黒が黒ですよと言っても伝わらない世界に迷い込んだ

2022/11/23

Mさんと小夏ちゃんは、日本対ドイツのワールドカップ観戦。わたしは部屋で自分の時間。

ここさいきん、いろんなことがめまぐるしくありすぎて、うわっとなってしまって、脱力したいなあと思いながらも、うまく脱力できない、そんなかんじだ。

これといって、やりたいことが、いまはない。というか、「これだ」というものにいつものように突き進んでいった結果(わたしの場合は、猪突猛進でしか進めないのだけど)、その現実に早くも砕けてしまって(さいきんは、見切るペースがどんどん早くなってもいる)、エネルギーのバランスが偏って、そのバランスの悪いエネルギーのやり場に、落ち着かないかんじだ。

だから、こうすれば力が抜けるということをしても、自分の芯まで納得して力が抜けきれないような、常にうわっとなったかんじで、落ち着きたくても落ち着けない。どこに落ち着いたらいいのかもわからない、そんなかんじだ。

具体的にひとつをあげれば、さいきん銀座の洋食屋さんの厨房で調理をする仕事を、バイトで気分転換がてら始めたのだけど、辞めるまでというのも、そのスパンもすごく早かったし、その間、いろんなことがめまぐるしくありすぎて、もううわーっと何百回転するのかというくらい目が回りそうなジェットコースターみたいな感情の変化の日々、というか、瞬間、瞬間だった。

社長と料理長との10分くらいの面接で、もうさっそく働くことになって、コックシューズを持って出かけた。

わたしは、労働者側の立場からの目線がかなり厳しいほうだけど、とんとん拍子で決まっていくその勢いが異世界のように洗脳されたかんじになってしまって、本来だったら、まともな相手にまともに確認できることが、なぜかなにひとつ面接で聞けなかったのだった。

それでも、その独特な世界観や雰囲気にのみこまれつつも、のみこまれないように、冷静さをたもちながら、「働くにあたって、なんか書いたり、手続きしなきゃいけないものってありますか?」(=働く前に雇用契約書を交わさなくても大丈夫なのでしょうかということを、遠回しに)とやわらかく質問した。

だけど、料理長から返ってきた「あれ?社員志望だっけ?だって、バイトだよね?」という言葉にうちのめされた。

それから、うちのめされて、のみこまれて、もう時給すら確認できなかったし、交通費はあとで募集要項を見たら、「なし」と書いてあったのは、しまったとは思った。

普通のことを普通に聞ける相手にたいしては、なんらこまらない。こういう場でも、普通に労働者として誰もが確認するだろうことを聞くだけだ。

だけど、「だって、バイトだよね?」というセリフに、そのセリフを聞いた瞬間、こういう人たちとはなにを話しても無駄だ、通じない、世界がちがう、と思って、すごく遠くに遠ざけようとしてしまうのだった。

ちがう世界の人として、受け入れる以外ないように思ってしまった。

それから、「10時〜15時」と募集要項に書いてあった勤務時間は、あっというまに、なしくずし的に、そんなのは表向きの時間にすぎなくて、早朝からの仕込みにはじまり、15時なんかには終わるはずはなく、15時なんて時間はだれひとり意識されることもなく、ランチのラストオーダーが終わったあとの、皿洗いなどの後片付けや、ディナーや翌日の仕込みやまかないの準備などという、えんえんと終わらない仕事に突入していくのだった。

残業代が出るとわかっていれば、それでもまだ割り切れたかもしれない。体はきついけど。

だけど、そもそも時給もいくらかわからないし、タイムカードもないから何時から何時までつけてくれているのかもわからない。

給与振り込み口座も、いつ聞いてもらえるんだろう、いつ聞いてもらえるんだろうとずっと気がかりに思いながら仕事をしていたけれど、いっこうに聞いてもらえなかった。

なにひとつ確定要素がないなかでの、社員の本来の勤務時間ともはや同じ仕事をさせられながら、いっそ社員になったほうがいいのではないかと思うくらいの状況で、終わりのない、しかも賃金が払われるのか払われないのかまったくわからない仕事をするという状況が、とてもつらかった。

だけど社員やわたし以外のほかのバイトは、彼らもまた、募集要項に書かれている定時よりもはるかに長い時間、早朝から夜のラストオーダーまでの実に長時間拘束される「通し」という状態で働いていた。

だから、わたしひとりだけまかないを食べたら帰るのすら、申し訳ない状況だったし、近くわたしも「通し」をやることに、これもまたなし崩し的になっていった。

おしっこにすらいけないのは、ほんとにほんとにつらかった。朝の仕込みが終わって、開店前に一瞬行けそうなタイミングがあるのだけど、それからみんなでディナーの合間にまかないを食べるまでのあいだ、お客さんも行列ができて絶えないし、断ってトイレに行くなんてできる環境ではなく、できなかった。

ぱんぱんになった膀胱をこらえながらやる調理の仕事は、本来のパフォーマンスよりも落ちているのは明らかだった。

もうおむつをする以外、選択肢がなくて、人権…と思った。

給与振り込み口座を伝えるにしても、「あれ、わたしの勤務時間って、15時までですよね?」とか、「ここから残業ですよね?」とか「残業は何分刻みなんですか?」とか、言葉が言葉として伝わる相手には、なんらフラットに伝えられる。

だけど、「だって、バイトだよね?」みたいな世界の人とは、わたしは、その世界にのみこまれて、受け入れるしかなくなってしまうのだった。

それをひとことで、かんたんに言ってしまえば、苦手、というのかもしれないけれど。

フラットな世界では、言葉にできることが、苦手な世界だと、ただただのみこまれて、受動的に、いやなことも、通常だったら「いやです」と断固拒否できるようなブラック労働も、残業という概念がない環境で働くことも、おしっこがいけない環境で働くことも、逆に苦手であるががゆえに、自分はなぜか、苦手さを悟られないように、馴染んでるふりを無理にしようとしてしまうのだった。

黒色が黒色に見えなくて、当たり前の人に、それが黒色ですよと言っても、伝わらない。なんかそういうふうな世界に、自分だけが、迷い込んできてしまった存在のように思えてしまうのだった。

だけど、週1回ある定休日に休んだ日、わたしは我にかえったのだった。

わたしには明らかに、時給もわからないなかで、また、給与振り込み口座も聞かれないなかで、またその翌日から、定時からの超過分が残業として支払われるのかもわからないまま働くという、そういう不確定要素が多いなかで働き続ける状況といういまの状況が絶えきれないことなのだと思った。

そもそも「バイトだから」という理由で、雇用契約書を交わさないなかで、始めた仕事だ。なにひとつ確定された労働条件などがうやむやにされたまま、だけどその状態に合意した以上は、労働者側からももうなにも文句がいえないことも、わかっていた。

ありえないことだけれど、合意のうえで、自分から進んで、率先して迷路を受け入れ、迷路に入ったのだった。

そういう状況になったのは、初めてではない。インドカレー屋でバイトしたときも、最後に、そうやってやっぱり絶えきれなくなって辞めるときになって初めて、経営者から、調理の勉強をさせてやってるんだから、給料なんてはじめからなかったことを知らされた。

そして、「まかないまで食べさせてやったんだから、逆にまかない代くらいは返せ。この泥棒め」とまで言われた。

雇用契約書を交わさなかったがためにおきたトラブルは、だから初めてではなかった。

だけど、世界がちがうと思ってしまう人とは、苦手だからか、なにも話せずに、にこにこすべてを受け入れてしまうのだった。

そんなことが、いまもなお、わたしは懲りずに、そうやって繰り返してしまう。

だから、休み明けの出勤当日も、わたしは、自己矛盾しながらも、自分がそうやって分裂、崩壊しながらも、にこにこして銀座に行く予定だった。だけど、Mさんから「これだけ不安と不信感を感じているのに行くとか、矛盾してないか」とごくごく普通のことを言われた。

わたしは、たしかにその洋食屋にたいして不安と不信感しか感じていないというのに、精神が分裂しているのもわかっていて、だから「人手が足りなくて困ってるんだよ、だから、行かなきゃいけないんだよ」といって、Mさんの阻止を振り切ってでも、行こうとした。

そんななかでMさんが、料理長に連絡することになって、「mieはもう行きませんので」とだけ伝えた。そしたら料理長は、「はい」とだけくりかえして、1分くらいで電話は切れた。

それが、辞められた瞬間。気持ちがほっとして、解放感で、やったーとなってしまった。それで、ああ、わたしは辞めたかったんだな、と気づいた。ただただ、苦手で、嫌で、辞めたかった。

料理長の受け答えを聞きながら、というか、面接で初めて会った瞬間から思ってたけど、もう飛ばれられなれてるんだろうな、といった印象だった。連絡してきただけ、ましなんだろうなと思った。

おしっこをがまんして、残業をしてはたらいたわたしには、最後だからといってやはり給与口座を聞いてくることもなく、まあ、やっぱり、こういうものは、無給のボランティアで終わってしまう。

どうせボランティアになるくらいだから、早く辞められてよかった。

わたしが「社会」に出ると、とてもコスパが悪いなと思う。稼ぎに出たのに、収支はマイナスだし、心身ともにぼろぼろにもなるし。

社会に出ないでじっとしているほうが、心穏やかでいられるし、こんなふうに体も心も汚れないですむのになと思うのだった。

そんなこんなで、しばらくはなにもせずに、じっとしていたいなと思っている。なにかしたいと思ってそのまま動くとろくなことがないと、今回も思ったのだった。






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