見出し画像

技術者にとって初めての特許事務所への就職•転職指南

規模による特許事務所での業務

 まず、そもそも特許事務所とはどのような事業者であるかについて説明する。特許事務所は、顧客の知的財産の権利取得及び維持を担う事業者である。取り扱う知的財産としては、主に特許、実用新案、意匠、商標であり、いずれも特許庁の認可によって初めて権利を行使することができるものである。専門資格としては国家資格である弁理士がある。例えば、依頼人の代理人となるには弁理士でなければならないし、実務においても特許庁審査官と直接やりとる出来るのは弁理士に限られる。しかし、個人事務所を除けば特許事務所の業務は弁理士だけで成り立たせることは困難である。事業所として成り立たせるためには、人事や経理のような縁の下の力が必要になる。加えて、出願書類に添付する図面を作成するスタッフも必要であるし、技術者が実際の案件の技術事項に集中するためには特許庁や顧客とのやり取りを仲介してくれる事務作業を担うスタッフも必要となる。
 こうした分業体制は事務所の規模によって細分化される。従って、大手であればあるほど分業化は進んでいるため、弁理士に限らず技術系スタッフは出願書類の作成や中間処理における検討、顧客への提案、顧客からの指示に基づいた応答書類を作成といった作業を集中的に担い常に数十件程度の案件を抱えながらこなしていくという日々が続く(各作業の詳細については入門書を参照されたい)。事務員も日々の決められた業務を粛々と行う日々が続く。多数の企業との取引による安定性を求めて大規模事務所への転職を考える場合、こうした事情を把握しておくべきである。
 逆に小規模事務所の場合、分業体制はさほど進んでおらず広範な業務範囲となるのが一般的であろう。また、少数の企業との取引に業績を依存してしまうという懸念もある。

特許事務所における業務区分

 ここで、特許事務所の業務は、顧客が国内外のいずれであるか、権利化を目指す国の観点からいわゆる内内、内外、外内に大別される。内内は、国内の企業の発明を国内で権利化するための業務であり、内外は、元々は内内の案件であった発明を海外の各国へ特許出願し権利化を目指す業務であり、外内は、外国企業等海外でなされた発明を日本国内で権利化を目指す業務である。海外クライアントとの間で一般的に使われる言語は英語であるから英語を得意とする者にとっては、内外や外内での業務で能力が発揮されよう。中国企業との取引が盛んな事務所では中国語が堪能な人材が重宝される。
 内内と内外は、国内企業内発明者とのコミュニケーション能力が求められる。発明者との対話を通じて発明者が意図する発明を理解した上で、その権利化を目指して出願書類を作成し中間処理に取り組まなければならない。一方外内の場合、通常はクライアントがすでに海外や国際的に出願した発明に対して日本特許庁によって許可されるように従事する業務である。その第一の業務は英語等で記載された外国語を日本語の技術文書として日本特許庁が定める方式に記載しなければならないということである。

王道スキルと英語力が求められる

 よって、英語を極力扱うのを回避するのであれば内内を選ぶのが良いが、最近は顧客の要望もあって内内から内外へとシームレスに担当者が関わるケースが増えてきている。また、内内は企業担当者と直接対面したり電話したり等コミュニケーション上の負担が少なくない。しかし、特許事務所の業務として出願書類を一から自分で作り上げることは弁理士・特許技術者としては王道中の王道のスキルであるから、特許業務を極めていくためには絶対に避けては通れない道である。出願書類を作成するスキルは他の事務所へ転職する場合にもアピールの要素になる。たとえ弁理士があってもこのスキルがないと他の事務所へ転職する際の足かせとなってしまう。
 一方、外内は出願書類を一から作る必要はないが、外国語で記載された書面を日本語に翻訳しながら日本特許庁が指示する方式に整えなければならない。クライアントとは通常メールでやりとりをするので、それなりの英語力が必要になる。ただ、欧米とは地理上時差のあるメールでのやりとりがほとんどなので、内内に比べれば直接対面や電話でのコミュニケーションは圧倒的に少ない気軽さはある(ただし、メールでのコミュニケーションの方が誤解を受けないよう難しい場合も多い)。そのため一見、外内業務は内内に比べて楽そうにも見えるが、日本仕様になっていない出願書類の方式を整えることや、後の中間処理における審査官とクライアントとのそれぞれの考えの中で解決案を提案していくには高度な英文読解力・文章作成能力が必要でありこれも奥深い仕事である。小規模事務所で外内を扱うことは珍しく、傾向としては比較的規模の大きい事務所で外内案件は扱われている。
 内外の場合は、外内と同様に英語力が求められるが、何よりも世界各国の特許法を理解しておかなければならない。その上で、国内企業担当者の要望に基づき現地の特許事務所スタッフに適切な指示を提供しなければならない。
 上記の内内、内外、外内といった区分は、意匠や商標の業務でも同様である。

指向するスタイルに合った事務所を探す

 このように特許事務所における業務は広範にわたる。事務所の規模が大きい程、分業化が進んで個々人が担当する領域は狭くなるし、規模が小さい事務所では逆に広範な業務を担当することになる。よって、事務所の規模によって実際の業務形態は大きく異なるし、所員間のコミュニケーション密度も大きく異なる。
 さらに、技術者志望であれば、転職候補の特許事務所がどのような案件を請け負っているか事前に知っていくことは有意義だろう。これについては特許庁のJplatpatサービスを使えば容易に検索することができる。代理人になっている代表弁理士の名前等で検索すればその事務所を介して実際に出願された公開後の発明を閲覧できる。さらに技術用語を検索ワードに追加すれば自分の専門分野に該当する案件を絞ることが出来る。技術的に興味ある特定の企業の案件をどの事務所が担当しているのかも分かる。ちなみに中国企業の外内案件を多数手掛けている事務所は短納期の上、高い品質も求められて常に業務逼迫していることがほとんどなので候補としてはなるべく避けた方がいいだろう。

ブラック事務所を回避する

 また、候補の特許事務所があるのであれば転職口コミサービスを利用すると良い。事務所のHP等には決して書かれない生の声を読むことが出来る。可能であれば知人のつてを利用して実際にその事務所に働いている人の話を聞くのも望ましい。弁理士予備校での情報交流も非常に有益である。
 なお、求人情報に急募と書いてある場合には、仕事が溢れて人材が慢性的に足りていないか、離職率が高く人材がなかなか固定しにくい労働環境にあることが伺い知れるので避けるべきである。また、一定量以上の業務に対するインセンティブを導入している事務所は深夜や土日にサービス残業をさせている可能性が高いのでこれも避けるべきである。求人に記載がなくても繁忙期の実際の様子を面接官に質問するべきである。

まとめ

 以上のように、特許事務所の業務はやりがいが多いが、同時に事務所の規模やや担当部署の環境によって個々人にとっての働きやすさは大きく左右される。自分にとって働きやすい特許事務所かどうかは事務所の規模や知名度で決まるものではない。読者には自分に合う働きやすい事務所を賢く選んでもらいたい。初めての特許事務所への転職は不安に思うかもしれないが、前職で研究・開発に携わっていたのなら本質的なポテンシャルは十分備わっているはずので自信を持って欲しい。新卒者の場合は素質があれば問題ないが、一度企業を経験してからの方がその後の能力を発揮しやすいだろうし、待遇面にも違いがでるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?