プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その4

プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』が到着して聴いてからのレビューを連載する。今回は4回目(加筆済)。

到着前に憶測レビューしたのはこちら(一部加筆訂正済)。

https://note.com/tomohasegawa/n/n6cebb33dfea0

Born 2 Dieのレビューはこちら。

https://note.com/tomohasegawa/n/nfae311749749

プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その1

https://note.com/tomohasegawa/n/n96facb6a5dc0

プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その2

https://note.com/tomohasegawa/n/n57705e9eb9e2

プリンスのニューアルバム『Welcome 2 America』を聴いて その3

https://note.com/tomohasegawa/n/n392ca4b547e9

Stand Up And B Strong (5:18)

『Welcome 2 America』のリリース前まではprincevaultでマイケル・Bがドラムとあったが、『Welcome 2 America』に収録のヴァージョンは、クリス・コールマンがドラム、タル・ウィルケンフェルドがベース、エリッサ・ディーズがプリンスとデュエット、そしてリヴとシェルビーがバックヴォーカルとなっている。そしてモーリス・ヘイズがおらず、コ・プロデュースも行っていない。

「Stand Up And B Strong」のオリジナル「Stand Up And Be Strong」を演奏するソウル・アサイラムは、ミネアポリスで83年に結成されたグランジ・ロック・バンドだ。ファースト・アヴェニューでもライブしているし、プリンスも当然彼らを知っている。「Stand Up And Be Strong」が収録されている2006年のアルバム『The Silver Lining』が作られた頃にベースのミューラーが食道癌で亡くなり、ガンズ・アンド・ローゼスのトミー・スティンソンとマイケル・ブランド(そう、NPGのマイケル・Bだ)が加入、そのアルバムのためのツアーも行われている。エステートのプリンス・アーキヴィストのマイケル・ハウが、07年にマイケル・B、ソニー・Tと共にプリンスがこのカバーを録音している、と語っており、今回のヴァージョンは違う面子によって改めて行われた再レコーディングとなる。2010年3月19日ペイズリーパークにて作られ、そして3月から4月にコーラスが加えられている。The Story Of Welcome 2 Americaのポッドキャストでのインタビューをここでまず掲載する。

アンドレア:「Stand Up And B Strong」についてもお聞きしたいのですが、プリンスの前にエリッサがまずヴォーカルを取っていますが、どんなレコーディングがされたのですか?

エリッサ:えーと、確か誰かの曲なんですよね?

シェルビー:そうよ、ソウル・アサイラムのカバー。

エリッサ:そう、ソウル・アサイラム。その時はそうだとは知らなかった。私達が歌入れした中ではポップな曲だなあって思ったけど。

シェルビー:ヴォーカル入れは2010年に行ったわ。アルバムの曲を聴いてどう感じるか、私は、タイム・カプセルのようね。私達がしていたこと殆ど忘れてしまっていたから。今2021年に聴くと、2010年に沢山のこと私達はしてたんだなって感じます。私達がしたことだってわかるけど、初めて聴いた感じなのよ。

ソウル・アサイラムの男性さが前に出たロックが、タルとクリス、プリンスのトリオによるサウンドの目立ちよりも、エリッサら女性コーラスとプリンスによるヴォーカルこそが主役のソウルさが加味された曲となっている点。そしてエモーショナルでポップなプリンス流ロックで終始するのかと思わせておいて、女性コーラスで一転ゴスペルへ急ハンドルを切るその展開。そして何よりも歌詞。実際プリンスは独自の歌詞を織り交ぜており、純然と踏襲はしていない。プリンスがカバーをした理由が、その歌詞に発見できるだろうか。

“君は正しいのかもしれないし、間違っているのかもしれないし、人生が長く続き過ぎると思っているのかもしれない”。

哀愁のギター・イントロ、続いてエリッサがまず歌い始める。その部分の歌詞はソウル・アサイラムのと一緒だ。このままエリッサに歌わせ、プリンスは演奏に専念したヴァージョンがあるのでは、とも思わされる位にエリッサの切実な声が聴き手に響くが、プリンスもまた地声を中心に切々と訴えかけるように歌い、曲が徐々に説得力を持ち始める。

“膝が弱くなって、そう奴らがそうしたんだ、心が寒々しくなって、君は色々言われること全てにウンザリしているはず”。

この部分も殆ど同じなのだが、Yes, they doとソウル・アサイラムの歌詞にはないプリンスによる付け足しがある。“膝が弱くなって、そう、膝が弱くなって”、とtheyが膝Kneesを指すという訳も出来るかもしれないが、僕はtheyを奴らと訳してみた。そうすると続く歌詞に符号していくと思えるからだ。

“夜明けは近い、立ち上がれ強くなれ、真新しい曲を見つけるんだ、奴らが去る前に、立ち上がれ、強くなれ”。

続くこのヴァースはプリンスのほぼオリジナルの歌詞だ。立ち上がれ強くなれ、この部分こそタイトルだし同じになるが、それ以外にまずプリンスが何かとよく使う、夜明けdawnという単語が出てくる。そして“真新しい曲を見つけるんだ、奴らが去る前に”は同時期に録音された「Black Muse」(録音されたのはそのインストなのだけども)の歌詞“黒い音楽の女神が世界を元の姿に戻す、そして僕らは長持ちする音楽を作る”という内容と類似しているように思える。またbefore they are goneのtheyを奴らではなく、その前に“真新しい曲brand new song”とあるから、(沢山の)曲が無くなる前に、という訳も考えられる。ただ僕はここでも“奴ら”という不特定だが敵のようなものを指していると解釈した。例えば発明した技術を奪って去っていく奴ら、とか、君が作った曲なのにそれを奪い去っていく奴ら、とか、黒人の虐げられてきた歴史を歌っている名曲を隠滅し去っていく白人とか。そしてdawn、song、goneと韻も踏んでいてバッチリだ。一方この部分に相当するソウル・アサイラムの歌詞は以下のようになっている。

“君から奪われるものは何もない、君が持っているもの、何から何まで。君は君自身がしなければならないことを知っているはずだ”。

明らかに真逆の意味だ。そして曲のメロディーもソウル・アサイラムだけで聴けるもので、プリンスはこのメロディさえも除いてしまっている。プリンスはこのヴァースだけは、奪われ虐げられ続けた黒人のために、変えなくてはならなかったのではないだろうか。

“もし君がヒルズ(hills)に住むようになるとピルズ(薬)を沢山服用するようになる。意思に反してスリルを無くしてしまったら、立ち上がれ、そして強くなれ”。

ここはソウル・アサイラムと歌詞は同じだが、コーラスが反復するように入れられるのと、最後にプリンスが、イエッサーと唱える部分が加えられている。そしてその後タラララーとメロディーを歌う女性陣が入ってくる。このとても印象深く、曲に欠かせないフックとなっているタラララー、実はソウル・アサイラムには無く、プリンスによるオリジナルだ。

“立ち上がれ、強くなれ、長くはかからない、君は間違ってなんかいない”

この歌詞はソウル・アサイラムにもあるが、プリンスのヴァージョンの場合、それが登場する場所が異なる。尚この辺りからドラムにスピーディーさが増してグイグイと突き進んでいくサウンドになっていく。その演奏が進む中(前にIt's almost dawn夜明けは近い、という歌詞があったが)it's almost onもう進行中だよ、という韻を踏んでいる歌詞となり、曲調が更に盛り上がっていく。

“真新しい歌を歌うんだ、奴らが去る前に”。

“真新しい歌を見つける”と前にあった歌詞を少し変えて、スピーディーだったテンポがゆったりとなって行き、哀愁のギターが入って来る。しかし直ぐにペースを取り戻し、清々しささえ感じる別の疾走感をバンドは獲得することになる。

“戦争が長く続くと、君の権利も全て失われる。奴らが直接君に嘘をついたら、奴らに身の程を思い知らせてやるんだ”。

ここはプリンスのオリジナルの歌詞だ。そして最早黒人への応援歌と化している。

“不安な時に、気分が落ち込んでしまう。君の人生がめちゃくちゃになっていても、君は神から祝福されていると思い出すんだ”。

多少歌詞が変わるがほぼ内容は一緒の部分。ここでの“神からの祝福”blessedは、プリンスのヴァージョンのみそう訳すべきだと思う。実際ソウル・アサイラムもblessedなのだけど、そこではただ“恵まれている”程度で良いかと。そしてエリッサとプリンスが交互に歌う効果で、聴き手の気持ちは益々高まるばかりとなる。グレイスフルなギターが正に神からの祝福となっているし、そして光明の如きハモンド・オルガンがバックでいよいよ薄く鳴り始めている。

“立ち上がれ!立ち上がれ!立ち上がれ!”

ここからコーラスを含め曲調がゴスペルへと完全にスイッチする。オルガンとギター、エリッサのシャウト、全てが一丸となり、演者と聴き手、その両方の魂が一挙に解放されるかのようだ。しばらく続くが、やがて名残惜しくも静寂へと向かって行く。エンド。

タルとクリスのサウンドは正直目立っていないが機能はもちろんしている。そしてエリッサはプリンスと溶け込むようなデュエットを披露しているし、バックコーラスも曲の展開に合わせつつも最後は彼女たちこそが主役と言わんばかりのゴスペルとなっている。ただやはりプリンスの明確なヴィジョンがあり、「Stand Up And Be Strong」を「Stand Up And B Strong」とプリンス印の曲としているということ、ただBeのeを無くしているだけではない、恐ろしい程の完成度となっている。タルもクリスもそしてデュエットしているエリッサも、自分達はどんな曲を演奏しているのか深くは分かっていないのにも係らずだ。マイケル・Bとソニー・Tとの初期ヴァージョンが是非聴きたい所だが、そこではもしかするとゴスペル展開とならずに素直にソウル・アサイラムのサウンドをカバーしている演奏なのかもしれない。ドラムがマイケル・Bであるということでまずはソウル・アサイラムの曲を味わうように演奏してみようか、とプリンスが考え、そしてその後更なる発展があったのではないかと。その07年ヴァージョンがどのようなものだとしても、この『Welcome 2 America』で聴ける「Stand Up And B Strong」は、プリンスが個々のパーツを組み合わせて作っていると思わされるけども極めて完成度が高く、プリンスしか作れない音楽へと昇華しているので、やっぱり敵わないと思う。

最後に『Welcome 2 America』の最終段階でエンジニアとなったジェイソン・アゲルのインタビューを載せておく。

ジェイソン:一日中仕事をしない日があったんです。でもそれがちょっとクレイジーになった。結局何もすることがなくチャンハッセンのハイウエイにある駐車場で座ってました。次の日に行くとライブ・ルームのマイクや物がひっくり返されていて、プリンスがテープから落とし込んだ、たぶん彼がしたんだろうけど、出来立ての1曲があって。僕は“これらの機材を全て使ったんですか?僕はホテルにいたんですよ。僕が来て全ての楽器の演奏のためにいればよかったんです、それが僕がここにいる理由なんですよ”って。

シェルビー:確かに、彼は時々そういうことをしましたね。スタジオ内で何でも彼が全てしてしまう、楽器を使い捲る、あなたや他の誰かがいたとして彼自身でレコーディングをしてしまう。私は歌う、彼はそこにエナジーを感じてくれていた。いわば色付けね。どのように見えるかという。ある時に赤、青、緑、黄色をプリンスが持っていて、それが私、エリッサ、リヴと誰か、みたいな。またある時はこれはブルーだ、ってわかっていて、よしブルー、それだってなって、後はクレヨンの箱に他の色は使わず入れられたまま。ホテルのベッドで待機ってことになる。今はやり過ぎてはだめだから、必要かもしれないけど、待機しててと。クリエイティブな天才は本当にそんなような流れなのよ。だからその流れに共に乗って行けたら喜びなの。知らなくてもオッケー、って。

ジェイソン:本当に正しいと思います。彼は究極の何でも自分でやっちゃう人。しかも彼が必要なものを異なる材料から引っ張り出して作ってしまう。プリンスが作った、もしくはどうなるかを誰にも言っていない彼しかわからない曲があるわけです。彼のノート型パソコンからベストなものを集めることは出来たでしょう。それは僕が知る限り最高のスタジオの一つと言える。そしてそこで僕は彼により早く僕らが全てのプリンスの曲を聴けるようにする助けが出来たということ。これらの曲のいくつかは彼そのものだと言えます。彼が彼によって彼がしたい全てを注ぎ込んでいるんだ。

その5に続く

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