オフィスラブ

「お疲れ様でした」
帰りがけに喫煙所で見えた影に向かって声をかけた。正直、姿がきちんと見えているワケではなかった。職場の人だろうから一応挨拶しておくか、くらいの温度だった。
 それが、失敗だった。

「黙ってて」
普段、業務上必要なことしか会話しない相手から、主語のない言葉を投げられた。言葉をかけられたこと自体で黙っていたのだが、別の意味を感じたらしい。
「あれ、もしかして気が付いてなかった?」
ようやく、声をかけられたことは飲み込んだ。
「はい、何のことか分かりません」
「じゃ、いいや」
業務以外で初めてといっていい会話は、唐突に終わった。
 さて、何だったのだろう。ようやく考え始める。そもそも、絡みがないから、候補となる事柄も少ない。見当もつかない。

「黙ってて」
同じ言葉を異なる人物から投げかけられた。一方だけでは分からなかった問題の答えは、二つ重なって形を結んだ。共通点。あのとき、喫煙所に見えた、影。二人の喫煙者。
「まさか見られちゃうなんてな、頼むな、黙っててな」

隠し通せない脆さを持っていたのは、男だった。人は違うが、性別は同じ。自分の経験を透かして、今日も業務に必要な会話だけをこなして、職場を出る。口は結んだまま。

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