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「Masae」第二部

第二部
〇ニューヨーク・ブルックリン(2006年4月)
ブルックリンでのロフト&ルーフトップ・パーティー。200人はいるだろうか。風変わりなコスチュームを着た若者やアーティスト風情の人ばかりがたむろしている。大麻を吸ってハイになっているグループも見受けられる。ニューヨークに来てまだ二週間の正恵は、カクテルをすすりながら、キョロキョロとあたりを見回して所在なさげに立っている。テンガロンハットに白い厚底ブーツを履いている。正恵、パーティに誘ってくれた勤め先のサロン・オーナーのともこが、慣れた調子で色々な人と話しているのを部屋の隅から遠巻きに見ている。
部屋を見渡すと、ひときわ目立つ背の高い男のコスチュームに目を奪われる。上はタンクトップに、下は尻の部分に顔が描いてあるズボンで、おまけにしっぽがついている。頭には王冠、という奇抜ないで立ち。男(ガブ)と視線が合う。目線であいさつしあう二人。正恵、外の空気を吸いにその場を離れる。ガブがその後を追う。
ガブ、正恵に背後から声をかける「ねぇ君、調子はどう?」
正恵、ガブに気づいて少しはにかみながら「悪くないわよ。あなたは?」
ガブ「楽しんでるよ。誰と一緒に来たの?」
正恵「ともこ。働いてるサロンのオーナー」とも子のほうをカクテルグラスを持った手で指さしながら言う。
ガブ「そうなんだ。もともとどこの出身?」
正恵「日本。二週間前に来たばかりなの」
ガブ「そうなんだ!アメリカへようこそ!」
正恵「有難う。あなたのコスチュームもかなり変わってて素敵だね」
ガブ、ズボンに付いた猿のような長いしっぽを触って振り回しながら「気に入ってくれて嬉しいな。自分で作ったんだよね」
正恵「ほんと?すごいね」
ガブ「君、音楽とか聞く?どんな音楽が好き?」
正恵「そうねぇ。トランスとか。。。」
ガブ「ほんとに?僕もトランス大好きだよ。僕、実は作曲とかするんだけど聞いてみる?」
正恵「すごい!勿論!」
ガブ、正恵にアイポッドのイヤフォンを渡し、自分の曲を聞かせる。
正恵はイヤフォンをはめてガブ作曲のトランス音楽の曲を聴く。正恵はリズムに合わせて軽く頭を振りながら、
正恵、ガブの顔を覗き込んで「クールだね」
ガブ、嬉しそうに「本当に?」
 
部屋のほうから声がする
「屋上でパフォーマンスが始まるよ!」
みんながざわざわと一斉に屋上に移動し始める。つられて正恵も外へ出る。パフォーマーは、炎が付いたポイを振り回しながらファイヤーダンスを始める。息を飲みながら遠巻きに見ている正恵。正恵がじっと見入っているのを見て、ガブが訊ねる。
ガブ「やってみたいの?」
正恵「え?」
ガブ「ずっと見てるから。。。もしかしてやりたいのかなと思って」
正恵、ガブの目を見つめ、目を輝かせて「やりたい!」
ガブ「じゃあ行こう!」
ガブ、正恵の手を引っ張ってファイヤーダンサーに近づき、ポイを貸してくれるよう頼む。ファイヤーダンサーは快くポイをガブに渡す。
ガブは、正恵のほうに振り向いてポイを渡そうとする。一瞬たじろぐ正恵。
ガブ「Do it!」
正恵、周囲の視線が自分に注がれていることに気づき、勇気を振り絞ってポイを受け取ると、体中に電流が走ったかのような感覚に襲われる。正恵は眼を見開き、ただ無心にポイを振り回し始め、その速度が徐々に早まる。正恵の周りに遠巻きに人垣ができる。正恵がただ無心に、見よう見まねで、火が消えるまでポイを振り回し続ける。生まれて初めてのファイヤーダンスを終えると、周囲からは拍手と歓声が沸き起こる。息を弾ませながら満面の笑みで観客にこたえる正恵。正恵が頬を紅潮させながらガブのほうを向くと、ガブも嬉しそうに笑いながら拍手している。
 
〇正恵のアパート
正恵が櫻井に国際電話のカードを使って携帯電話から電話しているが留守番電話になり、つながらない。時計を見ると日本時間の朝8時。(ちょうどその頃、櫻井は京都市内の地下鉄から出てきたところでポケットから携帯を取り出し、国際電話の着信があったことに気づく)
正恵「もうサロンに行ったんかな。。。」
ため息をつく正恵。
 
〇マンハッタン
パーティーで複数の米人男性に言い寄られている正恵。まんざらでもない様子で男性たちとしゃべっている。デート中に正恵のポケットの携帯が鳴る。
正恵「ちょっと失礼」
正恵、デートの相手にそう言って席を外す。
正恵「ハロー?」
ガブ「Masae?僕だよ。覚えてる?ルーフトップパーティーで会ったガブだよ。。。」
正恵「Hey!どうしてる?」
ガブ「面白いパーティーあるけど一緒に行かない?」
 
〇ウェスト・ビレッジ、West4th付近のクラブの前・夜
ガブが正恵を待っている。ガブは宇宙服みたいな光沢のある素材でできたフューチャリスティックな服装をしている。そこにテンガロンハットをかぶり、白いホットパンツのいでたちで正恵が現れる。
ガブ「久しぶり!元気だった?」
正恵「うん、元気。あなたは?」
ガブ、正恵の頬に挨拶のキスをしながら、「元気だったよ!」
正恵のファッションを頭のてっぺんからつま先まで見る。
ガブ「すごくカラフルで似合ってる!素敵だ」
正恵「本当に?有難う!あなたもめちゃくちゃカラフル!」
ガブ「さあ、行こう!」
ガブがクラブのフロアへと誘う。二人が人ごみに紛れて、フロアで踊りだす。ひときわ目立つ二人はひたすら踊り続ける。そのうち二人とも疲れてくるが、どちらが最後まで踊れるか、真剣勝負になる。
正恵「男には負けへんで!」
正恵、目力が強まり、汗だくになりながら意地になって一層激しく踊りだす。ガブも張り合うように体をより一層大げさに動かして正恵の挑戦にこたえる。そのうち、周りで踊っている人が一人、また一人と脱落してゆき、最後は二人だけになってもまだ踊っている。最後はガブが音を上げてフロアから去る。汗だくのガブは、バーエリアでバーテンダーからグラス一杯の水をもらい、一気に飲み干しながら、まだフロアで一人で踊り続ける正恵を横目で見て、にやりと笑う。ようやく音楽が終わり、正恵がフィニッシュのポーズを決めると、まわりから拍手が沸き起こり、ガブも爽やかな笑顔を浮かべながら、降参の様子で正恵に惜しみない拍手を送る。最後までフロアに残った正恵は満足そうに歓声にこたえ、ガブのほうに目をやり、二人は笑顔で見つめ合う。
 
〇ガブのアパート(ビレッジのスクワッド・深夜)
二人は初めてセックスした後、ベッドの中でくつろいでいる。
ガブ「ずっと探してた。自分よりもカラフルな人。そして僕は君を見つけた」
正恵「え?」
ガブ「やっと見つけた」
正恵、ちょっと照れながら、ガブを見つめて、キスをする。ガブもそれにこたえる。二人は再び抱擁しあう。
 
〇ブルックリンのアパートの屋上
黒いレオタード姿の正恵が、真剣な表情でポイを回し、ファイヤーダンスの練習をしている。ポイをうまく回せず、苛立ちから奇声を上げ、投げ出す正恵。インストラクターのエレンが、正恵が落としたポイを拾って、持ち方を説明している。正恵、何度も失敗する。うまく行かないので途中で嫌になり、やけを起こす。エレンが我慢強く説明する。苛立ちながらも真剣なまなざしでエレンの説明に耳を傾ける正恵。
 
〇ダンス学校
レオタード姿の正恵がアフリカン・ダンスのクラスで踊っている。地を這いながら、ダイナミックに体を上下左右に躍動させながら踊る。額には汗の玉が光っている。
また別のスタジオで、ヒップスカーフを付けて妖艶なベリーダンスを踊る女性たちの中に正恵がいる。アジア人は正恵ただ一人。体はきゃしゃだが、動きのセクシーさ、表現力は負けていない。
 
〇Shimaサロン
正恵がお客の髪をカットしながらしゃべっている。
正恵「今日はどのようにされますか」
客「短くしたいんだけど。あなたみたいにぱっつんのボブでもいいわね。あなたはいつも本当に個性的なスタイル。I love it!!」
正恵、満面の笑みで「有難うございます」
 
〇ビレッジのシアター
ファイヤーダンスカンパニーEros Fireのオーディションの看板が出ている。たくさんのダンサーが待合室で待っている。
待合室にスタッフが次のダンサーを呼びに来る。
スタッフ、正恵の名前をどう発音したらよいのか戸惑いながら「エントリーナンバー8番、Masae Sa…Satouchi!いる?」
正恵「はい!」手荷物をもってホールに行く。男性2人に女性1人が診査員席に座っている。
男性審査員「どうも。準備はオッケー?」
正恵、緊張した面持ちで「あ、はい。大丈夫です」
Lana Del Reyの曲Blue Jeansが流れだす。
正恵が踊り出す。官能的な踊りを披露する。音楽が終わり、フィニッシュのポーズを正恵が決めると、診査員たちが拍手を送る。
女性審査員「セクシーでよかったよ!」
男性審査員二人が顔を見合わせながら何やら耳打ちしている。
男性審査員①「アジア人のメンバーがいても面白いかもね」
男性審査員②「体は華奢だけど表現力は良かった」
男性審査員①「結果は1週間以内に知らせるね。お疲れ様!」
 
 
〇ガブのアパート(2人は一緒に住んでいる)
テーブルの上にバーニングマンのカタログが置いてある。
正恵「バーニングマン?なにそれ?」
ガブ「君、バーニングマンを知らないの?!信じられない!君こそ絶対に行くべきだ!」
正恵「いったい何なん?バーニングマンて」
ガブ「世界最大のアートイベントだよ。毎年、アリゾナの砂漠に5万人が集まって街をつくって、一週間そこで自給自足の生活をするんだ。色んなイベントやパフォーマンスもあるよ!人生観絶対変わるから!」
正恵「ふぅん。そうなん?」
 
〇アリゾナ州・バーニングマン会場・昼間
広大な砂漠に点々とテントやイベントのためのステージが点在している。ヒッピー風の人や、裸同然の姿で歩いている人々が大勢いる。到着してあたりを見回し、興奮で目を見開く正恵。
正恵、驚きを隠せず「うわっ!裸の人が一杯!」
ガブ「驚いた?ここではみんなありのまま、生まれたままの自然体でいられるんだ。自分を解き放つんだ」
正恵「へぇ~!!」感心してあたりを見回す。
ボトムレスやトップレスの、裸のカップルが通りすがりにガブと正恵に挨拶してくる。
カップル「Hi guys! How is it going?」
正恵、目のやり場に困りながら「We are good!」
ガブも手を挙げて軽くあいさつする。
正恵「ここに一週間居たら、裸へのブロックが取れそうな気がする」
ガブ「でしょ?」にんまり笑う。
 
主催スタッフと思しき女性がフライヤーを配っている。正恵、紙を受け取ると、「Critical Tits Ride」と書いてある。正恵がフライヤーをまじまじと読んでいると、スタッフが声をかけてくる。
スタッフ「ハロー、今回初めて?」
正恵「はい。このCritical Tits Rideって?」
スタッフ「是非参加して!女性だけがトップレスで、自転車で15マイルを集団で走るの。なぜわたしたち女性だけ、体を隠さなければならないの?おかしいと思わない?」
正恵、ちょっとたじろいで「確かに。。。でも、みんな完全にトップレスなんですか?」
スタッフ「そうよ!女性の美しさとパワーを見せつけてやるのよ。めちゃくちゃ爽快よー!どうしても抵抗あるならこれ貼って」乳首に貼るステッカー二枚を渡す。「WOW」と「Drunk」と書いてある。横にいるガブが、受けて笑う。
 
〇Critical Tits Rideの出発地点
大勢のトップレスの女性たちが自転車に乗って集まっている。完全にトップレスの人も、ボディ・ペイントをしていたり、透ける布をまとっていたり、ステッカーを乳首に貼っている人もいる。裸体を美しく見せる思い思いの仕掛けがしてある。そのグループの中に、ひときわ華奢な正恵がステッカーを貼った乳首を腕で隠したりしながら、キョロキョロしつつ自転車を押して歩いている。
正恵「はぁ~。みんな凄い潔く自分を見せれて、ほんまかっこええなぁ!」
やがてスタッフがライド開始の掛け声をかける。
スタッフ「オッケー。さぁみんな、用意はいい?3、2、1、ゴー!」
女性たちの間から歓声が上がる。トップレスの女性たちが、一斉に自転車をこぎ始める。正恵は胸を片腕で隠そうとしてもたもたしている。片手では自転車をうまく持てず、集団から遅れそうになる。ようやくあきらめて両手でしっかりハンドルを持ち、砂漠の中の道を堂々と自転車をこぎ始める。正恵、だんだん愉快になり、こわばっていた顔がほころんで、楽しさから笑みがこぼれる。解放感から奇声を上げる。胸には右にWOW、左にDrunkのステッカ―を貼っている。自転車に乗ったまま、ペダルに乗せていた両足をぴんと伸ばして野生動物のように叫ぶ。
 
〇バーニングマン3日目
レインボーカラーの長いドレッドヘアにホットパンツ姿の正恵が、トランポリンの上で何度もバウンスしては飛び上がり、空中で足をバタバタしたり、バック転をしたり、思い思いのポーズをとっている(BGMはオペラのアリア)。
 
〇バーニングマン最終日・夕方
円座になって5人ぐらいのグループがドラッグをやってハイになっている。その中に正恵とガブもいる。火が付いた強いマリファナの吸い殻をみんなで回して吸っている。
煙を思い切り吸い込んでハイになった正恵がよろよろと立ち上がる。
ガブ、立ち上がる正恵を見上げる。
ガブ「君、大丈夫?」
正恵、無言のまま、鳥が羽ばたくようなジェスチャーをしながら、少し離れた崖の手前まで歩いていく。そして夕暮れの燃えるような太陽が地平線に近づいていくのを見つめている。と、突然、憑かれたように、太陽に向かってアフリカンダンスを踊りだす。ガブがにやけながらそれを眺めている。太陽の光で正恵のシルエットがくっきりと映し出される。正恵がずっと踊っている。
 
ガブ「正恵!」大きな声で呼ぶ。正恵は振り返りもせず、無視して踊り続ける。
ガブ「正恵!もうその辺にしたら」と正恵が躍っているそばまで迎えにくる。正恵は少し焦点の定まらない目でガブを一瞥してにやりと笑い、それでも無視して踊り続けている。
正恵の頭の中で誰かの声が聞こえる。
声「Do you want to believe him or do you believe in yourself?」
正恵、にやりと笑って、燃えるような太陽に向かって叫ぶ「I want to believe in myself!」
正恵、さらに激しく踊り続ける。その神々しい姿に、一瞬あきれて苦笑いながらも、畏怖と尊敬の念で見守るガブ。地平線の向こうに沈みゆく大きな太陽の光に、大きなガブと小さな正恵のシルエットが浮き出てくる。まるで地球上にガブと正恵しかいないみたいに見える。
 
砂漠の夜。レインボーカラーのドレッドヘアを振り乱しながら正恵がファイヤーダンスを踊っている。思い思いに奇抜な恰好をした人々が正恵を囲んで輪になっている。正恵、両手に火のついた松明を持ち、ちらちらと動く炎をじっと見つめながら、瞑想をしているような表情を浮かべる。砂漠の夜が更けていく。
 
〇NYのエンタメシーン(正恵29歳の絶頂期)
オフブロードウェイのショーや、Eros Fireの団員として、様々なステージでもパフォーマンスの機会をオファーされ、多忙な生活に追われる正恵。(正恵が様々な仕事をこなす複数のシーン)。
新進気鋭のミュージシャンのMV撮影現場。正恵は黒いコケティッシュなコスチュームに身を包み、そのミュージシャンを誘惑するという設定。正恵が踊りながら、その男性ミュージシャンに絡みながら踊り続ける。
監督「カット!」
正恵、撮影が終わりバックステージにもどっていく。共演した複数の男性ダンサーたちが誘惑するかのように、すれ違いざまに正恵の耳元でささやいてくる。正恵はにやりと笑ってかわし、相手にしない。
 
〇アパートのキッチン
正恵「ジャーン!!」正恵、Time Out NYの表紙に掲載された自分の写真をガブに見せる。ハロウィン特集の号で、正恵の手作りコスチュームがSexiest Costumeに選ばれる。
ガブ、夕飯の準備をする手を休めて「OMG!!Wow!!This is so awesome!!おめでとう、正恵」
正恵「有難う!これでブロードウェイでのパフォーマンスのオファーとか来たらどうしよう!いいなぁ。いつかブロードウェイの舞台で踊ってみたいなぁ」
ガブ「踊ればいいじゃん!君ならきっとできるよ!」
正恵「そうかな?」
ガブ「僕が保証する」
正恵、夢が広がり、ワクワクしてくる。
 
〇ニューヨーク、アパート、夜
二人がセックスをしている。正恵、ちょっと浮かない顔をしている。そのうちオーガズムに達しそうになるが、すんでのところで、過去にあった暴行のフラッシュバックが襲う。
正恵、はっと目を見開いて、ガブを力いっぱい押しのける。
ガブ、正恵の反応に驚いて「ど、どうした?」
正恵「これ以上はできない!」
ガブ、合点がいかず、「何かまずかった?」
正恵、はっと我に返り、「ごめん。。。今日はできない」
ガブ、黙って正恵の横顔をだまって見つめているが、何かを察する。
正恵「本当にごめん」
ガブ、淡々と「大丈夫だよ。なんか飲む?お茶沸かすね」
ガブ、服を着てキッチンに行く。
正恵、シーツにくるまりながら、体を丸くして壁のほうに向きなおり、しばらく壁を見つめてじっとしているが、やがてベッドから起き上がり、ガブを追ってキッチンに行く。
正恵「本当にごめん」
ガブ、正恵の顔を見ずに「大丈夫だって」
正恵、しばらく下を向いているが、意を決して切り出す。
正恵「あなたに話したいことがある」
ガブは黙って正恵を見つめ返す。ガブは、淹れたてのコーヒーが入ったカップを正恵の前に置き、テーブルをはさんで座る。ガブはテーブルに肘をついて真剣なまなざしで正恵を見つめている。正恵が少しずつ、過去に受けた性的暴行の数々を告白し始める。小学生の頃、兄貴のように慕っていた上級生と同級生2人に倉庫の中に閉じ込められて服を脱がされいたずらされたこと、10代後半、専門学校の同級生だった男子の家で他の複数の男子と鍋パーティしていた時に泥酔させられ襲われたこと、20代の頃、モデルとして写真撮影に行ったときに山奥で襲われたこと。。。正恵は話すうちに取り乱し、時に感情的になりながら話す。ガブも途中から目をつぶり、首を振りながら両掌で顔を覆って泣き始める。正恵も泣きじゃくっている。ガブが椅子から立ち上がり、椅子に座っている正恵を抱きしめる。二人でずっと泣いている。
 
〇ニューヨーク・Shanghai Mermaid
サロンの客たちが、芸者ファイヤーダンスが始まるのを待ち構えている。部屋の中が薄暗くなると、客たちが声を潜め、部屋が静かになる。音楽が始まり、日本の古い曲が流れる。芸者バーレスクが始まる。アンティークのあでやかな着物姿の正恵がカーテンの奥から出てくる。客席の近くを通り過ぎる正恵に、観客たちの視線がくぎ付けとなる。正恵が一枚、また一枚と着物を脱いでいく。最後に襦袢を脱ぎ捨てると、客席から大きな歓声が上がる。正恵、スタッフからポイを受け取り、それを振りかざしながら、踊る。パフォーマンスを終え、スポットライトに向かって両手を思い切り伸ばす。
 
〇ガブのアパート2009年2月
パフォーマンスの大荷物が入ったバックを担いだ正恵が、鍵を開けてアパートの部屋に入っていく。
正恵「ただいま~!!あー疲れた!!」荷物を床に投げ出す。
ガブ「おかえりー!遅かったね。ちょうど夕飯あっためてたところ。どうだった、今日のパフォーマンスは?」ガブはキッチンで正恵の夕飯の準備をしている。
正恵「今日は結構人入ってた。うわっ!唐揚げ美味しそう!」テーブルの上の唐揚げに思わず手を伸ばし、口に放り込む正恵。
ガブ、正恵のご飯をよそいながら「そういえば、何か君宛に郵便物来てたけど。ほら、テーブルの上」
正恵「え?何?」正恵、テーブルの上の封筒を開け、中のレターを読む。正恵、肩を落として
正恵「移民局から。アーティストビザ、やっぱり駄目だったみたい」
ガブ「え?なんで?あんなに準備してパフォーマンスのポートフォリオの資料も沢山作ったのに?」
ガブ、正恵からレターを取り上げ、読み直す。
正恵、落胆してうなだれ、黙っている。
ガブ、正恵のほうに向きなおって言う。
ガブ「じゃあ結婚しよう」
正恵「え?」
ガブ「それが一番手っ取り早くて、自然な方法じゃない?だって僕たちかれこれ3年、一緒に住んでる訳だし」
正恵、うなだれてしばらく黙っているが、切り出す。
正恵「知ってると思うけど、私は束縛されるのが本当に嫌なの。言ったよね。うちの両親を見て育ったから結婚恐怖症だって。私は自由に飛び回りたいタイプなの」
ガブ「よくわかってる」
正恵「もしも私が仕事で世界中をひと月とか回らないといけなくなったりしたら、私のこと止める?」
ガブ「Of course not!!僕が君のやりたいこと止めたことなんかある?」
正恵「ない」
ガブ「でしょ?}
正恵「でもあなたは子供ほしいよね?」
ガブ「君との子供は会ったその時から欲しいとずっと思ってるよ」
正恵「私、まだ子供は欲しくない」
ガブ「うん、じゃあまだ我慢する」
正恵、安堵から表情がほころんでガブの顔を覗き込んで尋ねる。
正恵「本当に、本当に私でいいの?」
ガブ「君以外考えられない」
正恵、ガブに飛びついてしがみつく。ガブは正恵を抱きしめて、二人はキスをする。顔を見合わせて互いに笑顔。
 
〇ガブのアパート、居間。早朝。
すっぴんにTシャツ姿の正恵が緊張した面持ちで椅子の上に正座してMacBookの前にいる(家を出ることを告げたのと同じ構図)。正恵がしばらくパソコンを見つめたまま固まっているが、一瞬目を閉じて上を見ているが、目を開け、意を決してスカイプの通信ボタンを押す。コールの音が早朝の部屋に鳴り響く。電話を受信した音が聞こえ、画面には正恵の父母が浮かび上がる。
正恵、姿勢を正す。
父、ほろ酔い加減で上機嫌な様子。
父「おー、正恵か。元気にしとるか?お母さんに聞いたけど、なんやお父さんたちに報告があるんやて?なんや?」
正恵、姿勢を正し、三つ指をついて頭を下げ、切り出す
正恵「お父さん、お母さん、今日はご報告があります。この度、この人と結婚することになりました」正恵、ガブのほうにちらりと目配せする。
ガブ、正恵とは対照的にリラックスした様子で手を振りながら「Hi guys!」
正恵、ガブのカジュアルさにイラっとして、手で軽くはたくしぐさをする。ガブ、正恵から聞いていた厳格な両親の話を思い出してハッとし、少しかしこまって姿勢を正し、口をつぐんでとにかく笑顔でアピールする。
画面の向こう側にはだいぶ酔った父がいる。そのそばで母がかいがいしく酔った父のためにお茶を運んでテーブルの上に湯呑を置き、そのまま父の少し後ろに座って父と正恵たちの様子を窺っている。
父、画面にぐっと近づいて「この男がお前の結婚相手か?」
正恵「う、うん。そうです」正恵、ガブを肘で突いて挨拶するよう促す。
ガブ、事情を察して、覚え立ての日本語で自己紹介する。
ガブ「はじめまして、ガブです。よろしくおねがいします」
父、画面に写ったガブに無言でしばらく真剣な顔つきで5秒ぐらい見入っているが、やがて表情がほころんで笑顔になり、無言で何度もうなずく。
父「お父さんはお前が幸せなんやったら、それでええ。うん、うん」何度もうなずきながら言う。わきで母が半ばあきれ顔ながら、仕方ないといった風に苦笑いをして一緒に頷いている。母のその様子を見て正恵もほっとする。
父「おめでとさん。二人に会えるの、楽しみにしてるわ」
正恵、緊張が解けてほっとする。
正恵「有難うございますっ!!」恭しくもう一度頭を下げ、そのあと、安堵の表情でガブのほうを見る。ガブが優しく正恵の背中をさする。
父「それで、式はいつなんや?」
正恵、画面のほうに向きなおって、
正恵「はい、まずカリフォルニアで8月に一回目の式をやって、その後日本でもお披露目やろうと思ってます」
父「ほなら、お父さんたちもアメリカに行かなあかんな!ガブさん、ナイスツーミーツユー!!」
ガブ「Nice to meet you, too!!」
二人の身振り手振りを交えた、日本語と英語を織り交ぜたやり取りが続く。正恵、安堵の表情で、二人の会話を聞いている。
 
〇カリフォルニア(Mendocino) 正恵とガブの結婚式、8月
正恵とガブの家族、そして友達が集う。草原の真ん中で、着物姿の正恵とガブが見つめあって誓いのキスをする。着物姿の正恵と、はかま姿のガブがいる。両家の家族が見守る中、草原の真ん中で結婚の誓いを立てると、みんなが盛大な拍手を送り、白い花びらを新郎新婦に向かって投げる。
 
〇日本、京都・二条城
日本晴れの空の下、着物姿の正恵と、はかま姿のガブがいる。正恵は白装束に角隠しをしている。正恵の家族も着物で正装している。ガブの家族も今回は正装をしている。
 
〇京都・祇園
正恵、陽子の姿が見えてくると手を振って「陽子ちゃん久しぶり!」
陽子「キャシー!!おかえり!!」
ハグしあう二人。
陽子「結婚おめでとう!良かったな!あんた、夢を貫いてニューヨークでやってるなんてほんとすごいわ。行った当初は心配したけど、ほんと良かった!」
正恵「まあまだこれからやけどな。有難う」
陽子「今日はみんなでフグ食べに行こうって言ってるんよ。ちょっと距離あるからタクシーで行こ」
正恵「オッケー」
陽子が手を上げるとタクシーが止まり、二人が乗り込む。陽子が行先のフグを食べさせる料亭の名前を運転手に告げると車が動き出す。
正恵「フグなんてひさしぶりやわ。ニューヨークではそう簡単には食べられへんから」
陽子「そらそうやろなぁ。あ、運転手さん、ここから右に入ってください」
窓の外は、格子の、いわゆる旧遊郭当時の面影を残している建物が続く。走る車の車窓から外の風景を見渡しながら、正恵が言う。
正恵「この辺って。。。もしかして昔遊郭があった地域なんちゃう?」
陽子、少し小声になって「当たり。今も実は現代版があるらしいんよ。やから、ここから先はあんまりジロジロ外を見んといてな」
正恵「え、何で?」
陽子、運転手のほうに目をやりながら声を潜め、人差し指で頬を撫でるしぐさをし、「いや、どうやらその筋の人たちが関わってるみたいやから」
正恵「へぇ~。そうなん?」
店近くまで来て、タクシーが徐行する。正恵、座席に深く身を沈め、外の風景を盗み見る。いかにも旧遊郭と思しき張見世の作りが残る建物がずらりと並んでいる。張見世の格子張りの向こう側に赤いカーディガンを着た美しい若い女が老女に付き添われて正座している姿がぼうっと浮かび上がる。正恵、一瞬幻かと見まごうが、窓に顔を押し付けて凝視する。その若い女は寂しそうな顔でうなだれている。正恵は車窓から見えなくなるまで、その娘の姿にくぎ付けになる。
タクシーが止まり、車から降りる二人。
正恵、河豚屋の建物を見て、なんとなく懐かしさを感じ、建物に見入ってしまう。
正恵、辺りを見回して「変なの。このエリア今まで来たことないのに、何かなじみがあるような懐かしい気がする。不思議。。。」
陽子「え~!まぁたそんなこと言うて。さ、いこいこ。みんな待ってる」
陽子、先に店の中に入ってしまう。
正恵、もう一度足を止めて振り返る。
正恵「私、もしかしたら昔ここにいたのかもしれない。。。」
正恵、突然フラッシュバックに襲われる(前世の回想シーン)
ひと際色鮮やかな着物を着た美しい若い女が二階から降りてきて、一階の張見世に座る。他の遊女たちは盛んに外の男たちに声をかけて呼び込んでいる。若い女は、黙ってうつむいてただ座っている。
やがて男に指名され、二階に一緒に上がっていく。寝室に入ると、男が女を敷かれた布団の上に押し倒し、女の上に男が覆いかぶさる。女の着物の胸元がはだけ、女は無表情でされるがままにしている。男の興奮ぶりとは裏腹に、目を見開いたまま、無感動、無表情。その顔は正恵の顔をしている。女の声が聞こえる。
女「女は男に支配され、抑圧されるもの。。。辱められ、踏みつけられ、虐げられる。。。」
正恵、はっとして頭を軽く振り、陽子を追って店の中に入る。
 
〇実家・夜
正恵、玄関前でタクシーの中の陽子に別れを告げる。
正恵「ほならここで。フグ美味しかった。ご馳走さん。今日はほんま有難うな」
陽子「また帰国したら連絡ちょうだい。ガブさんによろしく」
タクシーの窓を閉めようとする陽子を正恵が呼び止める。
正恵「陽子ちゃん、あの。。。アンディに最近会った?」
陽子「ああ、少し前に連絡したけど。大丈夫やで。結婚して幸せにしてるよ」
正恵「そっか。だったらよかった」
陽子、笑顔で頷く。
陽子「じゃあ、気をつけてニューヨークに帰ってな」
正恵、陽子の乗ったタクシーが走り去る。
正恵、それを見送ってから、玄関の扉を開けて家に入る。
正恵「ただいま。遅くなりました」
台所のテーブルに母が座っている。
母「ああ、お帰り」
正恵「あれ、お父さんは?」
母「近所の野口さんと将棋。遅くなるから食べてくるって。和菓子あるけどお茶淹れる?」
正恵「うん」
正恵が和菓子を食べ始めると、母が様子をうかがいながら切り出す。
母「そういえば。。。順子から少し聞いたけど、あんた美容師しながら、時々何や変な裸みたいな格好してニューヨークで踊ってるんやって?」
正恵、一瞬ぎょっとするが、「してるけど。それがなに?お母さんたちには何も迷惑かけてないやろ。それが私のやりたいことやから。私は自分を表現することでしか生きていけない人間やねん。私にとっては、それが自分を表現する方法なんやもん」
母、堂に入った正恵の態度にたじろぎ、いつになく寂しい笑顔を作ってため息まじりに言う。
母「いいなぁ。あんたは自由で。。。」
正恵「お母さんかて、やりたいこと、なんだってやったらええやん。誰も止めたりせんよ。お母さんの人生やろ」
母「お母さんの人生、か。。。やりたいことなんかなぁんも思い浮かばへんわ。お婆ちゃん、あんたには甘かったけど、私には本当に厳しかった。働いてた時も、どんだけ忙しくて、くたくたで帰って来ても夕飯の支度は手伝ってくれへんかったわ。『あんた母親やろ』って言うて楽させてくれんかったなぁ。。。」
正恵、珍しく自分のことを語る母の話を黙って聞いている。
母が切り出す「今やから言うけど、若い頃、お母さん、好きな人がおったんよ」
正恵、母の突然の告白に一瞬たじろぐが、黙って聞いている。
母「でもお婆ちゃんにすごく反対されて。うちの家柄に見合わない相手や、言うてな。辛かったけど、別れるしかなくて。。。それでお見合いでお父さんと結婚することになったんよ」
正恵、落ち着いて、母の顔を見て話を聞いている。
母「結婚して。お父さんに尽くして。子供を産んで、一生懸命、仕事しながら家事もやって、育てて。。。そうすることが当たり前やって思うてやってきたから別にそれが嫌なわけちゃうねんけどな。。。でもいつの間にやら子供たちはおおきゅうなって手元から離れて、自分の世界作って。。。私の人生なんて一体なんやったんやろうな。。。」
正恵、いつになく気弱な母が心の内を吐露するのを見て驚きを隠せない。正恵、じっと母の横顔を見ている。その様子に気づいた母は我に返る。
母「あ、ごめん、ごめん!おばあちゃんが亡くなったら、なんかそんなことを急に考えるようになってな。変なこと言ってごめん。忘れてください。おかあはん、ごめんな~」祖母の遺影が飾ってある仏壇のほうに目をやりながら、冗談めかして言う。
正恵「変なことなんかないよ」
母「え?」
正恵、母の目を見つめて言う。
正恵「変なことなんかない。お母さんは、お母さんの人生をこれから思う存分生きたらええやん。お母さんがそういう風に生きてくれたら、私、最高にうれしいし、絶対に応援する」
母「正恵。。。」
正恵、意思を確認するように何度も頷く。
母、ちょっと涙ぐむ。
母「そうか。応援してくれるんや。有難う、正恵!」
正恵、初めて母と心が通じ合ったように感じ、笑顔になる。
母「お母さんもなんかやりたいこと探してみようかなぁ。なんやろな」
正恵「お父さんなんかちょっと放っておいたって、ああ見えて大丈夫やって」
母「そうかな?」
正恵「絶対そうやって」
台所のテーブルをはさんで、二人が顔を見合わせて笑っている。
 
〇ニューヨーク(2010~2015年)
またパフォーマーとしての忙しい生活に戻る正恵。
バハマでの石油王のPrivate Partyに呼ばれた正恵がファイヤーダンスを踊っている。民族衣装を着たアラブの王族や着飾った人々が集っている。
 
銀行主催の船上Private Partyで芸者の姿でファイヤーダンスを披露する正恵がいる。
 
〇アパートの部屋
すっぴんの正恵が、珍しくオフの日に、家で次のステージの衣装を手で縫っている。窓から明るい光が入ってくる。そよ風が吹いて、カーテンが揺れる。ふと、誰かに見られているような気がする。まだ生まれていないわが子だと直感的にわかる正恵。
正恵「もしかして、もうすぐそばに来てくれてるの?」
部屋を見渡しながらまだ生まれていないShojoに話しかける。
正恵「もう少し待っててね。ママ、京都でね、もうじきあこがれの人との大きな舞台があるの。それが終わったら、きっと会えるね」
宙に向かって、まだ見ぬ我が子に微笑みかける。
 
〇京都のとあるホテル・夜
天照大神が岩戸に隠れ、世界が闇に包まれた時、天のうずめが官能的な踊りを披露したことで、天照大神が再び岩戸の外に現れて世界は光を取り戻す、という神話をベースにしたダンス・パフォーマンス、「天のうずめ」を京都のホテルで演じる正恵。芸者の最高峰を極めた司太夫との共演を大成功の裡に終わらせる。満足げな表情で、観客に何度も何度も挨拶をする正恵。
 
〇バリ
ガブの出張のついでにバリに来ている正恵。
正恵、ガブと電話で話している。
ガブ「ハロー?」
正恵「私。仕事のほうはどう?」
ガブ「まあまあ。山は越えたかな。バリはどう?楽しんでる?」
正恵「やっぱり思い切って足を伸ばしてみてよかった。マレーシアとはだいぶ雰囲気違うね。久しぶりにくつろがせてもらってる」
ガブ「今日は何するの?」
正恵「インスピレーションをもらいに森林を散歩して、そのあとはホテルに戻って撮影かな」
ガブ「上手くいくといいね。今年はオレンジがテーマカラーなんでしょ?」
正恵「そう。だから夜はファイヤーやらせてもらうよ」
ガブ「グッドラック」
 
バリのウブドの森林の中を正恵がゆっくり散歩している。歩きながら何度も深呼吸する。うっそうとしたジャングルの中で背の高い木々を見上げる。木漏れ日が美しい。そのうち、正恵は森のバイブレーションを感じ取り、いつの間にか森の呼吸と一体化して即興で踊り出す。同行しているカメラマンがそれを写真に収める。
ホテルに戻り、今度はホテルについているプールサイドでの撮影。正恵の裸体が周囲の緑に溶け込む。
 
〇バリ2日目
正恵、ウブドに住んでいるヒーラーに会いに行く。
ロッジのような高床式の住居で、正恵とヒーラーが向かい合って座っている。ジャングルの中の様々な鳥の声が周囲のあちこちから聞こえてきてにぎやかだ。
正恵「仕事が一区切りしたのでそろそろ子供が欲しいと思っているんですけど、なかなかできなくて悩んでます。今までとにかく忙しくて、めちゃくちゃなスケジュールでストレスもあって。。。」
ヒーラーがじっと正恵の顔を見る。
ヒーラー「お子さんはもう、あなたのすぐそばに来て待っていますよ」
正恵「やっぱり!実は最近、なんとなく子供の存在を感じてました!」
ヒーラー「でもね、あなたが子供を受け入れる態勢をきちんと整える必要があります。そうじゃないと、お子さんは降りてこれない。まず体を冷やさないように。白湯を飲むようにしてください。睡眠もしっかりとること。深夜の食事などは絶対に駄目です。体を整えてください。そうすればお子さんは安心してあなたのもとに来れますよ」
正恵「まるで見られてるみたい。。。わかりました」
 
〇ニューヨークの病院(2014年春)
医師「おめでとうございます。ご懐妊です」
ガブと正恵が手を取り合って喜ぶ。正恵、大事そうにお腹をさする。
 
〇ウェブスターホール
5000人の観客の前にお腹の大きな正恵が、現れると観客からの喝さいと拍手が沸き起こる。それに笑顔で答えながらファイヤーダンスを披露する正恵。
 
〇バーレスクの大舞台、上海マーメイド(ニューヨークのダウンタウンで開催)
大きなお腹を抱えつつ、自作コスチュームでバーレスクを踊る正恵。
 
〇ニューヨークの病院(2015年1月)
深夜の病院の通路に元気な赤ん坊の声がこだまする。
正恵が生まれたばかりのShojoを胸に抱きしめて、母になった喜びをかみしめている。傍らにはガブがいる。
ガブ「有難う正恵。やっと僕たち二人の宝ができたね」
ガブ、正恵のおでこにキスをする。
 
 
〇正恵とガブのアパート・朝(2017年春)
正恵がキッチンで朝食の準備をしている。モーニングショーのホストがMe Tooムーブメントを報じるニュースを読みだす。リンゴの皮をむく手を止めてテレビの画面にくぎ付けとなる正恵。そこにガブが入ってくる。
ガブ「おはよう」
正恵、ガブに一瞥もせず「おはよう」
正恵のいつもと違う様子に、ガブが訊ねる
ガブ「どうした?一体なんのニュース?」
正恵「。。。。。」
モーニング・ショーのホストの声が大きくなる。ハリウッドの大物プロデューサーによる女優たちへの性的暴行が複数の女優らによって暴露・告発されているというニュースだ。
ガブ「こりゃひどいな。。。」
ガブ、正恵の様子を見て顔を覗き込み、
ガブ「君、大丈夫?」
正恵、気丈にふるまいながら「うん、大丈夫」
テレビの中に、女性の権利を主張し、女性への暴力を告発するプラカードを持ってデモをする女性たちの姿が映っている。正恵の中に、封印していた記憶がフラッシュバックになってよみがえる。
(回想シーン)
小学校時代の登校班。6年生の男子一人、4年生の男子二人と正恵の四人。
正恵は6年生の男子を「お兄ちゃん」と呼んで慕い、くっついて回っている。
6年生の男子「正恵におもろいもん見せたる」
同級生の男子二人「俺たちも見たい!」
正恵「おもろいもんてなに?」
6年生の男子「ついてきたら見せたる」
古民家の蔵に、4人が入っていく。最初は4人で遊んでいる。
そのうち、蔵の中から、正恵が嫌がる声がする。
正恵「いやや!ケンちゃん、やめて!」
男子たちが正恵の下着を無理やり脱がそうとする音。正恵がいつもつけていた赤いガラスのネックレスのひもが切れ、コンクリートの上に落ちて割れる。
家に帰っても、親に怒られることを恐れて何も言えず、暗い部屋の片隅でうずくまっている小学4年生の正恵。台所の方から妹の順子と母のたわいもない話、屈託のない笑い声が聞こえてくる。
専門学校生の正恵が男友達の家で、男子3人と飲んでいる。一気飲みのゲームが始まり、正恵は野球拳のゲームに負け、どんどん酒を飲まされる。泥酔して横たわる正恵に一人目が襲い掛かる。抵抗しようと思うが酔っぱらっており、抵抗できない。目が覚めて、衣服の乱れから自分が男子たちに暴行されたことに気づく。急いで自分のコートとバッグを持ち、男友達のアパートを飛び出る正恵。
京都でモデルとして山奥の撮影現場にいる⒛代の正恵。撮影終了後、更衣室で着替えているとカメラマンが有無を言わさず部屋に入ってきて正恵に襲い掛かる。
 
京都のクラブを出て帰宅しようとする正恵に、クラブで声をかけてきたが無視した男が追いかけてくる。
男「なぁ、家まで送ったるから俺の車に乗れや」
正恵、無視して早足になる。
男「無視せんでもええやん、なぁ」
男も早足でついてくる。正恵、しばらく早足で歩いているが、そのうち走り出す。迷路のような京都の町を右に左に曲がって男をまこうとするが、男もあきらめずに追いかけてくる。角を曲がってすぐの、店裏のゴミ箱に姿を隠して息をひそめていると、男の足音が一旦は近づくが、そのうち遠ざかっていき、聞こえなくなる。正恵、やっと安堵して、カバンの中でしっかりと手に握っていたバタフライ・ナイフをゆっくりとカバンから出し、ナイフの刃を少し眺めた後、クローズしてまたカバンの中にしまい、深いため息を一つつく。ふらつきながら立ち上がってゆっくりと歩きだす。朦朧として歩いていると、正恵の頭の中を、色々な人に言われた言葉が駆け巡る。
陽子「そんな派手な恰好してるからやわ」
友人A「あんたにすきがあるからやわ」
母「そんな売春婦みたいな格好して」
友人B「自業自得」
櫻井「襲われてもしょうがない」
母「目立たんようにしてたほうが身のため」
正恵、つぶやくように言う「そんなん。。。そんなん絶対おかしい!私は私らしくいてただけ。私は何も悪うない」正恵、腹の底から声を出して叫ぶ。
 
フラッシュバックでパニック状態になり、キッチンでうずくまる正恵。ガブが正恵を抱きしめて、手のひらで背中をさすり、落ち着かせようとする。
ガブ「Shhhhh….It’s OK…」
正恵、泣きじゃくりながらガブにしがみついている。
隣の部屋で、2歳のShojoがすやすやと寝ている。
 
〇アパートの部屋
パソコンに向かう正恵。自身がこれまで、未遂も含めて4度の性暴力に遭ったことをソーシャルメディアで告白する。
正恵がタイプし始める。
「Don’t be ashamed of your story. It will inspire others. 」
正恵、一つ大きな深呼吸をする。
私が大好きなファションは、京都では、安全ではありませんでした。セクシーな服装だと他からよく言われていたし、だから「お前が悪い」と言われると思い、被害届を出せませんでした。日本の警察は、流血沙汰にでもならないと対応してくれないので、警察にも届けを出せなかった。母にも「売春婦みたいなかっこうして」と言われていたこともあり、両親にさえ言えませんでした。 
 
自分を表現しても攻撃されない、自分を理解してくれる、安全な場所を探して、過去と、日本から逃れてニューヨークに来ました。何度、大きなダメージを受けようとも、私は自分を表現することを辞められなかった。
 
もし弱い自分であったら、とっくにこの世から消えていたでしょう。でも、私は、生きる事を選んだんです。今回のMeTooで、世界中で、同じ経験をしながら、一生懸命生き、そして周りをインスパイアーしている女性達に出会い、自分は1人でない事を知り勇気を貰いました。
 
この不完全な自分を助け、応援してくれる多くの仲間たちに出会え、パートナーに恵まれ、自分が世界に来る本当の理由を知ることができたことと出会いに感謝します。
 
今こそ、変革の年。この闇に光をあて、世界中が癒され、負のサイクルに終止符をうち、子供達のために平和と希望ある未来を作りたい。
 
 
正恵、パソコンを打つ手を休め、大きなお腹をさする。
 
正恵、机の引き出しの中から紙とペンを出し、数秘術の計算をして星を読み始める。出た数は「6」。
正恵「6番の色はブルー。女性性。。。」
 
〇ニューヨーク(セックス・ヒーラー、ジェナのアパート)
ダウンタウンのとあるアパートで開催されている女性だけのグループ。5人の女性が円になって座り、自身の性に関する悩みを打ち明けている。
ジェナ「ヤスミン、あなたの話をシェアしてくれてありがとう。また来月フォローアップを聞かせてね。じゃあ次は正恵」
正恵、ちょっと緊張気味に話し始める。
正恵「こんにちは。以前、何人かの人には言ったかもしれないんだけど、過去に未遂も入れて4度、性的な暴行を受けました。そのせいか、いまひとつ旦那とのセックスも楽しめなくて」周りの参加者はみな真剣に正恵の話に聞き入っている。
正恵「ニューヨークに来てからずいぶん色々なカウンセリングも受けてはいるんですけど、私にとってはセックスって男の人の性欲を満たすためにやってあげているという感覚がどうしても強くて。旦那と時々けんかになるのもそれが原因です。まあでも暴行受けたのもずいぶん昔のことだし、そんなのいつまで引きずってもしょうがないから、もう忘れるしかないかなって。だから、セミナーではトラウマをネタにしたりして。。。」
ジェナが遮る。
ジェナ「正恵、自分を偽っては駄目。その傷は深いわ。しっかり向き合わなければ駄目よ」
正恵、ジェナに言葉を返せない。
ジェナ「また、後日個別に話をしましょう。オッケー?」
 
〇ジェナのアパート、後日
ジェナ「今日はあなたに暴行されたときのことを思い出して具体的にどういう様子だったかを話してほしいの」
 
正恵、ジェナの真剣さに観念したように話し出す。話しながら、その時のことを思い出して感情的になってくる。
ジェナが黙って真剣に聞いている。
ジェナ「つらい経験を私に話してくれて本当に有難う」
正恵、頷く。
ジェナ「あなたにまず自覚してほしいのは、あなたは決して悪くない、ということ」
正恵、涙ぐんで指で涙をぬぐいながら、うんうんと頷く。
ジェナ「あなたは悪くないとしっかり自覚しなさい。あなたは悪くない。あなたは悪くない。あなたは悪くない。自覚できた?」
正恵、涙を拭きながら「イエス」
ジェナ「Good. じゃあ次は、もし今同じ状況になったら、あなたはどうするか、動作で示して。何でもいいの、殴り返したり、やり返したり、罵倒したり。何でもよ!」
正恵、じっと考えているが、日本語で罵声を発する。
正恵「この野郎!触んな!」
空に向かってパンチやキックをして七転八倒してもがく。同時にジェナが宙に向かって、手を動かし、何度も空を切る動作をしている。
正恵「女をなめんな!クズ野郎!!」
ジェナはずっと動作を続けている。
正恵「クソ野郎!!死んじまえ!うぁあああああ~!」
正恵が腹の底から叫ぶ。
正恵の体から、負のエネルギーが取れていくのを感じる。ビリビリとした体感がある。
正恵、目を見開いて、「WOW!!私の体に何が起こったの?あなた何をしたの?」
ジェナ、にっこり笑う。
ジェナ「ネガティブな周波数を取り除いたわ」
正恵「あなたって本物のヒーラーだね」
ジェナ、ウィンクをして、
ジェナ「お茶入れるわね」
正恵とジェナが、二人でお茶を飲んでいる。正恵の体はポカポカして、まるで温泉から出てきたような感覚になる。頬が紅潮している。
 
〇ギリシア・エーゲ海(2018年5月)
エーゲ海を背景にした写真撮影が正恵のビジョンを基に進められる。正恵はコバルトブルーのシフォンドレスをまとっている。その姿は女神そのもの。
 
撮影終了後、正恵とエレンがビーチに座って話している。
エレン「へぇ。やっぱりあの有名セックスヒーラーは本物なんだ」
正恵「うん、すごかった。体が本当にビリビリしたもん」
エレン「WOW…」
正恵がコバルトブルーの海に目をやりながら言う。
正恵「でも今回は、ガブに話をしてくれて本当にありがとう。もうじき出産なのに、自分の中に浮かんだビジョンを体現するためにギリシャに行きたいなんて自分じゃとても言い出せなかったもん」
エレン「どういたしまして。でもガブは正恵のやりたいことは何でもかなえてあげたい人だから。『もちろん行ってきたらいいさ。僕は彼女を所有してるわけじゃない』なんて、普通の男は言えないよ」
正恵「そうね。私のことをわかってくれてるパートナーに巡り合えて、本当に幸運だと思ってる」
エレン「しかし本当にきれいな海だね~」
正恵「本当に。海水に浸かってたら、体の中の毒が流れ出て浄化されたのが分かったよ。これで出産まで準備万端」
エレン「よかった!」
正恵「最近ずっと、この海の色を見続けてたんだよね。どこに行っても、この色が目に入って来てた。手に取る服も。あとね、街を歩いていても、ビーナスとか、アフロディーテとか、イシスとかいう、とにかく女神像のアイコンをやたらと見てたんだよね」
エレン「そして、今回授かったのは女の子。サインってやつだね」
正恵、立ち上がって、大きなおなかを抱え、水着姿で海にゆっくりと入っていく。
エレンが見守っている。正恵があおむけになって空を仰ぎ、大きなお腹を天に向けてぷっかり海水に浮かんでいる。目を閉じて全身の力を抜いてただ波に身を任せている。
 
 
〇ニューヨーク (2018年8月)
お腹の大きな正恵がいよいよ産気づき、水中出産できる場所へと移動する。
正恵、お腹を抱えながらゆっくりとアパートの階段を下りていく。ガブが正恵の手を取り、気遣いながら先導していく。水中出産のための施設に到着し、二人はお湯が張られた大きなタブの中に入る。
ガブ「大丈夫?」
正恵「うん、大丈夫。ごめんね。あなたは水中分娩に乗り気じゃないのに私のわがままに付き合わせて」
ガブ、にっこり笑って「ベイビー、君がしたいこと、僕は何でも叶えてあげたいから」
ガブと正恵が見つめ合う。
ガブ「愛してる」
正恵「私も」
二人はキスをする。正恵がいよいよ産気づいてくる。同じタブの中に入り、ガブが見守っている。水中出産のシーン。女の子が生まれる。生まれたての娘を抱く正恵の神々しい笑顔。優しい笑みで見守るガブ。
 
出産後、着替えて、Shojoも一緒に家族4人が対面。Shojoが生まれたばかりの妹Airiのおでこにキスをする。
 
〇ニューヨーク 日系人会 伊藤詩織の出版記念講演会(2018年)
マンハッタンのタイムズスクエアにほど近い雑居ビルの中にある日系人会。伊藤詩織の出版記念の講演会イベントが行われている。会場のスペースは50人近くの女性参加者で埋め尽くされている。その中に正恵がいる。真剣な面持ちで伊藤詩織の話を聞いている。詩織が、自分がこの本を出版する経緯となった、自身の性暴行の被害について述べ、出版までにこぎつけるまでの様々な障害について話す。話を聞いているうちに、自分が過去に受けた暴行の記憶が呼び覚まされ、正恵は苦しい気分になる。そのうち、正恵の顔が怒りで歪み、手放したはずの怒りの電流が再び戻ってくる。ビリビリと全身を駆け巡って手が震え、呼吸が乱れててくる。一緒に参加している友人の洋子が、何度も深いため息をついて自分を落ち着かせようとしている正恵の様子に気づく。
洋子、正恵の耳に顔を近づけ小声で尋ねる。
洋子「正恵さん、大丈夫?」
正恵「。。。。。」無言のまま、ヒューマンライツナウの伊藤弁護士と詩織のほうをじっと見ている。
 
講演会の後、詩織の前には一言、言葉を交わしたい女性たちが列をなしている。正恵も並ぶ。正恵の番がくる。正恵、真剣なまなざしで詩織の目を見つめる。
正恵「実は。。。私もサバイバーです。伊藤さんがこうやって自分の経験や意見を告白する姿に本当に勇気をもらいました。心から尊敬してます。声を上げて下さって本当に有難うございます」深々と頭を下げる正恵。
正恵「私、最近娘が生まれたばかりなんです。娘には自分が味わったような経験だけは絶対にさせたくない。だからどんな小さなことでも社会を変えるために行動したいと思っています」
詩織、微笑んでうなずく。正恵、深く礼をして踵を返し、その場を立ち去る。洋子が、正恵を気遣いながら寄り添って二人は会場を後にする。

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