「なんにもならなかった日」を慈しむ夜。
今日はインプットもアウトプットもしたくない日でした。
電池が切れたように、動きが緩慢になって、集中力にかけて、やる気がどこにも見当たらない日。
「あー、いやだいやだ!」
なんて、ぶつくさ言ったり思ったりもしますけど、こういう日もわりと嫌いじゃなかったりもするのです。
こういう、なんにもならなかった日を、むげに否定しないくらいには大人になったのかもしれません。
若い頃のほうが時間はたっぷりと残されていたはずなのに、こうしたなんにもならなかった日を許せない自分がいました。
「無駄に過ごした」「なにかできたはずなのに」そう思っては自己嫌悪に陥ってしまっていました。
いまでも、その傾向が全くなくなったわけでもありませんが、こうした日を「必要な日なんだ」と思えるくらいには、自分の状態を客観的に見られるようになりました。
なんにもならなかった日を慈しむ夜
今日一日をぼーっと振り返り、充電する日だったんだなと思うのです。
充電がどのくらいできたのかはよくわかりませんが、後は部屋でのんびりと漫画でも読んで過ごすだけです。
明日からは家族で東京。
慌ただしい日々が待っています。だから今夜はのんびりと過ごしたい。
では、また明日。
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