆れるしかない言動なのだが……。
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良かったな!
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おめでとう!
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という文面が並ぶトーク画面のノリについて行けず、黙ってアプリを閉じる。
とにかく、文化祭の準備に真剣に取り組んでいる本人に、明日、直接、真意を聞いてみよう……。
そう心に決めた虎太郎は、自分自身を落ち着かせるために、大きく息を吐いた。
※
翌日、虎太郎が登校すると、すでに橋本神奈は、教室の自分の席に着いていた。
前日から、文化祭実行委員のパートナーに、北川から送られてきた文面について、ことの真偽をたずねてみようと考え、いつもより早めに家を出た彼にとっては幸いなことに、教室には、まだほとんどの生徒は登校してきていなかったが、神奈のそばには、すでに先約の生徒がいた。
「神奈……、人が少ない今のうちに聞いてみてイイ?」
女子文化委員に、そうたずねるのは、先日、北川が告白したという榎田麻陽だ。
クラスメートの問いかけに、橋本神奈は、だまってうなずく。
彼女たちとは少し離れた後方の席に座る虎太郎が、目立たないように、前方の席の二人に意識を向けていると、続けて、神奈に問いかける麻陽の声が耳に入ってきた。
「神奈も、北川に告られたって、ホンマなん?」
「うん……『困るから、止めてって』言ったんやけど……しつこいから、『とにかく、文化祭が終わるまで待って』って答えた」
隣の席に座る女子に、そう答える橋本神奈の横顔は、クラスの男子からの告白に、満更でもないと感じているように見えた。
(北川が送ってきた文面は、ホンマやったんか……)
自身で確認したわけではないが、四〜五メートルの距離を置いて、二人のクラスメートによって交わされた会話を、中野虎太郎は、前日のタイガースの試合結果と同じく非情な現実を突きつけられた、と受け取った。
急に目の前が真っ暗になったような気がして、彼女たちと同じ教室に居ることに耐えられない気持ちになって、彼は静かに席を立つと、おぼつかない足取りで、廊下に出て行った。
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