無音が音を持つとき、アート作品が生まれた。眠れない夜の話
アートができる過程
完成形だけ見ても、なんでそうなったのか、理解できないことも多いアート。そんな中、鈴木康広さんの『まばたきとはばたき』では、作品がどういう着想から昇華して形作られたのか、作者自身によってかわいいイラストと共に紹介されている。
久しぶりにこれを読み返していて、ふと大学時代の、ある眠れない夜のことを思い出した。
その日のことを思い出しながら書こうと思う。
無音が「音」を持つとき
僕は京都の下宿で、一人ベッドに横たわっていた。暑かったのか、全然寝付くことができず、寝返りを繰り返していた。
耳をすませてみた。住宅地に位置する僕の家からは、外を走る車の音も聞こえず、ただ静寂が夜を包んでいた。それでも、辛抱強く耳をすませていると、ぼーっとした無音の質感が音を持ちはじめた。
「レ」だ、と思った。
僕には絶対音感はないが、当時はギターを必死に練習していたので、なんとなく音階がわかった。研ぎ澄まされた無音の空間から聞こえてきたのは、まちがいなく「レ(D)」の音だった。
音階を図で考えてみる
僕は頭の中で、円形の図における、音の位置関係をイメージしてみた。
1オクターブの中には12の音階があるため、ちょうど時計と同じ配置になる。ここで、僕が聴こえた「レ」の音と、12時の位置にある「ド」の音に色をつけてみる。
詳しい説明は省くが、この音は「長2度」つまりオクターブを加えると「長9度」の関係にある。「ド」に対して完全5度の関係にある「ソ」の、さらに完全5度の関係にあるのが「レ」だ。時計回りに「ド → ソ → レ」と回っていく。
ギターでは ナインス(9th) と呼ばれる音になり、ナインスを加える(add9)と、透明感を帯びた綺麗な響きになる。これだけ美しい関係にあれば、たしかに響きも美しくなるのは納得だ。
反時計回りに回ってみる
今度は「ド」から、反時計回りに考えてみる。逆完全5度(とは言わないと思うが)には「ファ」、そしてさらに逆完全5度には「ラ♯(A♯)」が位置している。
この音は セブンス(7th) と呼ばれる音で、なんとなく不安・不穏な響きになる。美しいナインスと対局の関係にあるからなのかな、と変に納得する。
眠れない頭はさらに冴えていく。まだ夜は明けない。
Hzとピタゴラス数
音の高さは Hz(ヘルツ)で表される。オクターブはHzが倍になると決まっているので、440Hzの ラ(A4)の、オクターブ上のラ(A5)は 880Hzとなる。
ドレミファソラシドの音階に対してのHzの配列には、純正律と平均律という二つの音律が存在する。同じ音階でも、それぞれの音律によって若干Hzが違うのだが、素人耳にはほとんど違いがない。
実際に、純正律で 3:4:5 の比率とされている「ド:ファ:ラ」は、平均律でもほぼその比率を守っている。
平均律の音階
ド(C4) 261.6 Hz(87.2 × 3)
ファ(F4) 349.2 Hz(87.3 × 4)
ラ(A4) 440.0 Hz(88.0 × 5)
ちなみに、純正律は「和音が綺麗に鳴るためにHzを調整した音階」、平均律は「数学的にHzが綺麗に配置されるように調整した音階」という感じである。
そして、3:4:5 と聞くと、ピタゴラス数 を思い出す。
斜辺の長さを c, 他の2辺の長さを a, b とすると、以下が成り立つ。
c^{2} = a^{2} + b^{2} (ピタゴラスの定理)
これを満たす整数の組を ピタゴラス数 といい、3, 4, 5 や 5, 12, 13 などが挙げられる。
これらを踏まえて、先ほどの円形図で「ド・ファ・ラ」をそれぞれ見てみると、たまたま円弧の数が 3:4:5 の関係になっているのだ!
だからといって、特に何になるわけでもないのだが、なんかすごい発見をしてしまった気がする。「ピタゴラス音律」と呼ばれる音律があるくらいなので、かのピタゴラスも、もしかしたら同じ着想から、ピタゴラスの定理を思いついたのかもしれない(そんなわけはない)。
眠れない頭は、すでに眠ることを放棄して、さらに思考を深めていく。
数直線上に音階をのせてみる
先述の通り、オクターブはHzが倍になると決まっているので、aHzの音に対して、2aHz, 4aHz, 8aHzの音も同じ音階になる。
ド(C2) 130.8 Hz
ド(C3) 261.6 Hz(130.8 × 2)
ド(C4) 523.2 Hz(130.8 × 4)
ド(C5) 1046.5 Hz(130.8 × 8)
頭の中で、それぞれの点を数直線上に置いてみる。
このx軸はHzを表しており、x軸上にプロットした点(a, 2a, 4a, 8a)は全て同じ音階(先ほどの例だと「ド」)を示している。
こうなると、xy平面に、Hzと音階の関係を表す曲線を描きたくなってくる。ベットから起き上がり、僕は机に向かう。
xy平面上にHzの曲線を描いてみる
今度は、原点からの距離をHzとして、xy平面上に曲線を描いてみる。
形はベルヌーイの螺旋のようだ。若干歪んで見えるのは、僕のデザインツールのスキル不足である。そして、任意に引かれる原点からの半直線が曲線と交わる点は、全て同じ音階になる。
最初の円形図を重ねると、こんな形になる。
この曲線と、放射状の半直線が交わる点は、常に同じ音階なのだ。
どこまで行っても、同じ音階である。
どこまで行っても、だ。
なんて美しいのだろう。
平面を立体へ見立てる
うっとりとこの図を眺めていると、円錐上にぐるぐる巻きつけた紐を、上から見た図のように見えてくる。
円錐の表面上に鍵盤を並べてみたら、上下には同じ音階がオクターブ違いで並ぶということだ。これは面白い。音楽と数学が融合した、アート作品の出来上がりである。
もちろん実際に作成はしていないが、頭の中にはもうすでに作り上げられている。
そして気づけば、朝になっていた。
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懐かしかった。この頃から自分はアートが好きだったのかもしれない。GWも終わったので、仕事モードに切り替えなきゃ。
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